第28話 永遠(とわ)の誓い
「リアがこの近くにいるはずだから、彼女も一緒に……」
哀願するティアナにルードウィヒは優しく頷き、森で意識を失っていたリアを伴い三人で王城のルードウィヒの自室の暖炉へと戻ってきた。
城内は不思議なほど静まり返り、ルードウィヒは急ぎ足で広間へと向かう。ティアナと気がついたリアもその後を追う。
広間には戦うことの出来ない老人や女性、子供達が百人程、民を守る兵士が二人だけいた。
ルードウィヒに気がついた兵士は頭を下げ、その二人にルードウィヒは足早に近づく。
「父上は今どこに!?」
「はっ、王は宝樹の間にて魔法使い達と共に時空石を守っておられます」
頭を下げたまま、兵士の一人が畏まった声を上げる。
「ありがとう、引き続き民の側に」
それだけ言い、王城の通路を奥へと駆けていく。
「ルード、宝樹の間は王族と魔法使い以外近づいちゃいけないはずよ。私達もついていっていいの?」
リアが一番後ろを走り、ぜえぜえと息をつきながら言った。
「今は緊急事態だから、いいはずです」
しばらく進むと、奥の方から悲鳴と叫び声が聞こえてくる。走る速度を上げ通路の奥へと駆けこむと、その場所には二人が倒れ、三人がその側に蹲っている。
「父上――っ」
王を見つけて側に駆けよったルードウィヒは、血まみれで床に横たわる王妃と兄皇子妃を見て瞳を大きく見開く。
「母上……義姉上……」
王妃と兄皇子妃の傷は斬りつけられたもので、その手には小さなナイフが握られている。アロイスは自分以外にも内通者がいると言っていた――それがこの二人だったのだろう。
「父上、ご無事でしたか……?」
哀しみに揺れる瞳でルードウィヒは国を裏切った二人から視線をそらし、王を見る。
「ああ……お前が砦に行った後、動けない民を広間に集め、王族は宝樹の間に集まったのだがしばらく前からアロイスの姿が見えずどうしたのかと話しているところに、王妃と皇子妃が刃を向けてきたのだが……」
ぎゅっと眉間に皺を寄せた王は苦渋に満ちた表情で床に視線を落とす。
「直前でマリオンとハインリヒが私を庇い……負傷した」
「……っ、マリオン兄上、ご無事ですか?」
ルードウィヒは蹲っている鳶色の髪の青年の側に跪き、気遣わしげに声をかける。
「大丈夫だ、少し肩をかすっただけだから心配いらない。それよりもセブランよ、よく無事に戻った。お前が無事ということは戦は――」
血の気を失い青ざめた顔のマリオンは一縷の希望を見つけたように瞳を輝かせる。
しかしルードウィヒは、悲痛に眉根を寄せ視線を伏せる。
「も……うし訳ありません……私の力が至らなかったばかりに……私は……っ」
ぐしゃりと顔を歪めて王を見上げたルードウィヒの肩に王が手を置き、落ち着かせるように声をかける。
「報告を受けよう、場所を移動してから――」
※
すぐに兵士が呼ばれ、王妃と皇子妃の亡骸が運ばれていき、王を庇って傷を負った魔法使い二人とマリオンは傷の手当てを受ける。無事だった魔法使いに宝樹の間を任せ、王とマリオン、魔法使い長のハインリヒ、ルードウィヒは王の執務室へと移動し、ティアナとリアは外で待機する。
ルードウィヒは国境の砦での出来事――アロイスの裏切り、炎の九龍の暴走、隣国の王子との取り引きについて報告する。
「そうか、アロイスが……追い詰めてしまったのは私だな、今回の責任はすべて私にある、私が至らない王だったばかりに――」
重厚な椅子に腰かけた王は組んだ拳に額を当て沈痛な面持ちで呟いた。
「私も兄の裏切りに気づかなかった……」
「いいえ、父上のせいではありません――私が敵国を討っていれば……」
マリオンとルードウィヒが言い、語尾を濁す。
「セブラン皇子は健闘された――」
重い空気を破るようにハインリヒが言い、その言葉を王が続ける。
「そうだ、生き延びた民の命は救われるのだ――私がお前の立ち場でも同じ決断を下しただろう。例え国が滅びその名を後世に伝えることが出来なくなったとしても、生きていれば必ず希望を見出せる時が来るだろう――」
マリオンは静かに、だが力強く頷く。
「父王の仰せの通りに。私もドルデスハンテの王宮に参ることに異存はありません、それが王族の務めならば」
「私も王宮にお供致します。ホードランド魔法使い長としてセブラン様のお役に立つことが出来るでしょう」
「いや、ハインリヒ殿にはまとめ役として民と共に国境へ赴いて頂きたい。よろしいですよね、父上?」
「ああ、セブランの言う通りだ。ハインリヒよ、我々の代わりに民を導いてくれ。時空石は森の奥の洞窟へ運び、守護妖精達に任せるとしよう――では民を広間に集めるのだ、私から今後のことを説明しよう」
王の執務室から広間に向かう途中、ルードウィヒに腕を引っ張られたティアナとリアは小さな小部屋へと連れ込まれる。
「どうしたの、ルードウィヒ……?」
思いつめた顔をしたルードウィヒを不安げに見つめるティアナを、優しく抱きしめる。
「ティルラ……君は南の小国に亡命するのです、リアと一緒に」
「えっ――?」
「私も一緒にっ!?」
驚く二人に、ルードウィヒはティアナを抱きしめたまま話を続ける。
「ドルデスハンテ国の王子は民や王族の命の保証をしてくれました、だけど王子の目は光を宿していない――狂気に近いものを漂わせていて信用がならないのです。私は隣国の王城へ赴く取引をしました、側で君を守ることが出来ない――それならば、いっそ遠く離れていても安全な場所にいてほしいのです。どうか亡命すると言って下さい、ティルラ……」
切なげに懇願するルードウィヒを、ティアナは優しい腕の中から見上げる。
「あなたは敵国に赴くというのに、私だけ安全な場所に亡命するなど――」
出来ない――そう言葉にしようとしたティアナを、抱きしめていた腕に力を入れられ、口元を胸に押しつけられる。
ティアナは時を越えティルラの体に入ってから、ティルラの心に同調し、ルードウィヒが愛しくて切ない気持ちで胸がいっぱいになる。
「嫌です……出来ません……」
「お願いですティルラ、私の最後の望みを聞いて下さい。以前……君の父に聞いたことがある、君の祖先は南の国の出身だと。だから君は南の国で――、私は北の地で――、共に生きよう。離れていても心はずっと側にいます」
その言葉が胸に突き刺さる。
共に生きよう――
それが二人に出来る最後の約束。
窓の外では吹雪がやみ、空には黄金色に輝く月が二人を包み込むように寂しげに浮かんでいる。




