第30話 再会
どこか見覚えのある、透き通るような青空――
つややかな緑の葉を茂らせた幼い木々の生える森――
背丈ほどの長い草叢が爽やかな風にそよそよと揺れている。
懐かしい――そう感じるのは、魂の器であるティルラが南の国の血をひくからなのか。
ティアナはぼんやりとそんなことを考えながら上半身を起こし、照りつける日差しに暑くなりマントを脱ぐ。
「リア……」
ルードウィヒの魔法で一緒に南の国へ飛ばされたリアを探すと、少し離れた草むらの中に横たわっているのを見つけた。
立ち上がろうとして、昨夜北欧の森で負った傷が痛み、ぎゅっと眉根を寄せて草の上に倒れ伏す。
ふぅーっと大きなため息をはき、痛みに顔をしかめながら手のひらと膝を地面につき這ってリアの元まで移動し、側に腰をおろしてリアの体を揺さぶる。
「リア、起きて……、リア?」
「う……ん……」
リアが眉根を寄せ、目を瞬いた時――
ガサガサっと、近くの草叢が音を立てて揺れる。
もしかして、狼――!?
身構えるティアナの前で草が一段と揺れ、掻き分けられた草の中から一人の女性が現れた。歳は三十代くらいだろうか、豊かな銀髪は複雑に編み込まれゆらゆらとうねり地面に着きそうなほど長く、高い鼻、くっきりとした瞳は若葉を想わせる翠でキラキラと輝き、眩しいほどの美貌に、ティアナは言葉を失う。
「あっ……」
「まあ、あなた達――怪我をしているではありませんか……大丈夫?」
傷だらけのティアナとリアを見た女性は慌てた様子で側に駆けよると、服が汚れるのも厭わず地面に膝をつきティアナの頬に触れる。
サァーと優しい風が吹き、女性の触れる頬にひんやりと水の感触を感じて、ティアナは目を見張る。
この魔法は――
「この辺りでは見かけない顔ですね、旅の方? とにかく、私の家においでなさいな、傷の手当てをしてさしあげますから」
ふわりと優しげな笑みを浮かべた女性の顔に、ティアナはある一人の人物を思い浮かべる。
マグダレーナ様――っ!
「立てますか?」
意識を取り戻したリアに声をかけ肩に手を回したマグダレーナを、ティアナは大きく目を見開いて見つめる。
マグダレーナはその視線を受けて首を傾げ、にこりと笑みを浮かべる。
「さあ、こちらよ」
草叢と若い木々の森を抜け案内された場所は、森からすぐ側にたつ王城だった。
あぁ……――
悠然と建つ、立派とは言い難いが懐かしくも愛おしいイーザ国の王城を目の前に、ティアナは涙が込み上げてくる。
ここは-―ルードウィヒが魔法で亡命させた南の国というのはイーザ国だったのだ。
ティアナの知る王城は所々増改築されていたが、目の前の王城は綺麗で建てられて間もないように見える。今では塔も二つしか残らず、使用されてもいないが、七十七年前の王城には数えきれないほどの壮麗な塔が並んでいる。
マグダレーナが案内したのはその塔の一つで、偶然にもティアナが閉じ込められていた棟だった――
「お師匠様、只今戻りました」
塔の扉を開けて大きな声で言ったマグダレーナはそのまま二階の部屋へとティアナ達を案内し、ベッドにリアを寝かせる。
「うーん、その服は所々破けているし、暑いわよね? いま着替えと、湯殿の準備をしてくるから、この部屋でくつろいでいてね」
匂い立つような笑顔を見せて、マグダレーナは部屋を出ていく。
ティアナはリアが横たわるベッドのふちに腰かけ、誰にともなく呟く。
「イーザ国に……来たのね……」
しばらくすると、階下からマグダレーナ様ともう一人女性の声が聞こえてくる。
「……なに? レーナはまたものを拾ってきおって……」
