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第15話  森の守護者



 ジークベルトの攻撃で木の根元に二匹の生き物が転がり落ちた。


「イタタ……」

「お尻を打ちましたわぁ……」


 どんな恐ろしい姿の魔物が現れるのかと身を固くし目を瞑ったティアナの耳に、予想に反して可愛らしい声が聞こえて、右目、左目、と片目ずつゆっくり開き、木の根元に転がった丸い二つの生き物を見て目を見開き――隣に立つジークベルトに首を巡らす。

 ジークベルトはつかつかとその生き物に近づき、一匹を左手でつまみ上げる。目の高さに持ち上げたその生き物は――どう見ても魔物などではなく、猫――にしては体がボールの様な球体だが三角の耳や長い尾は猫のそれと同じで、猫ではないと思われるのはずんぐりむっくりとした体と背中に羽――のような小さな白いものが生えていること。


「さっきの声はお前達の仕業か……?」


 自分達の周りにある気配を狙って攻撃したら、この猫の様なまんまるの生物が二匹、木の上から転がり出てきたのだが、先程の不気味な声の主かどうか確信が持てなくて、眉根を寄せて目の前の生物を凝視する。


「いッ、痛いですわぁ! 背中の羽を掴まないで下さいなぁ」

「こらぁ、お前ぇ、メアリアを離せぇ」


 地面に転がったままだったもう一匹がむくりと立ち上がりジークベルトの足を抗議の意味で叩いたが、ジークベルトには痛くもかゆくもない。じろりと視線を足元に向け、足元にいるもう一匹を右手でむんずと掴み、両手に持った二つの生き物を顔の高さまで持ち上げ、すごむような声を出す。


「もう一度聞く、さっきの声はお前達の仕業か?」

「うっ……」

「答えなければこのまま羽――なのか?」


 嘲るように、掴んだ小さな羽を見て鼻で笑う。


「とにかくコレをむしり取って、風の魔法でまだ雪の残る西の連峰に吹き飛ばすぞ?」

「なっ、なんて恐ろしいことをぉ……」


 左手で掴んだ一匹がぶるりと体を震わせる。


「メアリア安心しろぉ、どうせ口で言っているだけだっ。羽をむしり取るなんてできるわけっ」


 右手の生き物が言う言葉に被さって、ジークベルトが意地悪に口の端を持ち上げる。


「どうかな? 出来るかどうか――まずはお前の羽から試してみるか?」


 にやりと妖艶に笑うジークベルトの瞳は笑っていなくて、ぶわりと右手の生き物の毛が恐怖に膨らむ。


「なっ……なっ……」

「ジーク……」


 馬上に取り残されていたティアナはジークベルトの脅しの言葉に慌てて馬を下り、側に駆けより、宥めるように声をかける。


「そんな言い方したら、怯えるだけだわ。ねえ、私達は時空石を探しに来たの。あなた達は何者?」

「おい、見た目がちんちくりんで弱そうだからって、油断するなよ」

「ちんちくりんとは何だぁ! いいだろう、俺達の正体を教えてやるぅ。聞いて驚くなぁ! 俺達はなぁ――なんと、北欧の森の守護妖精様だぁー!」


 ババーンっ!

 と効果音付きで胸を張って右手の一匹が言う。

 ティアナはその言葉に目を瞬かせ、ゆっくりと隣のジークベルトを伺うと、ジークベルトはより一層眉間の皺を深くして訝しげに二匹を見つめていた。


「ふっ、妖精だぁ? お前らのその体で……」


 本当に可笑しそうに、お腹を捩らせてジークベルトが笑う。その様子をティアナは苦笑して見て、“自称妖精”の二匹を見つめる。


「ねぇ、妖精さん。もしかして、あなた達が守っているのは――時空石?」

「ふんっ、そおだ。時空石を狙ってこの北欧の森に足を踏み入れる愚かな人間どもをやっつけるのが俺達の役目だぁ」


 にわかには信じられなかった時空石の存在が、守護妖精の言葉に確信を持つ――古の言い伝えである時空石は、本当に存在する――

 ちらりとジークベルトに視線を向けてから、ティアナはすっと背筋を伸ばし柔らかい口調で言う。


「さっきも言ったけれど、私達は時空石を探しにこの森に来ました。ドルデスハンテ国第一王子であるレオンハルト様が時空の裂け目に触れて時間を遡ってしまって……元に戻すためにどうしても時空石が必要なのです。守護妖精さん、どうかこの先に進むことを許して下さい」

