47話 第三研究棟
レッドエリア、第三研究棟。
物静かな部屋にカツカツと靴音を響かせながら、その女性は数人の兵士を押し退け乱暴にその男に歩み寄る。
「私は一応レッドエリア内の医療、研究部門を管理する責任者として、此処に住む人々の安全を第一に考えて失礼ながらこの事に関しては反対しますッ!! 彼等が一体どんな存在なのか全く把握出来てませんし、寄生虫に関しても進化速度が速くて今でも精一杯の状況なんですよ!」
絢ノ瀬 明澄美は目の前に居る親程の年の離れた兵士に食って掛かった。
「お前も知ってる通りこの寄生虫は触れるだけでは感染しないし、体内に入り込んだ場合には感染はするだろうが、その対処法も我々は熟知している。数日前に起こったレッドエリア内での感染者出現に関しても最小限の被害だけで無事に鎮圧出来た。それらの事を把握した上で、二人を此処まで連れて来たとしてもそれ程心配する必要は無い。何故そこまで怖がる? 我々は何度も感染者を駆除して来た、経験も豊富だ。いざと為れば対応出来る。そこまで敏感になる事じゃないだろ?」
危険性がある者を此処まで連れて来る事に関して余りに危機意識の無いその発言に、軽く鬼気迫る威圧感で絢ノ瀬は更にその兵士へと詰め寄る。
「はぁ? 貴方の頭の中には塵でも詰まってるんですか!? まだ何も把握出来ていないから言っているんだから! こっちは! それに何ですかその驕り高ぶった態度はぁ? もしその二人が手に負えず暴れ出したり何かしたら――」
「それは有り得ない」
きっぱりと兵士は自身の出っ張ったお腹を擦りながら牧ノ瀬の不安を否定した。
「も、もぉ、もしかしたらぁ!」
余りにもあっさりとした返事に動揺も露わにしながら絢ノ瀬は傍らにある机に手をつけ兵士に食って掛かる。
「絶ッ対に、無い!」
胸を張り目を瞑る男。
「ああ、ありがたい。流石! 医療、研究部門を管理する責任者、絢ノ瀬 明澄美さんだ。此処に住む人々の安全を第一に考え自らの危険にすら気にせずに全てを捧げその信念を貫ける。その姿勢、その言葉、我々は見習い尊敬し続けなければならない! 感謝ッ!!」
「馬鹿にしてるのねぇぇ!! アンタ!」
言い争いの末に絢ノ瀬は今にも兵士を殺してしまうかの様な殺気を醸し出しながら兵士と対峙するが、兵士の方の端末が鳴り兵士は絢ノ瀬を一睨みした後端末に応じ部屋から出て行く。
絢ノ瀬はこめかみにピキピキと青筋を立てながら拳を握りしめその危機意識を微塵も持ち合わせていない兵士の後ろ姿を睨み続ける。
兵士が完全に見えなくなるとその場に残された絢ノ瀬は「――何よ?」血走った目で周囲の自分を見る者達に威嚇した。
「仕事よ、仕事ッ!! ボサッとしてないで働きなさいよねッ!」
すると蜘蛛の子を散らすかの様に周囲の者は自身の仕事へと戻っていく。
プルプルと身体を震わせながら俯いていると――
「そ、その……大丈夫、でしょうか? 絢ノ瀬先生……?」
兵士との喧嘩に巻き込まれない様、部屋の隅に退避していた助手が顔を出し心配そうに声を掛ける。
絢ノ瀬は未だに怒りが抜け切っていないといった表情で、おどおどと声を掛けて来る助手へと顔を向けると――
「あああぁぁ――ホンッットに最悪……詳細に検査するの私なのよぉ、嘘でしょ……もしもの時って一番死ぬ確率高いの私なんだけどぉお……」
先程迄の鬼気迫る威圧感とは一転し絢ノ瀬はがっくしと肩を落としぼそぼそと呟く。
脳裏に浮かぶのは暴走したその二人に自身が生きたまま捕食されると言う凄惨な光景が……
「橘隊長の頼みだからって内容を見ずに簡単に引き受けるべきじゃ無かったかも……あぁ、でも私、あの人に恩義があるから断りづらいんだっけ……うぅ……鬱だ……」
「先生……」
視線を机の上の資料に落とし溜息と共にペラペラとめくる。
「寄生虫への耐性があり、意識も正常……どう見ても厄介事…………それに――セルゲイ・オルバースの息子……」
肩を落とす絢ノ瀬に助手が歩み寄りなだめていると背後の自動ドアが開き、全く心の準備が整わないまま絢ノ瀬にとって嫌な時間が来てしまった。
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