第27話 決断
「条件――」
ルードウィヒは静かに反芻する。
「一つ、そなたが操る炎の龍を大人しくさせること。一つ、ホードランド国は属国として我がドルデスハンテ国に従うこと。一つ、そなたが――魔法指南役として我が王城に来ること」
「嫌だと言ったら――?」
眉根を寄せ、探るようにライナルトを見つめるルードウィヒ。
妖しげな光を放ち微笑んだライナルトは即答する。
「今すぐに森を火薬で爆破する」
「なぜ――ホードランドのような小国を欲するのですか!? ドルデスハンテ国は数多の小国を吸収し今や北部のみならず、大陸随一の国土を誇っているではありませんか!?」
「国土だけな――」
「軍事力にも優れて……っ」
「軍事力など――人間の力などたかが知れている。南には小国といえど魔法使い達の国がある。我が国は魔法には縁のない国、攻めてこられたらどうなるか――見よ、どんなに軍事力を高め兵の数を揃えようと、そなたの魔法の前では歯も立たぬ。私は我が国に魔法の力を取り入れたいのだ、国のため、未来のために――」
「魔法など――なければ無い方がいいですよ、そんなものに頼らないでも人間は強く、生きていけるのに、なぜ……」
そんなことのためにこんなに多くの血を流さなくてはいけなかったのだろうか――
ルードウィヒの悲痛な思いは掠れて最後まで言葉にはならなかった。
「……わかりました」
拒否権はない、国が滅びの道をたどることはもう止められない――それならばせめて、まだ生きている命だけでも救いたかった。
立ち上がったルードウィヒは今も暴れ狂い砦や敵兵を焼き尽くす炎の九龍に全神経を集中させる。
クオオォォォォ……
炎の九龍は雄叫びを上げながら、体を形成する炎を霧散させて消えて行った。後には焼け野原と灰になった無数の兵たち、半分以上焼け落ちた砦は未だに燃え続け――そして何事も無かったように雪が吹き荒れる。
「お見事。将軍、伝令を――進軍は中止、すぐに城へ戻る。馬は怪我人に優先的に回し、動ける者はその手伝いをするように」
にんまりと微笑んだライナルトは横に立ったままの将軍に指示を出し、将軍は一礼すると速やかに陣営を後にした。
「さて、それでは我が王城にご同行願おうか?」
「そのまえに――」
ぎゅっと目を瞑り、唇をかみしめたルードウィヒは、重苦しく口を開く。
「……っ、王城に向かう前に、我が国の生き残っている民を救いに行かせて頂きたい。それに王城の様子も確かめたいのです」
「いいでしょう、生き残ったホードランドの民はこれからは我が国の民だ。生き残った者には、この国境の地を復興させ住まわせるとしよう。もしもそなた以外の王族が生き延びているようならば――王城へ連れてまいるのだ」
「もし生きていたら、どうなるのですか――?」
「我々に従うのならば生かすが、従わないのならば――」
しゅっと風を切る音と共にライナルトは手刀で首を切る真似をし、ルードウィヒはぐっと苦虫をかみつぶしたような顔をして視線をそらした。
「わかり……ま、した」
胸の前で拳を握りしめたルードウィヒは軽く頭を下げ、端の焦げたマントを翻し、大松明の火の中へと消えて行った。
※
王宮の暖炉を目指し火の中を移動していたルードウィヒはその途中、外と繋がる火の揺れの中に愛しい人の顔を見つけて、引き寄せられるようにその火へと――外へと姿を現す。
「ティルラ――っ!」
震える手で上半身を支え床に横たわるティアナに今にも切りかかろうとしている三人の青錆色の鎧を着た兵士に火の魔法で攻撃をする。
前にかざした右手から渦を巻いて炎が吹き荒れ、兵士たちは降り積もった雪の上へ倒れ込み、動かなくなった。
「ティルラ、大丈夫か――!?」
「ルードウィヒ……私は大丈夫よ。あなたこそ、そんなに傷だらけになって……」
所々赤くなっているルードウィヒの顔に頬を当てたティアナは、はっとして砦の方角の空を仰ぐ。
先程まで紅蓮に染まっていた空は薄闇を取り戻していた。
「戦はどうなったの!? 砦の方角が燃えていたようだけれど――」
ルードウィヒは悲痛な瞳で顔を歪め首を振る。
「戦は――……ホードランド国はドルデスハンテ国に吸収され属国となることになりました……」
知っている歴史通りの結末を聞かされただけなのに――ティアナは思わず涙がこぼれ落ちてくる。
「そう、なの……」
「ティルラ、私は今から急ぎ王城に戻らなければいけない。一緒に来てくれますね?」
哀しみにうち沈んだ瞳で問われ、ティアナは静かに頷いた。




