24話 奇襲
「よし、行くぞ」
そう後ろを歩くアリアに呼びかけ外へと繋がる重みのある扉を開く。鈍い音と共に錆びた扉が開き、隙間から射し込む太陽の光が眩しく徐々に大きくなっていく。
ロギアは周囲を伺うが外には動くものは何一つとして見当たらない。警戒をしつつボウガンを構え脚を一歩外へと踏み出す――――とそれと同時に扉の左側、茂みの中から男の腕が伸びてきた。
“チッ――――”
掴みかかろうとする腕を避けようと身体を捻り、その拍子に躊躇無くボウガンの矢を放つ。
しかし相手はそれを読んでいたかのように最小限の動きだけで躱すとロギアの腕を掴み足掻く暇を全く与えず、人間とは思えないほどの力で腕を捻り顔から地面に叩き付けた。
「……がっ!?」
開いた口から声がこぼれる。
「ロギ!」
アリアが叫ぶが、ロギアは同時に背中にまわされた腕に予想以上の激痛が炸裂しアリアの声は全く聞こえなかった。
「クソッ」
何とか拘束を逃れようと足掻いてみても全く状況は変わらない、それどころか逆に拘束する力が強まっていく。
「悪いな、少年」
挨拶なのか気怠そうな渋い声が耳に聞こえたかと思うと倒れているロギアの高等部に鋭い痛みが走った。
「あぐッ!」
脳が揺れ手の力が抜けると同時にそのまま地面に突っ伏し、指が何かを掴もうとするものの身体がふらつき思い通り動けない。
それでも起き上がろうと腕に力を入れた途端、横腹に男のつま先が刺さる。
「がぁッ!」
靴に鉄板が仕込んであるのかそれは強烈で軽く吹き飛び重い扉へと勢いよくぶつかる。
「そこのお嬢さんとお話があるんだ。君は厄介そうだから、そこで少し待っていて欲しいよ」
優しく、そう男が呟く。
「――そんな……」
アリアは目の前の出来事に驚きを隠せず、その男を見た。
年齢は見た感じ三十代、手入れされている無精髭。
前髪を上げオールバックにしており、見た目に関しては厳しさは感じせずワイルドな雰囲気を出している。サバイバル生活には不向きに見える男の両耳の金色のピアス。そして胸元にはチェーンネックレス等が輝いていた。
そして何より恐怖に感じたのは男がロギアを叩きつける際に見せた冷酷な碧色の目だった。
男が倒れているロギアを一瞥すると、扉の前で呆然と眺めている事しか出来なかったアリアへと身体を向け歩いて行く。
「さてと……あとはお嬢ちゃんだけだな。さて……武器を放して両手を上げてもらえないかい?」
その声は先程の出来事が無かったかの様に不気味な程落ち着いている。
その一方いきなり現れた男のその言葉にアリアは何をどうするべきか頭の中で決断出来ずにいた。
不意打ちでもロギアが手も足も出なかったのだ。体力と共に身体能力もロギアより断然と劣るアリアが指示に従わなければどうなるか誰がどう見ても結果は予想出来る。
かと言って素直に従ったとしてもどのみち相手の思惑通りになる結果は変わりそうにない。アリアのその様子を見て男がゆっくりと足を踏み出すのが視界に入る。
「い、嫌! ち、近付かないで!」
アリアにはただただそう言い放つ事しか出来ず男に向け銃を構え牽制するのがやっとで、だがそれも男からしてみれば子供から玩具を取り上げる様な物だったらしく、いとも簡単に銃を取り上げられてしまった。
「――あっ!?」
銃を取り上げられたアリアは数歩後退り殺気を込め男を睨み付けた。
「危ないぞ、銃口を人様に向けるな、とそう習わなかったか?」
その言動も男の態度も全体的に軽く、まるで悪戯した子供に注意をするかの様だった。
「まぁまぁそんなに警戒するなって。確かにお嬢ちゃんの相方を叩き付けたのは悪かった……けど、こうでもしねぇとこっちが殺られちまう、だろ? 大丈夫だ。お嬢ちゃんとそこの相方には何もしないよ」
「……ッ!」
到底信用出来る筈も無い言葉を言う男に違和感を察知しアリアは身構えた。
「えーとっ……別に聞かなくていい事なんだがぁ、まぁ……とりあえず聞いておくか……お嬢ちゃん、【アリア・イェリネック・エンシェント】で間違い無いよな?」
見知らぬ男から自分の名前を聞き心臓が飛び上がる程の驚きと不気味さ、恐怖。何より疑問を感じたが直ぐにヘリコプター内の研究者の事を思い出し、アリアは無駄だと思いながらも何とかその場だけでも、せめてロギアが起き上がる時間稼ぎにと、嘘をついた。
