第36話 眠れる君を待つ
時は遡り――
北欧の森、北西に位置する時空石が置かれ護られる洞窟の中、二匹の守護妖精の説明を受けて、最初の試練にティアナとジークベルトが立ち向かっていた。
暗く細い洞窟の突き当たりに大きく開けた円形広場、その三方の石の棚に並ぶ九十九の石の中からたった一つの本物を見つけることが、時空石を手に入れるための試練だと言う。
※
一瞬の出来事だった。
無暗に触るな――そう忠告を受けていたから、まさかティアナがいきなり石に触れるとは想像もしていなかったジークベルトが、左を振り向いたその数秒の隙に、ティアナが一つの石に手を伸ばし触れていた。
「ティア――っ!?」
ジークベルトの制止する声は間に合わず、松明の明かりだけで照らされた薄暗い洞窟内が神々しく切ない虹色の輝きに満ち、ジークベルトはあまりの眩しさに目元を腕で覆い目を固く閉ざした。
光が収束してもしばらくは眩しさに目がくらみ、ジークベルトが再び瞼を開けた時、地面にティアナが倒れていてドクンっと胸がはねる。
「ティア……?」
慌てて側に駆け寄り、肩を揺すったが反応がない。
「――……っ」
メアリアの息を呑む音に、ジークベルトは厳つい表情でばっと仰ぎ見る。
「どうゆうことだ!? どうしてティアは倒れているんだ!?」
洞窟を包んだのは虹色の光――つまり、ティアナが触れた石は本物の時空石で試練に成功したことになるはずだ。
それなのに、どうしてティアナは意識を失い倒れているのか――
ジークベルトは怒気を露わに睨みつける。
洞窟内にはティアナが触れた薄翠色の石――時空石も姿を消している。
「それはぁ――もう一つの試練に挑んでいるからだぁ……」
眉根を寄せて渋い口調でヘンリーが呟く。
「もう一つの試練――?」
「試練が一つとは言ってないさぁ――」
視線を逸らして言うヘンリーに掴みかかるジークベルト。
「お前、知っていて黙っていたのか!?」
「言えない決まりなのですわぁ……」
恐ろしい形相でヘンリーを掴み力を込めるジークベルトに、メアリアが慌てて側に近づき懇願する。
「どうゆうことなのか、全て説明しろっ!」
鬼気迫る迫力でジークベルトが二匹の妖精を問い詰める。
俺が守ると決めていたのに――
側についていながら、どうしてこんなことになってしまったんだ――
妹のように大事な存在のティアナが自分の目の前で危険にさらされることになり、ジークベルトは不甲斐ない己を責め、瞳を苛立ちに揺らせ、唇をかみしめた。
二匹が言うには――九十九の石の中から本物の時空石を見つけられた者には、第二の試練が降りかかるという。
それは時空石を見極めることが出来た者の真意を突き止めるため――心の闇を見せ、心の強さを審判するのだと言う。魂だけが過去または未来に飛ばされ、魂の抜けた体は睡眠状態となるらしい。
体に問題はないと聞いて――安堵のため息をついたジークベルトだったが、ヘンリーの次の言葉に息を呑む。
「試練に打ち勝てばぁ、時空石を手に入れた魂は自然と体に戻るのさぁ」
打ち勝てば――
その言葉がなんとも不安に心を揺さぶった。
ティアナのことを信じていないわけではないが――最悪の場合、このまま魂が戻らないと聞いて、殺気立たずにはいられなかった。
ジークベルトの周りを包む気が荒々しく険悪な気配を含み、空間が凍りつくように冷たくなり、ヘンリーとメアリアは冷や汗を流し、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「――ひとまず、王宮へ戻ることにする。ティアをいつまでもここに寝かせておくわけにはいかないからな。ちゃんとした寝台に寝かせて、無事に魂が戻って来るのを待つ。お前たちも一緒に王城へ来るんだ」
有無を言わせぬ威圧感に、それでもヘンリーは声をとがらせて反論する。
「なんで俺達がついて行かないといけないんだぁ!? 俺達はなぁ、守護妖精――っ」
ヘンリーの言葉に被さり、ジークベルトの鬼気迫る声が重なる。
「お前たちは時空石の守護者なんだろう。時空石は今、ティアの試練の最中。守護者がティアを側で見守るのは当然の義務なんじゃないか――」
冷ややかな視線で一睨みされ、ヘンリーは言葉に詰まり、うっと息をのみ込んだ。
※
王城に戻ってきたジークベルトは、まっすぐにティアナにあてがわれた客室へと向かう。
北欧の森を出て城壁に近づいた時、ティアナを抱いて馬を駆るジークベルトの横でヘンリーとメアリアがすぅーっと先に飛んで行ったかと思うと、拳ほどのほの白い明かりが二つ灯り、先導するように城門へと飛んで行った。
城門をくぐり客室へ向かう途中、人目がないことを確かめてジークベルトが小さな二つの明かりに話しかける。
「ヘンリーとメアリアなのか……?」
「そおだぁ~」
「そうですわぁ」
「どうしてそんな姿になったんだ……いるのかいないのか分かりにくいな」
眉根を寄せてひとりごちるジークベルトに、ヘンリーがふてぶてしい声で答える。
「ふんっ、ついて行くとは言ったがぁ、姿を見せるとは言ってないだろぉ。何といっても俺達はしゅっ」
「あー、はいはい。分かったからうるさくするな」
小さな明かりになっても、胸を張って守護妖精であることを自慢げに言おうとしたヘンリーの言葉を、ジークベルトは虫を払うように手を振って遮った。