「お師匠様、そんな言い方しないで下さいな……ものではなくて旅の方よ」
「旅? どこの国からだ? まさか、ドルデスハンテ国じゃないだろうな……あの国の者は魔法を嫌っている、関わりあいになりたくない輩じゃ」
ふぅーっと大きなため息とともに、バンっと独りでに扉が開く。入り口には、マグダレーナと、マグダレーナの腰ほどの背で黒髪を頭上でお団子に結んだおばあちゃん……? が立っていた。
「お前が、レーナに拾われた輩か?」
ぎゅっと眉間に皺をよせてねめつけてくる老女に、ティアナは恐れを感じて腰かけていたベッドの上で後退る。
「む……なんだその汚れた顔と体はっ! この神聖なるイーザの地を穢すつもりかっ!」
すごい剣幕で叫ぶ老女をティアナとリアは目を丸くして見つめる。
「名を名乗れ、今すぐ名乗るのじゃっ!!」
そう言われてティアナは自然と体が動き、ベッドから立ち上がり、裾が泥だらけで所々破けたスカートを摘み、腰を折って最上級の挨拶をする。身に付いた仕草が、自然でより優雅な雰囲気を醸し出す。
「わたくしの名はティルラ・ローゼマリー・バルヒェット。ホードランド国第三皇子の教育係兼魔法使い侍従長であるベンノ・バルヒェットの娘です」
老女は片眉を上げ、ティアナをじろりと見つめる。
「ホードランドの魔法使いバルフェット家の娘か……魔女か?」
「いいえ……」
ティルラの父は魔法使いだが母は魔力を持たない人間で、ティルラ自信も魔力を引き継いでいないと聞いている。
「確かホードランドはドルデスハンテとの戦の最中、なぜその国の輩がここにいるのじゃ?」
ティアナは腰を折ったままの姿勢で答える。
「第三皇子セブラン様のご配慮により、祖先の出身地であるこの国に魔法で運んで頂いたのです」
「ふん……亡命か」
嫌味たらしく鼻を鳴らす老女にマグダレーナが諫めるような声をかける。
「お師匠様、そのような言い方はよくありませんよ……」
顔を上げたティアナにマグダレーナが近づき、二人分の着替えを渡す。
「大変でしたでしょうに、その若さで生まれ育った国が――」
マグダレーナはホードランドの行く末を知っているように口をつぐみ、それからいつくしみの籠った瞳で微笑んで言う。
「この地に来たのもなにかの縁でしょう、これからはここがあなた方の家だと思って過ごしてね……」
言いながらちらりと横目で入口に立ったままの老女を見るマグダレーナに、もう一度ふんっと鼻を鳴らす老女。
「ですが……」
歓迎していない様子の老女を見て、ティアナは眉尻を下げる。
「ふんっ、勝手にするがいい」
ティアナと目線があった老女は、捨て台詞を吐いて去って行く。その後ろ姿を見送ったマグダレーナは少し困ったように笑う。
「気にしないで下さいいな、お師匠様は恥ずかしがり屋なのです。あんな言い方をなさっても、追い出そうとはしないのが何よりの証拠。この城はあなた方を歓迎しますわ。しばらくはこの部屋をお使いなさいな。傷が癒えた頃、王宮内を案内するわ。湯殿はこの塔の隣よ、案内するわね」
「あの……」
部屋を出て行こうとするマグダレーナに、ティアナは慌てて声をかける。
「あっ」
何か気付いたようにわざとらしく口元に手を当てて振り返ったマグダレーナは、優美な笑顔で言う。
「自己紹介がまだでしたね、私の名はマグダレーナ・テア。先程の方はリーゼロッテ・ルーラ・イーザ」
イーザ……!?
「私の師匠であり、この国の偉大な国守の魔女であり、この国を建国した女王です」
国守の魔女!?
建国の女王――!?
ええ――っ!!!!!




