表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/29

第26話 無傷の木札

新しい方針を決めてから、約半月。

その半月、グラスホークは“地味な依頼”を、あえて選んで回した。


村への護衛。荷車一台。道はいつも通りで、魔物も出ない。


「……拍子抜けだな」


バルグが肩を回す。

その背中の盾は――今回は、無傷だった。


「鎧も盾も無傷。矢も減ってない」


メリスが指を立て、紙に目を落とす。


「残り、金貨2枚半。二日でこれは悪くないわ」


次は薬草採取。半日で終わる。

変動費はほぼゼロ。


アイナは最初こそ不満そうだったが、受付でミーナが金貨を数える指先を見て、口をつぐんだ。


派手な討伐より、報酬はずっと少ない。

でも――手元は着実に増えている。


「……今月、前借りの木札、まだ割ってませんね」


ミーナが小声で言う。

その一言に、リオットの肩がふっと軽くなる。


「……“息をしてるだけで消える金”を、先に埋める。だっけ」


アイナが自分に言い聞かせるように呟いた。


「分かってる。分かってるけど――」


ギルドの掲示板には、今日も赤枠が貼られている。

派手な討伐。大きな報酬。


それを見ないふりして通り過ぎるたびに、胸の奥がちくりと痛んだ。


(……これで、ほんとに強くなれるの?)


そんな迷いが、顔に出ていたのかもしれない。


* * *


別の日。


薬草の籠を抱えたアイナが一人、納品のために受付へ向かうと、背後からわざと肩がぶつかった。


「……おっと、悪い悪い。ん? アイナじゃねえか」


振り向くと、胸に“炎の狼”の紋章を縫い付けた四人組――同じC級パーティ「ブレイズウルフ」。

先頭の長剣士ディーンが、籠の中身を覗き込んで口元を歪めた。


「また薬草採取かよ、落ちぶれたな。前はロックリザードだの、派手な依頼ばっかだったろ?」


後ろの仲間が、わざと周囲に聞こえる声で笑う。


「戦えねぇ雑用係とつるんで、グラスホークは“草むしり専門”になったのかぁ?」


ひそひそ、という笑いが周りに広がる。

周囲の視線が、いっせいにアイナへ集まった。


アイナの肩が、わずかに震える。


……その瞬間、その光景を眺めていた僕の中で何かが、ぷつんと切れた。


僕は持っていた書類を、無造作に机に置き、嘲笑を浮かべている男たちを真っ直ぐに見据えた。

気づけば、口が勝手に動いていた。


「……数字も見ずに笑う人ほど、足元を掬われるんですけどね」


ギルドの喧騒を切り裂くように、僕の声が響いた。


「……派手な獲物を狩ることだけが、冒険者の強さじゃない」


「は?」


ディーンが僕を睨みつける。


それでも僕は視線を逸らさない。


「数字も見ずに見栄だけで戦って、気づいたら破産して引退……。

 そんな末路を辿りたくなければ、他人を見て笑う暇なんてないと思いますけどね」


そこまで言って、自分でも言い過ぎたかと少しだけ冷や汗がにじむ。

それでも、引く気はなかった。


「……アラタ」


隣で、アイナが小さく僕の名を呼んだ。


「行きましょう。控室、借りてるんでしょ?」


彼女はひとつ息を吐き、僕の袖を軽く引いた。

そのまま人目を避けるように廊下へ出る。


背後で、ディーンが舌打ちする音がした。


* * *


「……ありがと。かっこよかったわよ、今の」


言い切った瞬間、彼女はふいっと視線を逸らす。

その横顔は、どこか気恥ずかしそうで──それでいて、少しだけ嬉しそうにも見えた。


控室に戻ってもしばらく、アイナは何も言わなかった。

ただ、短く息を吐いて――それから、ぽつりと言った。


「……ああやって笑われるとさ。一瞬、“やっぱりド派手なクエストに戻ろうか”って思うのよ」


机の上には、今月のクエスト一覧。

僕とリオットがまとめた、簡単な“報酬と残り”の表が広がっている。


「“グラスホークが草むしり専門になった”なんて、冗談でも言われたくない」


そう言いながらも、アイナは視線を紙に落とした。


「――でも、今のやり方を始めてからまだ前借りの木札を割ってない」


静かな声。


「ギルドの前借りの木札に、一度も名前を刻んでない。

 それくらいの変化は……信じてみてもいいでしょ?」


その言葉に、胸の奥がふっと温かくなった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