第27話 予算戦闘
グラスホークは、護衛と採取で「息をするだけで消える金」――固定費の穴を先に埋めてから、ときどき大仕事を挟む形で仕事を組んだ。
この一ヶ月で一番の山場になったのが、「鉄背熊」討伐だった。
* * *
「じゃあ、今日の“目標”を共有します」
ギルド前の広場。
まだ冷たい朝の空気の中で、僕は板切れに数字を書きつけた。
『高級ポーション:3本まで』
『装備修理:金貨3枚まで』
四人を見渡すと、アイナが腕を組んだまま片眉を上げた。
「高級ポーション、3本ね。前は何本くらい空けてたっけ?」
「5本くらい。うちの“荒っぽい壁”が突っ込むからね」
メリスが、隣のバルグを冷たい目で見た。
「そのぶん派手でカッコよかったろ?」
「支払いで青ざめるまではね」
「……うるせえな」
バルグが頬をかく。
(今までは“派手でカッコいい”が正義だった。――でも、今は違う)
僕は板を軽く叩いた。
「もう一つ。盾と鎧の修理代も、だいたい“金貨3枚”に抑えたいです」
「けっこう厳しい条件ね」
アイナが肩をすくめる。
「メリットは節約だけじゃありません」
僕は続けた。
「バルグさんが正面衝突を避けて“受け流す”戦い方をすれば──」
「……素材を傷つけずに済む、か」
メリスが察して、にやりと笑った。
「その通りです。きれいに倒せば、素材の買い取り額も跳ね上がります。
“出るお金”を減らして、“入るお金”を増やす。これができれば――」
僕は四人を見渡して言った。
「今日の儲けは過去最高になるかもしれません」
「過去最高……いい響きだ」
バルグがごくりと喉を鳴らした。
今日の敵は、ローレンツァから半日ほどの森の奥に棲みついた鉄背熊。
ギルドでもたびたび依頼が出る、“厄介だが手の届く相手”。報酬は金貨20枚だ。
ロックリザードほど派手じゃない。けれど、油断すれば骨ごと持っていかれる。
――背後からわざとらしい声が飛んだ。
「ほんとに来るとは思わなかったぜ」
振り向くと、ロアンが腕を組んで立っていた。
「数字坊主を鉄背熊狩りに連れて行けなんて頼まれる日が来るとはな」
「ど、どうしても“実際の戦い方とポーションの減り方”を自分の目で見たくて……」
そう言いながら、僕は借り物の軽い革鎧の胸元をぎゅっと握りしめた。
小さな短剣をぶら下げているが、どう見ても戦えそうには見えない。
(剣も魔法も使えない。僕にできるのは……数えることだけだ)
腰の袋には、小さな石板を入れた。
高級ポーション三本分の印を、あらかじめ刻んである。“残弾”を数えるための道具だ。
ロアンが眉間に皺を寄せる。
「絶対に前には出るな。逃げろと言ったら真っ先に逃げろ」
「はい」
「念のために下っ端を二人つけてやる。こいつらの仕事は――」
横で、若い冒険者が二人、気まずそうに敬礼した。
「お前が変な死に方しないよう見張ることだ」
ずいぶんな言い方だが、ありがたい。
こうして僕は、護衛付きの“特例”として、鉄背熊討伐に同行することになった。
* * *
森の奥。木々がまばらになった小さな広場に出た瞬間──。
湿った土の匂いとともに、どす黒い咆哮が響き渡った。
灰色の毛皮。鉄板のような背。丸太のような前脚。
鉄背熊。
「来るわよ!」
アイナの声と同時に、巨体が地面を揺らして突進してくる。
「うおおおおぉ!」
いつもの癖で、バルグが真正面から飛び出した。
「バルグさん!!」
思わず叫んでいた。
「そのまま受けたら鎧が──いや、修理代が!
さっき決めた“金貨3枚”を一撃で超えます!
ダメです! お願いだから避けてください!!」
「修理代で止めるな!」
バルグが声を裏返して怒鳴る。
「鬼かてめえは! この状況で懐の心配かよ!?
命と財布どっち守るかって言ったら命だろうが!」
「両方です! 受け流してください!!」
悲鳴に近い声が出た。
そのとき――。
「――聞こえたわよ、アラタ!」
アイナが横からバルグの肩をガンと小突いた。
「“お財布を守る戦い方”ってやつを見せてあげる!」




