第25話 一ヶ月の賭け
全員が、同時に扉を見た。
「おうおう。ずいぶん熱入れてやってんな」
ロアンが顔を出す。いつもの皮肉げな笑みを浮かべながら、そのまま部屋に入り、扉際の壁にもたれかかった。
「ギルドマスター……」
リオットが思わず声を漏らす。
「続けろ。面白いもん見せてもらってるんだ」
アイナは唇を結んだまま、表情を崩さない。
「数字だけ見りゃ、こいつの言ってることは正しいかもしれん」
ロアンは腕を組み、紙に並ぶ数字を眺め、低い声でゆっくりと言った。
「だがな。危険の低いクエストは、下のランクの連中の食い扶持でもある」
ロアンの視線が、僕に突き刺さる。
「それをアイナたちが全部持っていったら、低ランク冒険者が食っていけなくなるだろ」
(……!)
「薬草採りも、簡単な護衛も、本来は“これからの連中”の仕事だ。
上の連中が根こそぎさらっていったら、この街の冒険者は先細りだ」
ロアンは淡々と続ける。
「それに、誰かがロックリザードみたいなやつも狩ってくれなきゃ、街道が魔物だらけになる。
商人も旅人も通れなくなって、結局――街全体が干上がる」
胃のあたりが、ぎゅっと縮んだ。
僕は、目の前のグラスホークだけを見ていた。
このギルドで飯を食っている他のパーティのことも、街道を行き交う商人のことも、ローレンツァ全体のことも、頭の隅に追いやっていた。
(ロアンさん、ちゃんとギルド全体を見てる……)
なんだかんだ言って、ちゃんと“ギルドマスター”だったんだ。
改めて思い知らされる。
「……アラタ」
ロアンが目を細めた。
「お前今、何か失礼なことを考えてなかったか? あぁん?」
「い、いえいえいえ、滅相もないです!」
思わず背筋を伸ばすと、ロアンは鼻で笑った。
「まあいい」
そして顎で紙をしゃくる。
「で、アラタ。お前は結局、こいつらにどうしろって言いたいんだ?」
アイナが、何かを言いたいのを堪えるように顎を上げる。
バルグは拳を握ったまま、メリスは静かに状況を見極めている。
リオットだけが、僕とアイナの顔を交互に見て――怯えと期待の間で揺れていた。
「……“全部やめましょう”って聞こえても仕方ないような、僕の言い方が悪かったです」
僕は深く息を吸い、言い直した。
「提案したいのは、“仕事の割合”を変えることです」
「割合?」
アイナが、少しだけ落ち着いた声で問い返す。
「はい」
僕は紙の端に、新しい枠を書いた。
「さっき出した“息をするだけで消えるお金”──金貨15枚分。
まずはそれを、護衛や採取みたいな“変動費の小さい仕事”で埋めるんです」
ロアンに視線を向ける。
「もちろん、ロアンさんの言う通り、新人の仕事を根こそぎ奪うのはマズいです。
なので、“高ランク向けの護衛”や“危険地帯の採取”みたいな、僕らの実力が必要な仕事を優先して――」
ペン先で、枠の中に書き込む。
『固定費 金貨15枚 → 護衛・採取で確保』
「……まず“食い扶持”を作る。ここは毎月、必ずやる」
「……それで?」
ロアンが促す。
「そのうえで、腕試しや名誉のための大仕事を――“月に何件まで”と決めて受けるんです」
『その後に、大仕事(討伐系)を“月◯件まで”』
「つまり、“食い扶持を確保したうえで命を張る”、という順番にします」
アイナがぽつりと言った。
「……食い扶持もないのに命まで削ったら、本当に何も残らないから、ってわけね」
「はい」
僕は正面から頷いた。
「ロックリザードみたいな大物は、“名誉のための仕事”だと割り切る。
多少の損が出ても、それはB級に上がるための『必要経費』――自分たちを街に売り込む『宣伝費』だと考える」
言葉を選びながら、続ける。
「アイナさんたちの誇りも、ギルド全体のバランスも、大事にしたい。
そのうえで“残り”を見るやり方を――一度だけ、試してみてほしいんです」
沈黙。
やがてロアンが口を開いた。
「よし。じゃあ――一ヶ月だけ、坊主のやり方に従ってみたらどうだ」
扉際にもたれたまま、口の端を上げる。
「数字で物言うってんなら、一ヶ月後に“答え”が出るだろ」
「……分かったわよ。一ヶ月だけ」
アイナが渋々ながらも頷く。
リオットが、息を止めていたことに気づいたみたいに、そっと息を吐いた。
「その間に少しでもマシにならなかったら、あんたの変な数字の言い分なんか、全部忘れてやるからね」
「プレッシャーがすごいですね……」
苦笑しながらも、僕は紙に大きく書いた。
『一ヶ月後』
『グラスホークが本当に“食っていけるかどうか”』
『数字で、はっきりさせましょう』
その下に、もう一度。
『残り = 報酬 − 変動費』
紙の上の、たった一行。
でも――ここから先は、僕らの命綱になる。
(一ヶ月後、この式が“希望の数字”を示せるようにする)
グラスホークと僕の“数字実験”が、今――静かに動き始めた。