「ち、違う……そ、そんな人……知らない……」
嫌な静けさが二人を包むが男の呆れたかの様な溜息がアリアの耳に届く。
「え…………っとなぁ――」
男は頭を掻き、どう返答しようか唸った後にまた気怠そうに喋り始めた。
「まあぁ……な、そんな事は最初も言った通りこっちは分かっている事だし、何故そんな答えが出るか何て大体は予想出来る。なるべく誤解など与えない為にも先ずはこっちの目的を話しちまった方がいいかな?」
男の問いにアリアは小さく頷く。その様子に男は安堵したかの様に息を吐いた。
「一応オレの目的は、ヘリコプター墜落現場でお嬢ちゃんを『термит(サーマイト)(白蟻)』よりも先に保護、そしてオレ達の本拠地迄連れ帰る。これがオレの仕事なんだ、んで出来ればお嬢ちゃんには乱暴な事したくないんだが……大人しくついて来ては……くれないみたいだぁな……こりゃぁ……」
男はアリアの少しの表情の変化を逃さない様にゆっくりと言葉を繋げていく。
「サ―……マイト?」
「んあぁ、聞き慣れない言葉か? お嬢ちゃんがヘリに乗っている最中に見なかったか? 着衣が殆ど白をメインとした気味悪ぃ連中の事だ」
その言葉を聞き研究所内で見かけていた人達が頭を過る。アリアの表情を読み取ったのか男もその通り、と言いたげな顔になる。
“ど、どういう事? この人は研究者達……私を連れ戻そうとしている人達とは違う、の? で、でも――”
アリアは倒れているロギアに視線を向ける。
「……嫌」
男の余裕綽々な態度を見て勝ち目がないと分かっていても、どうせ連れて行かれたらまた実験に使われる、そして何よりロギアの方が目の前の男よりもまだ信用出来る、そう考え力強く言い返した。
そして装着しているナイフを慣れない手つきで引き抜くと男に突き付けた。ナイフを握る手は微かに震えている。
“ロギがあっという間にやられた時点で私には勝ち目がないって目にみえてるけど……守って貰った以上……そう易々と諦める訳にはいかない”
男は震えるナイフへと視線を落とし、それからアリアへと真っ直ぐ見据える。
「うーん……そうだ、一つ提案があるんだが、そう――拒絶する前に聞いてくれ、な?」
男の態度は一向にぶれる事無く気怠そうな物だったが、発する言葉には先程とは違い多少ながらの気掛かりが残った。
「……今更ッ……」
反抗の意志はみせるものの実力的にもアリアにはどうする事も出来ない。アリアが黙るのを見て男は再び話を続ける。
「さっきも言ったがはオレは任務で最悪、お嬢ちゃんを無理矢理でもオレ達の本拠地まで連れて帰らなくちゃいけない。だが、オレ個人としては……後々面倒な事を避ける理由もあってな、若干……手遅れ気味だが嫌がる女子供を乱暴に扱う事は避けたい。そしてなるべくなら話し合いで事を収めたい、個人的には平和主義者なんだ」
男の視線が一瞬だけ背後で動けずにいるロギアに向けられる。
「貴方の言っている事……分からない」
「んぅ――そうか。前にも一度や二度じゃなくあったんだよな、今と似た様な事がな。要人を本拠地迄連れて行くって任務が。だがその要人の周りの連中が抵抗し結果、無理矢理的な形で連れて行く事になった。まぁ……それが悪かったんだな、ソイツに恨みをかっちまってな……最後に手酷く損害を与えられる様な結末になっちまった。んな事もあって今回はそれは避けたい」
そう言いつつも男の視線はアリアを一瞥し、それからロギアへと向け視界から外さない。
「だからお嬢ちゃんが素直について来てくれるなら、大抵の条件は呑むつもりでいる。そこに突っ伏している少年を保護という形で連れて行く事も可能だ、放浪している人間を保護する事も一応任務の一つだからな。どうだ? お前はこの男を助けられてこの男に世話して貰った恩が返えせる。勿論身の安全も保障する。オレは任務が無事達成し、のちに起きる可能性があるいざこざ迄問題無く無事に解決出来る。な? 取り敢えず双方共に得がある、悪い話じゃないだろ?」
「……」
男の話を聞く限りでは悪い話には聞こえない。ただアリアにはどうしてもロギアの事もあり、その話が真実だとは思えなかった。
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