第9話 契約成立
そこからの二日間は、怒涛のようだった。
セラフィナとエルドレッサ商会の職人たちが倉庫に入り、ミーナたちと一緒に在庫を一つずつ確認していく。
ラベルの剥がれた瓶。誰も用途を覚えていない素材の束。
セラフィナはそれらを手に取り、匂いと色合いを確かめながら、迷いなく仕分けていった。
「……やっぱり、この“表”のおかげですね」
“処分予定リスト”を覗き込みながら、セラフィナが小さく呟く。
「どれが眠っているのか、一目で分かる。宝の山と石ころを見分ける地図みたい」
「地図、ですか」
「ええ。私、こういう地図は嫌いじゃありません」
それだけで十分だった。
僕のやってきたことが、無駄じゃなかったと分かる。
確認が終わり、いよいよ契約の段となる。
エルドレッサ商会から正式に提示された金額は――予定通り、金貨120枚。
ギルドが抱えていた【債務超過】。
全財産をはたいても返しきれなかった借金の「穴」がおよそ金貨100枚。
この取引だけで穴を埋めて、なおお釣りが来る。
本部への未払い上納金を清算し、ミーナたちの未払い給与を支払い、なお少しだけ“予備の現金”を残せる。
夢みたいな数字だった。
* * *
セラフィナは差し出した契約書にペンを添えたまま、ふと顔を上げた。
「……念のため。誓約紋は、お付けしますか?」
その言葉に、部屋の空気がわずかに張りつめる。
誓約紋。
契約書に刻む魔法の印で、内容を一方的に反故にすれば呪詛反応が走り、刻印が熱を帯びて痕が浮かぶ――逃げ得を許さない、この世界特有の仕組みだ。
効果は絶大。
だが刻むには魔導士の立ち会いが要る。つまり金も手間もかかる。
ロアンは鼻を鳴らし、手を振った。
「いや、いらねぇ。品の確認も金の受け渡しも、全部この場で終わる。
……それに今は、余計な段取りを増やしてる場合じゃねぇ」
「ふふっ、ありがとうございます。では、通常の契約でまいりましょう」
契約書にサインが交わされる。
買い取り代金の袋がギルドの金庫へ運び込まれていく。
「……よし」
ロアンは、その金貨の山を見下ろし、低く唸った。
「まずは本部への滞納分を片づける。それから、職員の未払い分だ。ミーナ」
「は、はいっ!」
「今月分まで、全員にきっちり払え。文句があるやつは、全部俺が聞く」
ミーナの目に、うっすらと涙が浮かんだ。
「……はいっ!」
金貨の音が、やけに大きく響いた。
だが、安心するにはまだ早い。
――いよいよ査察当日が、明日に迫っていた。




