第22話 魔法使いルードウィヒ
目の前の人物があの冷酷な雰囲気の森の魔法使いと同一人物とはどうしても思えなかったが、今の姿から十くらい歳をとらせると森の魔法使いとどことなく似ていることに気づく。
砦の森で会った魔法使いは見た目は二十代後半くらいに見えたが、目の前のルードウィヒが十八歳ならば――九十五歳ということになるが、混血児ならば実年齢よりも姿が若く見えるのも頷ける。
魔族――その中でも特に魔王は、寿命も長く、体の年齢も人間よりゆっくりと流れると聞いたことがある。
それにしても――こんなに誠実で優しげな雰囲気のルードウィヒが、七十七年後にはあんな闇を宿した刃物のような鋭利な瞳になってしまうなんて――一体、七十七年の間に彼に何が起きてしまったのだろうか――!?
一人思考を巡らせていたティアナは、ひんやりとした感触を頬に感じて、はっと目の前の光景を見つめる。
ルードウィヒが真剣な顔をしてティアナを見つめ、頬に右手を添えていた。
「ティルラ、今日は元気がないようですね。先ほどの集まりの時もどこか上の空で、私の方を見ようともしなかったではないですか」
心配げな声から、見つめられる表情から、ルードウィヒがどんなにティルラを愛しているかが伝わり、それを喜んでいる――ティルラの心があった。
どうしよう、この人には本当のことを話した方がいいのかしら……
こんなに愛おしそうに見つめられて、目の前にいるのが本当は恋人ではないだなんて、気の毒すぎるわ。
混血の皇子であり後に魔法使いとして名をはせる彼になら、真実を打ち明けることで元の時代に戻る手がかりを得ることができるかもしれない――そう思う一方で、胸に熱い痛みを感じ胸元に手を当てる。そこには、目には見えないが、確かに契約の刻印が刻まれているという感覚がティアナにはあった。
この人は、私に刻印を押した魔法使い――そう思ったら背筋を冷たいものが伝い、自分がティルラではないと伝えることに躊躇してしまう。
「…………」
口を開いたものの言葉を紡ぐことができなくて、ティアナは眉間に皺を刻む。
「ティルラ……」
愛しげに名前を呼ばれ、ティアナは曖昧に笑い返す。その瞬間――
コツンっ。
「うん、熱はないようですね」
ティアナの額にルードウィヒの額がぴたりとつけられ、目の前に優しい翠の光を帯びた黒い瞳があり、ティアナは大きく目を見開いた。
「あっ、あの……」
「顔色が悪いようですが、熱はないようで安心しました。私は国境の砦へ向かわなければなりません……体調の悪い君と離れるのは辛いが、今はそんな我が儘を言っている状況ではないですよね……」
切なげに呟いたルードウィヒは優しくティアナを抱きしめる。
「私が敵軍を食い止めなければ、この国だけでなく――ティルラ、君を守ることもできない」
ルードウィヒはティアナの肩に近い場所の腕を優しく掴み、真摯な瞳でまっすぐに見つめる。
「君を愛している、君を全力で守る――だから、私は行かなければ……」
ドクンッ。
決意の籠った瞳で見つめられ、ティアナの胸は大きく鼓動を打ちはじめる。
詳しいところまでは知らないが、この戦――ホードランド国は敗戦し、国土の一部をドルデスハンテ国に吸収され国の歴史が終わることを、ティアナは知っている。
ティルラがどうなるかは知らないが――ルードウィヒは生き残り、七十七年後も生きている。
ティアナの感情とは違う感情が胸に押し寄せ、切なくて切なくて――胸が切り刻まれるように痛む。
ティアナの意思とは関係なく、つぅーっと涙が頬を伝う。
「私もあなたを愛しています。私もこの国とあなたを守るために戦います。だからどうか、生き延びて――」




