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 ゴルフェとフゥルフェ。二人の再会は早かった。観閲式から一ヶ月、カスケー政府主催の「統一百五十周年記念式典」の後に行なわれた記念パーティでのことだった。


 式典は厳かに、そして煌びやかに執り行われ、カスケーの国威を示す絶好の機会とばかり、来賓の席には中立星ソレルの首相、カローン軍猛攻の末に植民星と化したレクルス各地方の酋長、そしてカローンからも対外政策相が臨席した。カスケー政府は最初、大胆にもカローン国王に招待状を送ったのだが無視され、それではと宰相を招待したがこれも断わられ、結局、外相に落ちついたのだった。


 最初にフゥルフェがゴルフェを見つけた。彼女は父に連れられ式典に参加し、一般席を眺め下ろす貴賓席に座る政府高官の家族と一緒になって、壇上で挨拶する父や護民官を眺めていたのだが、延々と続く祝辞にうんざりして、さも熱心に聞き入る振りをしながら、煌びやかな衣装が美しい模様のように広がる会場に視線だけを彷徨わせていた。すると、軍の高官が居並ぶ後方、副官や参謀が控えるその列席に彼の姿を認めたのだった。

 たちまち忍び寄っていた眠気も吹き飛んだフゥルフェは、軍の正装礼服がよく似合う青年を惚れ惚れと眺めて残りの時間を過した。お陰で要領を得ない話と通訳を介する来賓たちの話を半分は聞き流すことが出来たのだった。


 式典の後、フゥルフェは急いで貴賓席から一般席への通路を走り、文字通りゴルフェと鉢合わせすることになった。

「これは奇遇。フゥルフェ様ではありませんか」

 ゴルフェは満面の笑みを浮べてフゥルフェを見る。帰ってしまうのではと急いで探しに来た相手が目の前にいる驚きが過ぎ去るまでの数秒、フゥルフェはまじまじとゴルフェの顔を見つめていた。その視線に照れ臭くなったのか、ゴルフェは咳払いをすると、

「どうされました?私の顔はそんなに芸術的価値があるのでしょうか?」

 慌てたフゥルフェは、

「ごめんなさい。私、あなたをお見かけして急いで降りたものだから」

「フゥルフェ様がいるのでは、と私も貴賓席を見上げておりましたよ。式典の前に」

「私はあなたの姿を見かけてから式典がお留守になっておりました」

 思わず言ってしまってから、フゥルフェは赤面する。

「主催側の家族としては、随分と礼を逸しておりますね。どうかご内密に」

 ゴルフェはおかしそうに笑うと、

「それでは私の胸に留めて置きましょう」

 

 それから二人は式典後に続くレセプションの間、ずっと一緒に過した。

 人々は巨大なドーム状のホールから隣接する庭園にぞろぞろと移動し、そこに用意された立食テーブルに群がった。朝早くから延々と式が続いたので、腹を空かせた大勢が人種や主義に関係なく仲良く食事を取っている。

「見て、ゴルフェさん。あそこ」

 フゥルフェの指差す先には、カローンからやって来た外相の属員たちがカスケー政府の接待役と一緒になって食卓から料理を取り分けている姿があった。

「十分な食べ物の前では、人はあのように仲良くしていられるのですね」

 フゥルフェの言い方に含まれる憂いに気付いたゴルフェも、

「しかし一旦その量が少なくなれば、そこは戦場です」

 フゥルフェは隣にたたずむ青年を見上げ、

「どうして分け合うことが出来ないのでしょう。お互いが譲り合い同じく我慢しあえば、そこに恨みや妬みなど入り込むことがないのに」

 ゴルフェは優しく笑いかけると、

「フゥルフェ様はお優しいのですね」

「どうでしょう。もちろん、私もそんな夢のようなことが実際に起きるとは思いません。星間政治はもう、お互いを尊重し譲り合うなどと言うことが非常に厳しい事態に陥っています。でも、少しずつでもお互いが譲歩しなければ、この星系はいつまでも騒乱と悲劇の連続になってしまいます」

 フゥルフェは少し小高くなったその場所から、人々がそれぞれに談笑し食べている光景を眺め渡していた。

「争いごとは星と星の間だけではありません。この星の中にもあります」

 フゥルフェは広大な敷地に点々と広がった人々の姿をあそこ、ここ、と指差して行く。

「護民官のグループはこちら側。私の父はあちら側。この庭園はまるでカスケーの縮図ね。こんな時にさえ一緒に食事を取らない」

 ゴルフェは黙って聞いていた。もちろん彼も政治権力については心得ている。軍は護民官側の強力な後ろ盾だった。護民官の家系は数々の名将を生んでいる。護民官自身も二十年前は軍属だった。今、目の前にいる娘の父率いるグループは、その軍にとって最大の反対勢力だった。

「フゥルフェ様はそういうことがお嫌いなのですね」

「ごめんなさい、私こそこんなお祝いの席で興ざめなことを長々と」

「いいえ、あなた様が我が軍を敵視するのではなく、そのような公平な目で見ていることが分かりうれしいですよ」

 ゴルフェはそこでにっこり微笑んで、

「まあ、お父上が提出し、星域評議会において僅差で可決された軍の予算縮小については、少し言いたいこともありますが」

「まあ、ゴルフェさんったら」

 ひとしきり笑った後で、真顔に戻ったフゥルフェは、

「こうして平和にしていられるのも、いつまでなのでしょう?」

「フゥルフェ様もそう思いますか?戦争が近いと」

「目と耳を塞いで楽しい目先のことだけを見ていればいいのでしょうが、それは無理と言うものです。どうも私は男勝りと言われているので」

「この前の視察のように?」

 フゥルフェは済まなそうに頷いて、

「ええ、あれは私が無理を言って、直前に観覧船を飛び出したんです。それに父が……いえ、これは……」

「お父上が?」

 首を傾げたゴルフェに慌てたフゥルフェは、

「口が滑りました。聞かなかったことに」

 ゴルフェは困惑しているフゥルフェを慰めるように笑い、

「聞かなかったことにしましょう」

 即断即決はあの突撃艦で別れて以来、フゥルフェが想い描いていたゴルフェの姿に一致した。フゥルフェは意を決したように、

「いいえ。お教えしましょう。但し内密に」

「請け負いましょう」

 フゥルフェは一切を彼に話した。父親のグループが軍の改革派と目される反護民官グループと接触していること。そのグループは少数だが、将来カスケー軍を背負って立つ人材がそろっていること。そのグループがゴルフェを賞賛していること。父親もその経歴を見て逸材だと褒め称えたこと。興味が湧いたフゥルフェは観閲式でゴルフェが先頭に立つことを知って、ぜひその指揮振りを見たいと申し出たこと。父親も軍の逸材で将来、改革派の一員に連なるのではと期待する男を観察するいい機会なので、進んで許可を取り付けたこと。

「なるほど。しかし私ごときが逸材とは。軍には私以上に任務に励み実績を上げている方などいくらでもいますよ。その改革派と呼ばれる方たちは随分と私を買い被っておられるようだ」

 フゥルフェは静かに被りを振る。

「謙遜はなさらなくてもよろしいわ。私はちゃんと見ていましたから」

 

 やれやれだ、とゴルフェは思う。若くして軍に入ってからいちばん気をつけて来たのはこういう政治だった。軍人は星を守るため命をかける。軍政も必要だとは思うが、それは前線勤務には邪魔なだけだ。ゴルフェはただ純粋な軍人として星に尽くしていたかった。

 しかし、この娘は……

「私の何が見えましたか?」

 ゴルフェは穏やかに聞いたつもりだったが、フゥルフェはそこに彼の怒りを垣間見ていた。

「ごめんなさい。軍のことなど分かりもしないのに、私は大きな口を叩いてしまいました」

「いいえ、謝らなくてもよろしいですよ。ただ、正直に私の何が見えたのか、とお伺いしています」

 フゥルフェはじっとゴルフェを見つめてから、

「正義感と実直さと、己の弱さを知りながらそれを見事に律する、そう、本物の勇気。それを見せて頂きました」

「私が?」

「そう見えました、私には」

「参ったな」

 ゴルフェの自嘲はフゥルフェには好ましいものに見えた。思わず見とれてしまった彼女は思う。私は本当にこの人に心を惹かれてしまったらしい。屋敷の小間使いで口が悪いパヌケットなら「イカレてしまった」と言うことだろう。

「まあ、お世辞と取って置きます。それにそのお褒めの言葉は、そのままあなた様にも当てはまるものですよ、フゥルフェ様」

「まあ、お追随ですか?」

「いえいえ。本心ですよ」

「お上手ね」

 ゴルフェは笑いながらも真剣な眼差しを向ける。

「本当ですよ。私はあの騒動の中、あなたの視線をずっと背中に感じていたものです。そらでの事故は、戦闘を本職とする我々宙軍軍人でも叫び出したくなる位恐ろしい。ひとつ間違えば簡単に宙のデブリのひとつになってしまうのです。そんな中であなたは冷静であり続けた。立派なものです」

 ゴルフェはいつの間にか彼女との距離を縮めていて、それはほとんど寄り添うに近い距離だった。ゴルフェは話に夢中なばかりにそうなってしまい、意識しての行動ではなかったのだろうが、フゥルフェはそれに気付きながらもそのままにしていた。

「私は、あなたの心を探りにあの艦を訪れたのに?」

「そういうことは関係がありません。例えあなた様が私の旗色をうかがうため、あの場に居合わせたにせよ、あなたは立派に己を律し、毅然とされていた。それは訓練された我々にも難しい、そう言いたいのです」

 そこでゴルフェは次席護民官の娘の手を取らんばかりに接近している自分に気付き、慌てたように二歩下がった。

「申しわけありません。ご不快だったでしょう」

 顔を赤らめ詫びるゴルフェにフゥルフェは、

「いえいえ、立派な将校さんにお褒め頂けるのはとても光栄だと思います」

 その瞬間、ゴルフェも自身の胸に忍び込んでいた感情に気付く。気付いた瞬間、自分を呪いたくなったが、それはもう消すことの出来ない炎だった。

 二人はしばらく見つめあったまま、その場に立ち尽くしていた。その小高い丘の周りでは、近付くクライシスを無視するかのような宴が続いていた。


 こうして二人の交際は始まったが、それはまるでさざなみのような波風を立たせることになった。

 軍の申し子が反対勢力の首魁の娘と交際しているという情報は、たちまち軍の深部にまで達し、ある者は憤慨し、ある者はそれを機会と反対派の弱点とするため策を練り始めた。

 反対派は反対派で、どちらに組するか分からぬ軍人が自分たちのリーダーの娘と付き合うことに警戒し神経を尖らせる。

 次席護民官は当初、娘の行動に眉をひそめたものの、改めて腹心にゴルフェを調査させ、その人となりを知ると、その後は一切口を挟むようなことはしなかった。


 時代は正に混迷の度を深め次第に厳しさを増して、内外共に策謀入り乱れる混乱の時を迎える。その喧騒の中、二人の交流はお互いの立場を超え、強い絆となって行く。

 それは後に思わぬ展開を迎える鍵となったのだった。



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