「ふんっ、人間達のことなんて知ったこっちゃないねぇ。まあ、時空の裂け目に触れたことは同情するが、ここから先に進むことは俺達守護妖精が許さないぞぉ」

「まあまあ、ヘンリー、そんなに怒らなくてもぉ。この方は良い人みたいですしぃ」

「う……確かにそうだがぁ」


 ヘンリーと呼ばれた妖精はぷりぷりと怒り、きっと厳しい視線をジークベルトに向ける。


「こっちはいい人そうでも、こいつは明らかに悪い奴だぁ! だいたい、いつまで羽を掴んでる気だぁ! 離せっ」


 じたばたと手足を動かすヘンリーに対し、もう一匹――メアリアはおっとりとした口調で言う。


「ヘンリー、そんなに暴れなければいいのですわぁ。私の名はメアリア、彼はヘンリーですわ。できればそのぉ……羽を離して頂きたいわぁ」


 上目づかいにメアリアがジークベルトに懇願する。


「私の名前はティアナ・ローゼマリー・イーザよ。こっちはジークベルト。ね、ジーク、離してあげて」


 自分も名乗りジークベルトを見上げたティアナは、その名に二匹がピクリと耳を動かしたことには気づかなかった。


「離したら、時空石まで案内すると誓うか?」

「ふんっ、誰がぁ」


 ヘンリーは売り言葉に買い言葉のように勢いよく言い、ぷいっとそっぽを向く。


「ジーク、いいからっ」


 ティアナに言われ、ジークベルトは渋々掴んでいた二匹の羽を離した。ずんぐりとした体に似つかわしくない小さな羽だが、羽を離された二匹はその羽を動かし浮遊し、お互いに顔を見合わせる。


「いちお飛べるんだな……」


 感心したように漏らし、ジークベルトはティアナに向き直る。


「で、どうするんだ、ティア? 自称“守護妖精”だって言ってるんだ、時空石のありかを知っているようだし、力ずくで案内させるか?」


 にやりと意地悪な笑みを浮かべ、わざとらしく見せつけるようにじゃらじゃらと魔法石の腕輪に触る。

 メアリアはびくりと体を震わせ、ヘンリーは牙をむき出して威嚇の体制をとる。

 ティアナはその様子を見てはぁーっと大きなため息をつき、ジークベルトの腕を掴み首を左右に振る。


「無理やり案内させる必要はないわ」


 その言葉にヘンリーが威嚇の体勢を緩めるが。


「でも――私達が時空石の元に行くのを邪魔するのなら、妖精といえどもその時は容赦しないわ」


 威厳に満ちた、誰も揺るがすことのできない強い声音に辺りの空気が張り詰める。

 話は済んだと言うように馬に近づくティアナの後ろ姿に、メアリアが慌てて声をかける。


「ダっ、ダメよぉ。この先は方向感覚が狂う場所。私達以外の者が立ち入れば、二度と森から出られなくなりますわぁ」


 その言葉にぴたりと歩みを止めたティアナは振り返らずに、静かだが有無を言わせぬ迫力のある声で言う。


「――なら、あなた達が案内してくれるのですか?」

「……っ」


 ヘンリーとメアリアだけでなく、ジークベルトまで息を飲み込む。


「それは……」


 言い淀んだメアリアはヘンリーと顔を見合わせる。そんな二匹の妖精を鋭い翠の瞳で肩越しに見たティアナは、構わずジークベルトと共に騎乗し、森の奥へと進み始めた。



 おろおろと森の奥に消えていくティアナの後ろ姿とヘンリーとを交互に見るメアリア。

 ヘンリーはかみしめた唇から唸り声をあげると、ぴゅんと羽を力強くはばたかせ森の奥を目指し、メアリアも慌ててその後を追った。


「ティルラ……」


 ヘンリーの漏らした悲痛な声は――静まり返った漆黒の闇に吸い込まれた。




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