第22話 崖っぷちのパーティ
紙を真ん中に押し出すと、アイナが指を折っていく。
「毎月必ず払ってるのは……部屋代。
うちは二人部屋を二つ借りてて、馴染み割引込みでひと月金貨8枚。メリスもいるし、安宿はさすがに、ね。これでも冒険者にしては、かなり上等な部屋なんだから」
「ほかは?」
僕が促すと、アイナが続けた。
「あとは、倉庫代と装備置き場の使用料が……銀貨5枚」
横からメリスが付け足す。
「ギルドの年会費の月割りが、毎月……だいたい銀貨5枚くらいかしらね」
「よし」
僕は左の枠――“固定費”の欄に書き込んでいく。
『部屋代 金貨8枚』
『倉庫・置き場 銀貨5枚』
『年会費(月割) 銀貨5枚』
「食費は?」
その一言で、四人の目が泳いだ。
「……一人一日、銅貨5枚くらいだと思います」
リオットが小さな声で言う。
「じゃあ四人で一日、銅貨20枚。ひと月を三十日で――銅貨600枚」
僕は迷いなく換算した。
「銅貨10枚で銀貨1枚。銀貨10枚で金貨1枚。
銅貨600枚=銀貨60枚=金貨6枚ですね」
左の枠に、もう一行。
『最低限の食費 金貨6枚』
「……固定費に、食費も入れるの?」
アイナが眉をひそめる。
「はい。だって“生きるだけで必ず消える”でしょう」
そして、合計。
部屋代が金貨8枚。
食費が金貨6枚。
倉庫代と会費を合わせて銀貨10枚=金貨1枚。
僕はペン先を止め、紙の真ん中に大きく書いた。
『固定費 ざっくり金貨15枚/月』
「この金額が──」
僕はその数字を指で叩く。
「冒険しようがしまいが、みなさんが生きているだけで一ヶ月に消えるお金です」
小部屋の空気が、じわりと重くなる。
「……こんだけかかってんのか、“息してるだけ”で」
バルグが、ぽつりとつぶやいた。
「……ってことはよ、この前、命がけで片づけたオークの群れ、あれ……
丸ごと“部屋代と飯代のために戦ってた”ってことか?」
握った拳が、わずかに震えている。
「“飯食って寝る権利”守るだけで、俺たちこんなに命張ってんのかよ……」
メリスが苦笑する。
「前から何となくは分かってたけど……数字で見ると、けっこう来るわね」
(数字は、ときどき残酷だ。
──それでも、見ないふりをするよりはずっとマシだ)
アイナは黙ったまま、紙に書かれた『金貨15枚』をじっと見つめていた。
やがて、ふっと息を吐く。
「……まだ完全には分かってないけどさ。
“分からないまま突っ走ってたら、もっと危ない”ってことだけは分かるわ」
リーダーの顔だった。
「……みなさんを責めたいわけじゃないんです」
僕は、静かに言葉を継いだ。
「こういう固定費の重さに気づかないまま走って、気づいたときには潰れる――僕のいた国にもそんな話が山ほどありました。
だから、まずは見えるようにする。ここからです」
四人が小さく頷く。
* * *
僕は一度深呼吸をしてから続けた。
「ここで、グラスホークがどれだけ危ない場所に立っているのか、はっきりさせておきましょう」
僕はテーブルの上の紙を指差した。
「さっき計算した『息をするだけで消えるお金』は、金貨15枚です。
じゃあ、今この瞬間――袋の中に残っている現金は、いくらですか?」
リオットがびくりと震え、おそるおそる革袋の口を開けた。
中身をテーブルにぶちまける。
ジャラ、と乾いた音がした。
金貨が5枚。
あとは銀貨と銅貨が少々。
全員が、その小銭の山と、紙の『金貨15枚』を交互に見た。
「金貨……5枚……」
リオットの声が震える。
「そのうち3枚は、ギルドから前借りしたぶんね」
メリスがぽつりと言った。
「実際に“自分たちのお金”って言えるのは、金貨2枚ってところよ」
「おいおいおい!」
バルグが顔を引きつらせた。
「まだ月の半ばだぞ!? 息をする代金すら払えねえじゃねえか!!」
「……これが、今のグラスホークの現実です」
僕は逃げずに告げた。
もちろん、ロックリザードの報酬の残り――金貨15枚は“入る予定”だ。
それが入れば、紙の上では帳尻は合う。
でも。
(“入る予定”は、現金じゃない)
いつ入るか分からない。
その間にも部屋代は取られる。食費も消える。
前借りの“感謝”は十日ごとに増える。
今この瞬間、手元にある金貨5枚が心もとないことに、変わりはなかった。
「ここから浮上するには、ただ稼ぐだけじゃ足りない。
“稼ぎ方”そのものを変えるしかありません」
アイナが唇を噛み締め、テーブルの上の金貨5枚を睨みつけた。
「……やるしかないわね、アラタ」
その瞳に、狩人の色が戻る。
「あんたの“数字”で、このふざけた状況をひっくり返すわよ!」
(固定費が金貨15枚。手元は借金込みで金貨5枚。
グラスホークの財布は、もう崖っぷちを踏み外している)
だからこそ、ここから先は“なんとなく”で戦えない。
数字で仕事を選び、数字で戦い方を変えていく。
僕は短く息を吐き、顔を上げた。
「次は――“変動費”です。
みなさんが“戦うほど消える金”の正体を、全部あぶり出します」




