第7話 刻印の謎
舞踏会が宴もたけなわとなってきた頃。
「次は私と踊って下さい」
「いいえ、わたくしとっ」
ティアナと一曲踊り終えたレオンハルトの元に、花嫁候補として招待された少女達が群がっている。その様子を、レオンハルトを中心とする輪から少女達に追い出されたティアナは、ただ茫然と眺めている。
レオンハルト様は素敵だもの、誰だって自分に振り向いてもらいたいって思うのは仕方がないわ。この子達も、私と同じなのね。
そんな風に感慨深く眺めていると、影のようにひっそりとレオンハルトと適度な距離をとって側にいるアウトゥルの元に侍従が来てなにやら話し、レオンハルトの方へと近づいていく。
アウトゥルがレオンハルトの耳元に話しかけ、レオンハルトの視線がアウトゥルからティアナへと移される。
「すまないが、ダンスはまたの機会に」
美貌の微笑みを取り囲む少女達に向け、レオンハルトは少女達が作る輪を抜け、ティアナに近づく。
「ティアナ様、こちらへ」
言いながらレオンハルトは自然な仕草でティアナの腰に手を当て、会場の外へと続く扉に誘導しながら、ティアナだけに聞こえるように小声で囁く。
「ニクラウス師匠とジークベルトが契約の刻印の内容を解読したそうです。今、ホールの外までジークベルトが来ているそうなので、行きましょう」
ティアナはぱっとレオンハルトを振り仰ぎ、口を開いたけど、驚きのあまり何も言えずに口を閉じる。その様子を見てレオンハルトは安心させるように微笑み、腰を掴んだ手に力を入れた。
ホールの外に出ると、先に待ち構えていたアウトゥルがすぐ側の部屋へと案内する。
「人目につかないように、ジークベルト殿には近くの部屋で待って頂いております。さあ、こちらへ」
通された部屋はホールからすぐ側の、人が四人入ってちょうどいいくらいの小部屋で、中央には二人掛けのソファーが二つと真ん中に小さな机が置かれている。
右の壁に寄りかかり腕を組んでブーツで床を叩いていたジークベルトが、室内に人が入ってきた気配に気づいて顔を上げる。
「契約の刻印の解読が出来たと聞いたが」
最初に部屋に入ってきたレオンハルトが急かすように口を開く。ジークベルトは背をつけていた壁から離し、ゆっくりと入り口のすぐ側にいるティアナに近づく。ティアナはじぃーっと不安げな顔でジークベルトを見つめる。
そんな張りつめた空気の中、アウトゥルが部屋の隅を通って奥へと進み、ゆったりとした口調で言う。
「まあまあ、まずはお座りになられてはいかがですか?」
そう言って中央に置かれた応接セットのソファーを指し示す。
「そうだな」
「ああ……」
レオンハルトとジークベルトが頷き、二人掛けのソファーの右側にジークベルトが座り、レオンハルトは左側のソファーに座ろうと移動し、ふっと振り返ってティアナを見つめる。
「えっ……?」
その視線に戸惑いを隠せずにいるティアナをレオンハルトはエスコートし、ジークベルトの座るソファー――の向かい側、左側のソファーに一緒に腰をかける。
アウトゥルはソファーに座ったレオンハルトを確認し、一礼してから部屋の外に出て行った。
「それで、聞かせてもらおうか?」
そう言ってレオンハルトは話を切りだす。
ジークベルトはソファーに深く腰掛け長い足を組み、その膝の上に組んだ拳を置き、一度目を閉じてから、正面の二人を見据えて話し始める。
「昨日からニクラウス殿の部屋で魔術書を紐解き、ティアの胸に刻まれた契約の刻印の解読を試みて、どうにか解読することができた。内容はこんな感じだ――汝、我の助けを求めん時、我の力を欲する時、すべての願いを叶え、代償として汝の魂を我の物と契約す――つまり、ティアナ自身の願いを一つ叶える代わりにティアナの魂を貰うということだ。やはり、王子の呪いを解いたこととは関係なく印を押されたようだ……」
そこでジークベルトは言葉を切る。
「それで、契約を破棄することはできるのか?」
「いや、刻印には契約の内容しか書かれていない。ただ、この手の刻印は魔法をかけた魔法使い本人にしか解くことができない古い魔法で、破棄することは難しいだろうな……」
「では、ティアナ様はどうなるんだ……」
「とりあえず、現状ではその印がなんらかの悪影響を及ぼすことはないだろう。ティアが願いを叶える――という条件で発動する契約だ。だからとにかく、森の魔法使いと関わらないように気をつけ、今度こそやつの取引に応じないことが重要だ」
それまで一言も話さずに、レオンハルトとジークベルトの話を他人事のように聞いていたティアナに、ジークベルトが視線を向ける。ぼーっと焦点の定まらない瞳だったティアナははっと焦点をジークベルトに向ける。
「あっ、うん、今度は気をつけるようにするわ」
「ティア……ちゃんと聞いていたのか? お前のことなんだぞ……?」
「えっ、ちゃんと聞いていたわ。森の魔法使いと関わらないように気をつけるのよね、私が願いを叶えてもらおうとしたり、取引に応じなければ、この刻印は発動しないし害はないのでしょう?」
そう言って苦い笑みを浮かべるティアナ。
ぼーっとしてたように見えたが、ちゃんと話を聞いていたティアナの様子に違和感を覚えてジークベルトは首をかしげる。
「なんだ? なにか気になることがあるなら言えよ?」
「えっ……あー、気になると言うか、森の魔法使いはどうして私に刻印を押したのだろうかと思って……私、エルの魔法を解いてほしいと願ったでしょ。あの時、その願いが契約になってもいいと思ったの。だからこの刻印も、なにかその時の代価なのだろうとずっと思っていたけど、そのこととは関係ないのでしょう? じゃあ、どうしてなんだろう――と思って」
「確かに、その疑問が残るな……」
ティアナの話に相づちを打ち、レオンハルトも顎に手を当てて考えこむ。




