第8話 金貨120枚の条件
(……120枚!?)
【債務超過】の穴は100枚。
この取引だけで穴が埋まる。いや、埋まってお釣りが来る。
「条件は二つ」
セラフィナの声が少し低くなる。
「一つ。エルドレッサ商会との独占交渉にすること。
二つ。代金の一部を、本部への未払い上納金と、職員の未払い給与に充てること」
(……それだけ?)
思わず口から漏れそうになって、慌てて飲み込んだ。
僕が用意していた台本はこうだ。
相見積もりで牽制しながら、少しでも価格を吊り上げる。最後に決める。
でも――。
正直なところ、ミーナたち職員の給与だけでも払えれば十分だと思っていた。
手元の現金は10枚。未払い給与は55枚。
査察は目前。時間はない。
ここで駆け引きしている余裕なんて、最初からなかった。
「……分かりました」
気づけば、口が勝手に動いていた。
「エルドレッサ商会に売ります。今日ここで決めます」
「おい!」
ロアンが声を上げるが、僕は首を振った。
「この条件を超える提示は、他では出ません。
出たとしても――査察までに間に合わない」
セラフィナが、ほんの少しだけ微笑む。
「では、倉庫を確認させてください。数量と品質を確認してから、最終確定としましょう」
そして声を落とし、僕にだけささやいた。
「……この粉末や薬草、今の王都では仕入れ値の数倍で売れる相場です。
この金額であれば、私にとっても、十分“いい買い物”なんですよ」
セラフィナはリストをトントン、と指先で叩き、悪戯っぽく片目を閉じてみせた。
そこでようやく、僕も状況を理解した。
勝算。
慈善じゃない。儲かるから買う。
その上で――ギルドが止まらないように“色”も付ける。
商人として、筋が通りすぎていた。
(……この人は、“数字”の外側まで見てる)
セラフィナは、机の上の二枚――“財産と借金の一覧表”と“処分予定リスト”を指先で軽く叩く。
「――この二枚がなければ、私はここまで踏み込めなかった。
アラタ。あなたの作った“表”は、とても面白い」
「お、面白い、ですか……?」
「ええ。数字の並びが、未来の景色までつながっていく。
こんな帳面、私は初めて見ました。……いつか、私の商会でも真似させてくださいね」
直球の称賛に、思わず咳払いでごまかす。
会計士の僕が見ていたのは“過去の数字”だ。
でも、彼女は“今の市場価値”と“将来”を見ていた。
持っているものが、違う。
だから――組めるのかもしれない。
* * *
ロアンは大きく息を吐き、椅子の背にもたれかかった。
「クソったれな話だ」
天井を仰ぎ、しばし黙り込む。
太い腕に血管が浮き、拳が固く握られる。
「ギルドが自分の足で立ててねえから、商会に助けてもらう羽目になってるってのがよ。
元冒険者としては、腹の虫がおさまらねえ」
そう吐き捨てて――ロアンは、ミーナたちをちらりと見た。
「だが、現実から目ぇそらしても、ミーナたちの腹は膨れねえ。
……分かった。倉庫を見てもらえ」
その一言で、流れが決まった。
「まったく、雑用係のくせに、勝手に取引をまとめやがって……」
「す、すみません!」
慌てて謝るが、怒っていないのは明らかだった。
こうして、倉庫の奥で埃を被っていた“過去の遺産”が、ギルドの未来を救う“黄金”に変わるために動き出した。




