第17話 試練の時
「で、その試練ってのはどんなことをやらされるんだ?」
真っ暗な人が二人通るのがやっとの広さの洞窟をジークベルトが握る松明の明かりだけを頼りに、奥へ奥へと進む。震えるほど冷たい風が、奥から強く吹き付けてくる。
ジークベルトは先導するように飛ぶ二匹の妖精に尋ねた。
「それはぁ……教えられないなぁ」
「ケチくさいな」
悪態をついたジークベルトを振り返ったヘンリーは眉根を顰め言う。
「そうゆう決まりなんだから仕方がないだろぉ。だいたい、案内してやってるだけでも感謝しろよなぁ」
ぷりぷりと頭から湯気が出そうな勢いでヘンリーは顔を真っ赤にしている。
「もう一つ質問だ。その試練は俺も受けることができるのか?」
「できるさぁ、この洞窟に辿り着いた者ならば誰でもなぁ」
ヘンリーはふわふわと漂いながら言う。
「ふーん。じゃあ、その試練を乗り越えられなかった場合は――どうなるんだ?」
「それはぁ……」
言い淀むヘンリーに、ジークベルトが意地悪な声で片目を顰めてヘンリーを睨む。
「また教えられないとか言う気か? 本当は試練の内容までは知らないんじゃないのか?」
メアリアがすかさず助け船を出す。
「試練を失敗した者の末路はぁ、さまざまですわぁ。何も起らずそのままの者、時が止まってしまう者、麻痺する者、姿が変わってしまう者……死んでしまう者もいますわぁ」
「なっ、なんだぁ、何も起らない者もいれば、最悪、死ぬ場合もあるのか!? 余計、試練のことが分からなくなってきたなぁ……」
わさわさっと頭を掻き毟り、ジークベルトがしかめっ面をする。
「大丈夫ですわぁ、どんな試練でも――ティアナならばやり遂げられますわぁ」
小さな声でメアリアがぽつりと漏らし、その言葉に洞窟に入ってからずっと黙っていたティアナがメアリアの顔を不思議そうに見上げる。
「なっ、なんですのぉ?」
視線の合ったメアリアは、びくりと驚く。
「いえ、なんだか……」
ティアナが何かを言いかけた時、目の前の空間が開け、眩しいほどの光が洞窟の中を満たした。
「ここは……?」
先ほどまで通ってきたところと違って、大きく開けた円形の広場のような空間には、ティアナ達が立つ場所以外の三方には、石で出来た棚のような高くなったところがあり、そこに様々な色、形の石がいくつも置いてあった。
「この無数の石はなんだ……」
広場の壁に近づき、置かれた石に手を伸ばそうとしたジークベルトを、ヘンリーとメアリアの緊迫した声で遮る。
「やめろぉっ! 無暗に触っちゃダメだぁ!」
「ダメですわぁっ!」
あとほんの少しで石の一つに触れそうだったジークベルトの指が引っ込められる。
「どういうこと……?」
ティアナが訝しげに二匹を見つめる。
「ここに置かれたのは九十九の石。この中に本物の時空石が一つだけあるんですわぁ。試練とは――九十九の中からたった一つの本物を見つけること。もちろん、いくつでも触れることが出来れば触れてもいいですわぁ、でも……」
「間違った石に触れると、時が止まったり麻痺したり、反応はそれぞれだぁ。だから、無暗に触っちゃダメなんだぁ……」
「ですから、確信を持って『これが時空石』と言い切れる石にだけ触れるのですわぁ。本物ならば、触れた瞬間虹色の輝きを放ちますわぁ」
「さぁ、試練の始まりだぁ!」
※
三方の石の棚にゆっくりと近づいたティアナは、端から石を一つ一つ眺めていく。
紫色の輝きの丸い石。とげとげしい形の石。抱えきれない程大きなブルーの石。灰色でごつごつした石。
ゆっくりと移動しながら一つ一つを丹念に眺めて行く。横で一緒に石を見つめるジークベルトは一つの石を指して言う。
「触れれば虹色に輝く時空石――この虹色の石なんじゃないのか?」
その石は、松明の明かりをうけてちらちらと七つの色を幻想的に映し出すとても美しい石だった。
だけどティアナは、その石を見ても時空の裂け目を見た時の様な心が激しく揺さぶられるような感じはなかった。
「そうかしら――? 確かに、時空の裂け目も虹色に輝いて思わず触れたくなるような妖艶な美しさだったけれど、だからって時空石も虹色っていうのは試練の意味がないわ」
言いながら、ティアナは虹色の石よりもその隣にひっそりと虹色の輝きに埋もれるように並ぶ瓢箪型の淡い翠色の石に心を奪われる。九十九の石のほとんどが冴え冴えと鮮やかな色をしている中で、ぱっとしない色、輝きもなく、どちらかといえば地味な石だったが、胸を締め付けられるような切ない郷愁を感じ、再三ヘンリーが無暗に石に触れるなと言っていた言葉も去れ、思わず手を伸ばしてしまう。
その瞬間――
淡翠色の石から、松明の明かりだけの薄暗い洞窟内を包み込むような神々しくも切ない虹色の光が発せられて、ティアナはあまりの眩しさにぎゅっと目を瞑った――




