第16話 フェアリーに導かれて
「ちょっ……待てよぉ!」
三日月の頼りない月明かりの中、背の高い針葉樹が立ち並ぶ漆黒の森を馬に乗って進むティアナとジークベルトを、ぷわぷわと飛びながらヘンリーとメアリアが追ってきた。
「お待ちになってぇ~」
メアリアの声に、ジークベルトが手綱をきゅっと引き絞り馬の歩みを止める。
「なあに? 止めようとしても無駄よ」
素っ気なく言うティアナに、ヘンリーはぜえぜえと大げさに胸で息を吐き、ティアナの正面に飛んで移動する。
「止めようとして来たんじゃないぞぉ。とっ……特別に時空石のところまで案内してやるためさぁ」
「あら、どういう風の吹きまわしかしら?」
ティアナはわざとらしく驚いた表情をしてヘンリーを見つめる。
「ふっ、ふん。お前達は愚かにも北欧の森に足を踏み入れた三百八十六人目と三百八十七人目だからな、特別に守護妖精様が案内役をしてやるぅ。感謝しろよっ!」
「そりゃまた、微妙な数字だな……」
ジークベルトがぼそりと漏らし、ティアナは苦笑する。
「本当に? 案内してくれるの?」
先ほどまで、この森から追い出そうとしていた二匹の妖精がころりと態度を変えたことに何か思惑があるのではないかと考える一方で、正直、案内役をしてくれることはありがたかった。罠だとしても、ここは提案に乗っておく方が都合がいいだろうと考える。
「ああ、案内するといったんだぁ、絶対だぁ」
「ではお願いするわ。だけどその前に――」
そう言ってティアナはびしっと一本指を突き出し、ヘンリーの鼻を突く。
「お前ではなくてティアナと呼んでちょうだい、ヘンリー」
「うっ……」
「はい、ティアナ。案内しますわぁ」
ぐっと言葉を詰まらせるヘンリーに対して、メアリアはにこにことした顔で頷いた。
※
「時空石は――持つ者に時を自在に操り移動する力を与える石と聞いたのだけど、それは本当?」
時空石のある洞窟を目指して森を進むティアナのすぐ横をふわふわと漂うメアリアに、あまり情報のない時空石について聞いてみることにした。
「ええっとぉ、それはちょっと違うわねぇ」
唇に指を当てて答えるメアリアに、ジークベルトが問う。
「違うのか? 時を操れなければ取りに行く意味がなくなるぞ、ティア」
「時を操るのは間違いじゃないぞぉ」
一人距離をとって先導していたヘンリーが、後ろを続くティアナ達の元に近づきながら不遜な声で言う。
「ただ、時空石に――無暗に触ってはダメだぁ」
「時空石っていうのは時を操る神様の一部ですわぁ」
「時空石の意思……時の神様……」
次々と聞き慣れない単語が出てティアナはただ反芻する。
「では、時空石の力で時を自在に操ることは出来ないのか?」
肝心のことをジークベルトが聞く。
「それは――」
ヘンリーとメアリアは顔を見合わせ、ヘンリーの言葉をメアリアが引き継ぐ。
「できますわぁ。試練を乗り越え、時空石に選ばれた者だけが、時空石の力を使うことができるんですのぉ」
「試練……選ばれた者……」
ティアナは噛みしめるように反芻し、胸の前でぎゅっと拳を握った。
「私は絶対に時空石を手に入れなければならないわ――だからどんな試練が待ち受けていようと――」
※
ヘンリーとメアリアに案内されてから更に二時間ほど、北欧の森をぐるぐると歩き、天中にあった三日月は今や西の連峰に隠れようとしていた。
「この先が時空石のある洞窟ですわぁ」
メアリアが指示した先に視線を向けると、木々の開けた場所、その更に奥に来る者を飲み込むような妖しく黒光りする洞窟の入口が見えた。
「この先に……」
洞窟の手前で馬を下りたティアナは、一人、緊張感の漂う瞳で洞窟を見つめる。胸の前で握りしめた手は小刻みに震え、それに気づかれないように、ぎゅと握りしめた。
「お待たせ」
近くの木の枝に馬の手綱を結び、その周りに魔除けの魔法を施してきたジークベルトがティアナの肩に手を置いて言うと、ビクリっと、小さな肩を震わせてティアナはジークベルトを振り仰ぐ。
「きゃっ……ビックリしたわ……」
「悪い、脅かすつもりじゃなかったんだが」
「ううん、ぼーっとしていた私が悪いの」
薄闇の中でも分かるほど、ティアナの雪のように白い肌は青ざめ、震える唇を噛みしめていた。
「大丈夫か、ティア? 顔色が……」
そう言ったジークベルトの言葉を遮るように、凛とした笑顔を貼りつかせてティアナは笑う。
「……っ、行きましょう」
この一歩を踏み出したら――もう後戻りが出来ない。
えも言われぬ恐怖感が体の中心からぞわりと這い上がってくるが、ぐっと顎を引き姿勢を正して洞窟への一歩を踏み出した――