1
※主な登場人物
☆カスケー星
老人=ノイ・レ・パウス
「語り部」と通称される老水夫。
ゴルフェ
カスケー航宙軍の将校。
フゥルフェ
カスケー政府高官、シレット次席護民官の娘。
パ・ラ・シレット
次席護民官。フゥルフェの父。
護民官 (バ・ラ・クグレック)
カスケー政府首班。
モリョフカ
カスケー軍の作戦参謀。
イクレンド
ゴルフェの副官。
財務大臣
次席護民官派の重要人物。
警察大臣
護民官派の一人。
ノルケ
現在のカスケー軍将校。
☆カローン星
ストラー(ガントゥル)
カローン軍の名将。
アルフェル(コト・ソーフ)
カローン帝国王室皇太子。軍の司令官。
シュバック(コト・ソーフ)
カローン国王。
☆ソレル星
坊主
酒場宿の主人。
※星系の略図はブログまで
http://blog.goo.ne.jp/glass365/e/97be9da0fc732f0db36916c8a1873720
われわれの棲む太陽系から数百光年の彼方。
われわれの進化とはまた別の進化を遂げ、太陽とはまた違うタイプの母なる恒星に連なった幾多の星があった。
十三の惑星を有するその星系で、地球型とはまた別の生物適用環境を持った四つの星。
青と黄色、連星の太陽に対し「人」の棲むいちばん遠い惑星「ソレル」。その内側にあって同じ軌道上を百八十度はなれて進む双子の惑星「カローン」と「カスケー」。そして双子惑星のすぐ内側を巡る砂漠の星「レクルス」。
そのなかでもカローンとカスケーには長い諍いの歴史があった。
二つの星が最後に争ったのは、地球の時間軸に従えば数百年前。そこに棲む彼らにとっては五十年ほど前のことだ。
今に至ればこの星系は平和を享受しており、四つの星は共に栄えている。
ここにひとつの港町がある。その星系の第六惑星、争った兄弟星、内側の軌道を巡る第四、第五惑星のどちらにも組せず、中立を護った星「ソレル」最大の宙港だ。
ソレルには海と呼べるものはない。港と言えば即、宙港のことだった。
港はソレルでは貴重な塩湖に作られた。大地を覆う赤い砂のなか、湖の周りにだけ白い砂が広がる。船はこの塩分の濃い水面ではなく白い砂浜の上に着陸し舫っていた。
その船は帆を張ってやって来る。船体のほぼ三十倍にもなる宙帆。
二重太陽から吹き渡る恒星風は止むことがない。
それが止むときは、その星系が滅ぶ前兆となるはず。
この星系の親太陽は若い。
その風は雄々しく力強く、展帆した巨大な宙帆を推し、ひとたび重力圏を脱すればどこまでも運んでくれた。
宙帆の薄い皮膜はその時折の光を乱反射する。
それは赤い砂漠の色にも、灰色の窒素の海の色にも、蒼い山脈の色にもなった。
しかしそれもソレル人言うところの「宙」を行く船に見られるもので、港に停泊する船は総帆を畳んで仕舞い込み、面白味のない銀や金の輝きを放っている。
なかでも不気味に目立つ黒く染め上げた船体を持つものは軍艦。その存在だけでソレルの中立を守り抜いた防備艦隊所属だった。
老人は港湾案内人がタグボートに積んで持ってきた補助動力ポッドを断わり、降下を始める。案内人の指示通り船を正確に操りながら下り用の軌道昇降索に沿わせた。しかしそれに接続はせず、やがて宙と空との境目を越え大気密度が高まると降下制動翼を出して垂直に伸びる黒い索から離れてゆく。
老人の船はまるで木の葉が舞い落ちるような螺旋軌道を描きながら下降した。港湾案内人は規則通り速度を読み上げながら制御のタイミングを知らせ、老人は呟くような復唱と共にコントロールロットを動かしフットバーを小刻みに踏んだ。案内人は老人が耳目をふさいでもこの工程をクリアすることをよく知っていたし、老人は老人で案内人の声を慣れ親しんだ音楽のように聞くことも出来た。しかしふたりのベテランは油断が最大の敵であることをわきまえていて、決して手を抜くようなことをしなかった。
もちろん船は難しい操作をしなくとも、重力圏を脱した位置に静止する衛星に伸ばされた船舶専用の軌道昇降索で簡単に出入港できる。しかし大概のベテランがそうであるように、老人も決してそれを使うことがない。物見遊山の素人なら別だが、本物の船乗りが己の船を他人の手に任せて港に出し入れするほど恥かしい話はないのだった。
船はほとんど逆噴射を使わずに埠頭へと降下して行き、巨大な戦闘艦の隣に舫った。
老人は重力影響圏、即ちこの惑星の境界である拠点衛星から乗船していた入国管理官と検疫官に堅苦しい別れの挨拶を言い、港湾案内人に親しみを込めた礼を言う。
彼ら官吏たちも老人に恭しく敬礼した。普通、権威を笠に着る彼らはそんな恭しい態度を取ることなど数少ない。彼らがそのような態度を示すのは、老人がそうするに相応しい宙の男だったからだ。
老人は三人と入れ替わりにやって来た港湾管理官に停泊料を払う。
軍艦や政府の補給船も舫うこの場所は一等だった。その料金は老人の旧式輸送船にこそ相応しい二等の三倍はした。
それでも老人は常に一等のこの場所へ舫う。
この星の治安はよくない。
軍艦の隣に舫うのは普通、一種の保険だと言われている。その隣で盗難事件が起きれば、それがどこの旗を掲げていようと陰で笑われるに決っている。だから軍艦の隣はこの上もなく安全だった。
老人は常に一人でやってきた。彼の使う補助ロボットたちはごく普通の作業用なので番犬の代わりにはならない。警備ロボットは高額なので使ったことはない。
ソレルのこの辺り一帯は開拓時代が長く、今も荒事が頻発する。
何をされても誰も助けてはくれないし、盗賊に積荷を奪われても文句のひとつも言えないのだ。
とはいえ、もしも老人の船を襲うという勘違いを起す気になる狼藉者がいたとすれば、その者は余程の間抜けか遠方からやって来たのに違いない。老人は気にも留めていないが、いつでも老人の船がソレルの支配圏に入った瞬間から出て行く瞬間まで、この星の保安当局が監視し、密かに見守っていたし、それはこの港では公然の秘密だったからだ。
だが、老人が一等埠頭の、それも必ず軍艦が停泊している隣に泊めるのは保安のためではなかった。
それは老人のノスタルジーが為せる仕業だったのだ。