第21話 謎王子×闇皇子
「えっ、恋人――!?」
ティアナは思わず驚きの声を出してしまい、慌てて口を押さえる。
心はティアナであっても、体はティアルラなのだ。おかしな反応をしてティルラではないと、今はまだ気づかれるわけにはいかなかった。
冷たい汗が額に滲み、つぅーっと背中に汗が伝う。動揺する心を隠し、ティアナは目の前に座るリアを見つめる。
リアは訝しげな顔をしつつもティアナの出方を待っているようで、こちらをじぃーっと見つめ返す。
「あのっ――」
ティアナが口を開いた時、暖炉の火が大きくはぜ、部屋の中央に立つティアナの元まで火が膨らむ。
襲いかかって来るように広がった火は、身構えたティアナの目の前でくるくると上に向かって渦を巻き、そこにセブランが現れた。
後頭部で一本に結わかれた漆黒の長い髪は艶やかに輝き、翠がかった黒い瞳は優しい輝きを宿し、筋の通った高い鼻と穏やかな口元からは誠実な人柄が伺え、ふわりと微笑んだその顔はまさに理想の皇子様そのもので、ティアナは突然目の前に現れた美麗の皇子に目を瞬かせる。
「私のことをお呼びですか――愛しい人」
肩に手をかけられ耳のすぐ側で囁かれた声は甘く優しく、セブランがどんなにティルラを愛しているかが伝わり、ティアナはどきんっと胸を震わせ、心が強く彼を求める。
「あっ……の……」
唇が触れそうなほど近くに顔を寄せられ、ティアナはしどろもどろの声を出す。
「セブラン皇子……っ、近いです、からっ」
近づいてくるセブランの口元に両手を当て、顔をそむけて言うティアナに、セブランは一層甘やかな笑みを浮かべて、長い腕でティアナを抱きしめた。
「ティルラ、二人きりの時はその名ではなく、ルードウィヒと呼んでほしいといつも言っているはずですよ?」
目の前にいるのは知らない皇子のはずなのに、心が愛していると叫んでいる――
ティアナは自分の心とは別の、もう一人の感情が湧きおこり混乱する。
銀色の長い髪の一房を掴み口づけ上目づかいに見上げるセブランと目があってしまったティアナは、顔を真っ赤にして口をぱくぱくと動かしたが、言葉が出てこない。
そんな二人の間に流れる甘い空気を壊すように、苛立った声が聞こえる。
「ちょっと、ルード? 二人きりじゃなくて、私もいるんだけど……?」
リアは組んだ足で床を苛立たしげに叩き、眉根を寄せている。
「ああ、リア。居たのですか?」
髪への口づけをしたままで、セブランが横目でリアを見る。
「ずっといたっての! ってか、ここは私の部屋なんだからねっ」
そう言ったリアを、セブランはしゅんと切なげに揺らした瞳で見つめる。
リアはその哀願するような表情に、うっと言葉を詰まらせ、大きなため息とともに立ち上がる。
「はいはい、分かりましたよ……邪魔者は退散すればいいんでしょ。まっ、しばらく離れ離れになるから別れ難いのは分かるけど、挨拶はほどほどにしてちょうだいよ」
後半はブツブツと独り言のように呟き、リアは仕切り布を出ていく――っと思ったら、部屋の中にぱっと顔を覗かせて。
「召集の十分前には戻ってくるからねっ!」
と念を押して出ていった。
セブランはティアナの肩に回したままだった腕でベッドの方へ促し、二人並んでベッドに腰掛ける。
「ティルラ――」
見つめられ愛しげに名前を呼ばれたティアナは、自分ではないその名前に、先程までのてんぱっていた思考に冷静さを取り戻す。
そう言えば、さっきセブラン皇子が言った言葉に聞き覚えがあるような――
ティアナは思考をフル回転で記憶を掘り起こし、数日前に会ったすらっと背が高く漆黒のマントを羽織った、無造作に長い黒髪を後ろに流した青年を思い出す。
「ルード……ウィ、ヒ……」
そう、確かにあの時――砦の森で会った森の魔法使いは、自分のことを『ルードウィヒと呼んで頂きたい』と言っていた――
「ルードウィヒ――?」
確かめるようにもう一度その名を呼んだティアナに、セブランはふわりと目元を和ませて、微笑を浮かべる。
「ティルラ――」
そのあまりに美しく光に包まれた笑顔からは、砦の森で会った黒々とした闇を宿した鋭利な瞳、威圧的な表情、くつくつと背筋も凍るような非情な雰囲気の森の魔法使いと、目の前の人物が同一人物とは到底信じられるものではなかった。
だけど、ティアナの記憶が間違いでなければ、バノーファの街や森の魔法使いがいた砦の森は、ホードランド国の領土だったはず。
ホードランド国のセブラン皇子。
国境の砦に向かうセブラン皇子。
砦の森の魔法使いルードウィヒ。
あまりにも符号が一致しすぎる――
セブラン皇子は――目の前のルードウィヒは、七十七年前の森の魔法使いの姿なのだ――




