第18話 そして開かれた扉
「…………っ、ティ……っ!」
横たわっている肩を揺さぶられて、ティアナは重たい瞼を持ち上げた。
「ん……うっ……」
頭がガンガンするわ――
痛む頭を押さえて上半身を起こしたティアナは、倒れる直前のことを思い出す。
北欧の森、時空石のある洞窟の中で、周りに溶け込むようにそこにあった淡翠色の石に触れた瞬間、あまりの眩しさに目を瞑って――意識を失っていたようだ。
「起きたのね、ティ――っ」
そう声をかけられて、額にあてていた手をどかして顔を上げたティアナは、目の前の情景に目を瞬かせる。
所々崩れた土壁の小さな部屋には右側にある暖炉には薪が赤々と燃え、左側には小さな窓と角に簡素な机と椅子が一組、ティアナが寝ているベッド――と言い難い、板の上に藁を敷き布を張っただけの固いベッド、部屋の入り口には扉はなく破れかけの布が目隠し代わりに張られている。
倒れる直前にいた洞窟でもなければ、ドレデスハンテの王宮でもない――見たことのない場所に、瞳を大きく揺らすティアナ。
呆然と部屋の中を見つめるティアナの座るベッドの横、壁の前に置かれた行李を開けている女性が、こちらを見て言う。
「起きたなら、これに着替えて。その服はもうダメだろう?」
そう言われて、ティアナは自分の体を見下ろす。洞窟に行く時着ていた青いブラウスとスカートではなく、薄汚れたクリーム色の着物のようなものを着ていて、胸の周りに赤黒い染みがついている。
黙ったまま差し出された服を受け取ったティアナは、着替えながら目の前の女性を見つめる。
ティアナよりも歳が一つか二つ年上だろう、肩より少し長い亜麻色の髪と同色の瞳は芯の強そうな凛とした輝きがある。頭には赤を基調とした複雑な模様のターバンを巻き、服装はティアナに渡されたものと同じ、袖が大きく着物の様な繋ぎを胸の前で合わせ腰帯を巻き、前掛けを合わせた格好をしている。
初めて見る衣装を、目の前の女性の着方を参考に見よう見まねで着て見る。
「あの……」
分からないことだらけのティアナは、状況を確認しようと口を開いたが――
「しっ! 話は後で聞くわ。今は急ぐわよ」
目隠し布を持ち上げて足早に部屋を出て行く女性の後を、ティアナは渋々追いかけた。
寝ていた部屋を出ると同じような部屋が続き、いくつも部屋を抜けると、広間の様な場所に出た。そこには女性、老人、子供が広間を覆い尽くすようなたくさんいて、皆、同じ着物のような服を着て、ざわざわと不安げな顔で囁き合っている。
「ティ――、もう少し前に行きましょう」
女性に促され、体を小さくして人ごみを掻きわけ横向きのまま進む。人垣の最前列の左の壁側に出ると、その更に前方に古びた、けれども重厚な椅子が六脚並んでいる。
ざわつく広間の中、ティアナは呆然と目の前の六人を眺め、横に立つ女性に声をかける。
「あの、ジークベルトはどこですか? ここはどこ……あなたはどなた?」
ティアナは焦っていた。ここがどこなのか分からないが、早く時空石を手に入れてレオンハルトのいる王宮へ戻らなければならないのだ。
薄翠色の石に触れた時、確かに虹色の輝きを放った――つまり、ティアナが選び触れた石は九十九個中たった一個の本物の時空石だということで、試練は成功したということだ。
それなのに、確かに掴んだと思った時空石は手の中になくて、自分は知らない場所にいて、ジークベルトも側にいない。
ひしひしと不安が募る中、ティアナは冷静になろうと努め、女性に声をかけたのだが――
「なに言ってるのよ、ティルラ。私はあんたの幼馴染のリアでしょ、ジークベルトって誰? しっかりしてよ、ちょっと血を見たくらいで倒れて……頭おかしくなっちゃったの? ここはホードランド国の王宮で、いよいよ戦が始まりそうだからって民は全員、王宮の広場に集まるようにって……」
幼馴染のリア――? ホードランド国――? 戦――?
それよりも何よりも――
ティルラって誰――!?
目を覚ましてからこれまでずっと“ティアナ”と呼ばれていると思っていたが――
聞いたことのない名前だが、確かに自分に向けられて呼ばれた名前に、ティアナは動揺を隠せずに翠色の瞳を大きく揺らし、一歩二歩と後退りする。
ドンっ。
背中を広場の土壁にぶつけ、横目にきらりと光った物に振り返ると、そこには窓があって――
硝子に写った姿は、ティアナにそっくりだったが、どことなくティアナと違う顔立ちで、何よりもティアナの髪の毛は腰ほどの長さのはずだが、硝子に写った少女の髪はそれよりも遥かに長い。
ドックンっ。
大きく鼓動が跳ねる。
ドックンっ! ドックンっ!
硝子に写った知らない少女の向こうには――真っ白な森と真っ白な連峰が広がる風景だった。
「ここは一体――どこなの!?」




