第33話 もう一つの試練
「違うのです、私は神の子ではないし、魔女でもありません。だって、魔力と呼べるものすらないのですから……」
宴が終わった後、再び建国の間に連れて来られたティアナはリーゼロッテに訴えた。
「なら、さっき姿を見せたティワズ神をどう説明する?」
「そ、れは……私の力ではなくて……」
ティアナは言い淀む。左耳のルビーのピアスが揺れ、焼けるような熱を帯びて顔を顰めた。
「あれは、お前の力じゃ。私は先読みの占いで神の子が現れる未来を見たのじゃ――天空神ティワズを従えた神の子をな」
リーゼロッテにびしっと指を指され、それがお前だと言われ、ティアナは怯む。
「だから、違……」
「とにかく、お前は神の子でこの国で一番の魔力も持つ魔女だという事実に変わりはない。我が国は二十三年前の疫病騒ぎで人口が激減……魔法使いと魔女ばかりだった民も力を失い、魔法使いの数も半数以下に減ってしまった。王族の血に廻る魔力さえも減少してきておる」
憂いを帯びた瞳でリーゼロッテは嘆く。
「お前がこの国に亡命してきたのは、この国を護り導くため――それがお前の運命なのじゃ。国守の魔女として、王子の伴侶として、勤めを果たすのじゃ。それが出来ないというのなら――お前も、一緒に来た娘も、どうなるかわかっておろうのぉ――?」
脅迫めいた威圧に、ティアナはぐっと唇をかみしめる。
「少し……考えさせて下さい……」
掠れた小さな声で、それだけ言うのがやっとだった。
※
建国の間を出たティアナは、行きと同じように若い二人の魔女に服を脱がされ、体を洗われ――抵抗する体力も気力も無く――リアの待つ部屋まで送り届けられる。
扉の前で、二人の魔女は恭しく頭を下げると帰っていった。
「ティルラ、おかえり。女王様はなんの用だったの? ずいぶん長かったじゃない?」
呼び出されたのは夕方だったが、今はすでに深夜を過ぎている。すでにベッドで横になっていたリアは物音で体を起こし、瞼をこすりながらティアナに声をかけた。
「ん……」
建国の間で起きた出来事は――あまりに衝撃的過ぎて、まだ自分自身受け入れられていなかったティアナは、リアに話すことを躊躇い、リアが座るベッドの横にある自分のベッド腰掛ける。
「…………」
しばらくの沈黙の後、いつもは明るい口調のリアが真面目な雰囲気で口を開く。
「ねぇ、ティルラ。私が前に言ったこと覚えてる?」
「……?」
何のことか分からなくて、ティアナはゆっくりと正面に向けていた視線を横にいるリアに移す。
「……っ、私でよかったら何でも相談に乗るって言ったでしょ? 私はあんたの幼馴染で姉みたいなもんで、ずっとずーっと小さい頃から一緒にいるんだから。あんたのことは誰よりも私が一番知ってるんだから……っ」
涙で語尾の方が震えている。
「あの日から、あんたはティルラだけどティルラじゃない――私の知っているティルラじゃないっ! だけど、ティルラでもあって……ルードにも任されたし……あぁー、何が言いたいのか分からなくなってきたっ」
わしゃわしゃっと髪を掻き毟り頭を抱え込んだリアを、ティアナは眉尻を下げて見つめる。
「とにかく! 私はどんなあんたでも味方なんだからね、悩んでることがあるなら話しなさいよぉ……」
リアは言いながら立ち上がるとティアナの前まで来て、ふわりと肩に腕を回して抱きついた。その温もりが心に沁みて切なくなる。
リアは最初から、ティルラであってティルラでないことに気づかれていた。それなのに、ティアナから打ち明けるのを待っていてくれたのだ。一ヵ月間ずっと一緒にいて、ずっと見守っていてくれたのだ。
その想いに答えるように、ティアナは込み上げてくる涙を手で拭いながら、すべてを打ち明けた。
自分がティルラではないこと――
時空石を探しに北欧の森へ行き、そこで起きたこと――
七十七年前から魂だけが飛ばされたこと――
その原因は分からないこと――
建国の間で起きたこと――
王子の嫁として求められていること、拒否権がないことは話さずに、それ以外のことを打ち明ける。
ティアナが話す間、リアは真横に座って手を握り、静かに頷きながら聞いてくれた。
「そう、あなたの名前はティアナというのね。ティルラとティアナ……似ているわね」
くすりと笑ってリアが言う。
「もしかして、あなたはティルラの子孫だったりして――ってそんな訳ないわよね。それよりも、ティアナは薄翠色の瓢箪型の石に触れたのよね? それでここに飛ばされた。そえは時空石の仕業と考えていいと思う――正確には、第二の試練ね」
「第二の試練……?」
そんな話はヘンリーとメアリアから聞いていない――と眉をひそめたが、考えてみれば、“試練”について二匹は詳しく話してくれなかった。第二の試練というのも秘密にされていたのか……
「ホードランド国の民なら皆知っていることよ。時空石は時を司るクロノスの分身、もともとホードランド国のある北欧の森はクロノス神が納める領土で、そこを護る代わりに時空石を賜ったという伝説よ。時空石は自ら意思を持ち、使うものを選ぶ。それが試練――といっても第一の試練にあたるのは国民なら誰もがなんなく乗り越えられるから試練でも何でもなくて、他国に奪われないための罠ね」
リアはそう言って肩をすくめる。
「本当の試練は第二の試練にこそ意味がある――正しい時空石に触れることが出来ても、時空石は簡単には心を許さない。その人の真意――心の強さや悪用しないかを見抜くために、魂だけが未来へまたは過去へ飛ばされ、闇を見せられる――その闇に打ち勝つことが出来た者だけが、時空石を操ることができる――らしいわ。私も実際には触れたことがないから、聞いた話だけど。きっとティアナは今、時空石に試されているんだわ――ってことはやっぱり、あなたはティルラの子孫――?」
瞬きも忘れてリアの話を聞いていたティアナは、その言葉にぱちぱちと瞬く。
「……っ」
その言葉は現実味がありすぎて、ティアナは身を強張らせる。だけどティアナが口を開く前にリアが再び話し始める。
「それともう一つ! 炎はルードの得意な魔法、よく火龍や火鳥を使役していたわ。大広間に現れた炎の不死鳥は――おそらくルードの仕業じゃないかな?」
「ルードウィヒの――?」
ティアナは無意識にルビーのピアスに触れ、リアはその仕草に気づき、怪訝に片眉を上げる。
「これは推測だけど――別れ際に交わした口づけ! あの時に、ルードがあなたの体の中に魔力を注いだのよ、そのピアスは媒介ね!」
魔力は魔法石にためることができる。魔力を持たない魔導師達は、その魔法石を腕輪や首飾りなどの装身具として身につけ、それを媒体に自然の力を操り魔法を使う――知識としそのことを知っていたティアナだが、まさかルードウィヒがそういう意図でもってピアスを渡したとは気付かなかった。
ルードウィヒ――
心に思い描いた人物に、胸が苦しくなる。
ずっとピアスに触れながら俯いていたティアナ。顔を上げた時、鮮やかに煌く翠色の瞳には決意が籠っていた。
「ねぇ、リア。この国のこと、どう思う――?」
「えっ、何、突然? うーん……そうね、ホードランドとは何もかもが違うけど、穏やかな気候に温かい人達。上手くやっていけそうな気がするわ」
白い歯を見せてにぃっと笑うリアを見たティアナは、視線を正面に向けてゆっくりと瞳を閉じた。




