第5話 破産のカウントダウン
自分で言っておきながら、「潰れます」という言葉の響きに、ぞっとした。
会議室の空気が、さっきから一ミリも動いていない気がする。
「潰れるってことはないだろ」
最初に口を開いたのは、やはりロアンだった。
「手元にある財産は550枚だろ? だったら、多少足りねえつっても、依頼がちゃんと続いてる限り、どうにでもなる。
預り金だかなんだか知らんが、全部返すなんてことは、普通はありえねえ」
一見すると、それはもっともな考え方だ。
この世界では、それでずっと回ってきたのだろう。
けれど――。
「……もし、何かのきっかけで、依頼が一斉に止まったらどうなりますか」
僕は、できるだけ落ち着いた声で尋ねた。
「魔物の大襲撃でも、戦争でも、流行り病でもいい。
依頼人たちが一斉に『もう危ないからやめたい』『金を返せ』と言い始めたら」
ミーナの顔色がさっと青くなる。
「……さすがに、そこまで一気に取り下げは……」
「あり得ます」
僕は即座に言った。
「査察で大きな問題が指摘されて、依頼の受付が止まれば。
『危ないからやめたい』『前金を返せ』は、連鎖して起こります。――査察は三日後ですよね」
誰も否定できなかった。
支部停止という言葉も、通達に書いてある。
「普通は、ないかもしれません。
でも、“ない”と信じきっていて、実際に起きてしまったら――」
僕は、紙の右側──負債の合計欄を、指で二度軽く叩いた。
「この時点で、ギルドは【破産】します」
あまりにも静かな言葉だったので、最初は誰も反応できなかった。
破産──この世界の人たちが、その意味をどこまで正確に理解しているかは分からない。
それでも、「もう立ち行かなくなる」という感触だけは伝わったのだろう。
じわじわと、顔つきが変わっていく。
セラフィナが、ゆっくりと組んでいた指をほどき、口を開いた。
「つまりこの一覧表は──“今この瞬間に決着をつけた”と仮定したとき、ギルドが持っている財産では、すべての借りを返しきれない、ということを示しているのですね」
「……はい」
「ギルドが持っているものを全部売っても、金貨100枚の借金が残る、と」
室内の空気が、きしむような音を立てて固まった気がした。
だが、ロアンはまだ食い下がった。眉間の皺を深くして、紙を睨みつける。
「100枚……確かに痛手だが、絶望する額じゃねえ。
550枚分のブツがあるなら、それを少しずつ売るなりしてしのげばいいじゃねえか」
その言葉に、僕は首を横に振った。
「それができないから、今、“給料が遅れている”んです」
僕は、資産のリストの一番上――もっとも重要な一行を指さす。
「ロアンさん。この550枚という資産の大半は、鉄鉱粉や薬草、すぐに回収できない貸付金です。……では、今、金庫に『現金』はいくら入っていますか?」
「あ? そりゃあ……」
ロアンが言葉に詰まる。
職員たちの視線が、一斉にこちらへ集まった。
僕は代わりに、その残酷な数字を読み上げた。
「金貨は8枚。銀貨と銅貨をかき集めても、金貨に換算して10枚ほどです」
「……は?」
「金貨550枚の資産があっても、すぐに使える現金はたったの10枚しかありません。対して、職員の皆さんへの未払い給与は、55枚あります」
ロアンの目が大きく見開かれる。550という数字の大きさに隠れていた、本当の地獄。
「現金10枚で、55枚の支払いはできません。倉庫にある鉄鉱粉を、給料としてミーナさんたちに配るわけにはいきませんよね? パン屋は鉄鉱粉じゃパンを売ってくれませんから」
ロアンは腕を組んだまま、数字を睨みつける。
――現金10枚。未払い給与55枚。
たった二つの数字が、ギルドを追いつめていた。




