第19話 七十七年前のホードランド
知らない場所、知らない人々、知らない少女になってしまった自分に、ティアナは愕然とし、ぐらりと体が傾ぐ。
「ティルラ、大丈夫?」
すかさずリアが抱きとめ、眉根を寄せて顔を覗きこんでくる。
「本当に具合が悪そうね……」
「いえ、大丈夫……よ、リア」
精一杯平気なふりをしてティアナは初めて会う知らない女性――だけど幼馴染だと言う彼女の名前を呼んだ。
ティアナは痛む頭を押さえ、気持ちを落ち着かせるために深く息を吐き、吸い込み、もう一度吐いた。
ここは私の知らない場所で、ホードランドという名前も聞いたことがない――そう考えた時、横にいたリアが腕を組みながらボソボソと言った言葉に片眉を上げる。
「まったく、ドルデスハンテ国は何を考えているのかしら……今まで隣国として親睦を深めてきたのにいきなり戦をしかけてくるなんて……」
「ドルデスハンテ!? ――は、ここの隣国なの?」
驚いて漏らした言葉に、リアが頷く。
「そうよ、今更なに言っているの? このホードランドの東にはドルデスハンテ国、西の連峰を挟んだその先にエリダヌス国があるじゃない」
ドルデスハンテ――
西の連峰――
どうやらホードランド国の位置は、ティアナが時空石を探しに来た北欧の森のあたりのようだった。
それにティアナが知る限り、ドルデスハンテはここ数年は戦など起こしていないはず――
それらの符号からはじき出される答えは――魂だけが、過去に時を移動した――おそらく、時空石の力でティルラという少女の体に時渡りしたティアナの魂が入りこんでいる状態。にわかには信じられないが、そう考えれば今の状況のすべてに説明がつく。
それに――
“ホードランド”
聞いたことがないと思っていたが、記憶の片隅に引っ掛かるものがある。
“過去”、“ドルデスハンテ”、“戦”――
確か、七十七年前にドルデスハンテは隣の小国の宝を狙って戦をしかけている、その小国の名が――ホードランド。
おそらく、ホードランドの宝と言うのは時空石のことではないかと考えて、ティアナは一縷の望みを見つける。
どうしたら元の場所に戻れるかと心配していたが、ここにいれば時空石に接触する機会がありそうだ。時空石にさえ再び触れることができれば――
そう考え、自分ではない体に魂だけが入りこんでいるという奇異な状況は受け入れがたかったが、しばらくここに留まり様子を見ることを決意する。
※
ざわりっ。
人々が囁き合う広場により一層大きなどよめきがたち、次の瞬間、静まり返った。
前方の右側にある仕切り布から、広間に集まる者達が身に付けている服よりも華やかで上等な衣装を身に付けた四人の男性と二人の女性が現れ、重厚な椅子にそれぞれ腰をかける。
中央に、四十代前半くらいの男性と三十代後半の女性、その向かって右側に二十代前半の男性と十代の女性、左側に二十歳くらいと十代の男性が座っている。おそらく、中央にいるのが王と王妃、左右にいるのがその皇子達なのだろう。
王達が現れた仕切り布から宰相のような三十半ばの黒ひげを生やした男が現れ、広間中に聞こえるような声で話し始める。
「皆も知っての通り、我がホードランドは開国以来の危機を迎えておる。隣国ドルデスハンテが我らの守る宝を狙って戦をしかけてきたのだ。勇敢な義勇兵たちが国境で戦ってくれていたが――ついに国境の砦を破られ森に隣国の軍が侵入したと、早朝連絡があった……」
静まり返っていた広場が、ざわりと不安げな声で満ちる。
その不安を抑えるように、中央の一際重厚な椅子に座った四十代前半の男――おそらく王――が口を開く。
「大丈夫だ。王城を囲うこの森には、土地の者以外の方向感覚を狂わせる魔法がかけられておる。隣国は魔法と縁のない国、易々とは王宮までは辿り着けまい。それから――」
そう言って王は、右の一番端に座る十八か十九くらいの青年をちらりと横目で見る。
「第三皇子であるセブランが国境の砦に向かい義勇兵の最前線に立ち、必ずや敵の侵入を防いでくれよう」
名前を呼ばれた青年は立ち上がり、胸に手を当てて一礼する。
皇子の身でありながら最前線で戦う――ということに驚いていたティアナは見つめられる視線にも、いくつもの真実にも――まだ気づいていなかった。




