第21話 息をするだけで消える金
ギルドの片隅にある小部屋に、グラスホークの四人が集まっていた。
狭い。椅子は軋む。机はがたつく。
そのがたつく机の上に、リオットがくたびれたメモ帳を――ぽん、と置いた。
「……これが、うちの帳面です」
表紙は角がすり切れ、ところどころに謎の染み。
開くと、日付と「入」「出」の印、その横に金額が雑に並び、その合間に──。
『ロックリザード』『飲み代』『なんか買った』
……なんか買った。
「品物までは書ききれなくて……銀貨が何枚入って、何枚出たかだけでも分かればいいかなって」
リオットが申し訳なさそうに言う。
「いや、つけてるだけでも立派ですよ」
僕が慌ててフォローした。
「他のパーティは財布の重さだけで判断してると思います」
「そうね」
メリスが肩をすくめた。
「“なんか買った”はさすがに雑だけど、何も残ってないより千倍マシよ。
矢だけは私が別に記録してたし」
「え、してたんですか?」
「矢束を何本使ったか分からないと、補充のタイミングが読めないから」
メリスはあっさりと言ったが、僕は少しだけ驚いた。
消耗品の使用量を記録して、次の動きを読む。
それは――会計の発想と、根っこが同じだ。
「ほら見ろ、リオット。俺たち、他より進んでるってよ」
バルグが笑って、重苦しかった空気が少しだけ和らいだ。
メモ帳をぱらぱらめくると、“ルミナ薬工房”の名前が何度も出てきた。
「うちは回復薬はだいたいルミナのだな」
リオットが指でなぞる。
「高いですけど……最後の“封印”がしっかりしてて、効き目が落ちないんです。
あれは工房長のトクじいさんにしか出来ないって有名で」
「エルドレッサの倉庫なんて、ポーションの箱が山みたいに積んであるって聞いたわよ」
アイナが、露骨に不満そうに言った。
「あれだけ溜め込んでおいて、まだ“備蓄のため”とか言うんだから。こっちは一本買うのにひぃひぃ言ってるのに」
(山積み、か……確かに、在庫としては多すぎる気もするけど)
今はそれを言い出すと話が逸れる。
僕は咳払いをして、帳面の真ん中を指で押さえた。
「じゃあ、本題に戻ります」
* * *
「“クエストごとの儲け”を出してみたいんです」
僕は紙を一枚引き寄せ、ペンを走らせた。
「たとえば、ロックリザード。報酬は金貨30枚ですよね。そこから、遠征中に出て行ったお金を引いて……最後にいくら残ったか」
「でも、細かいところは正直覚えてないわよ」
アイナが即答する。
「遠征の宿代とか……ポーション代とか」
「ポーションは、その前のオオカミ退治の分と一緒にまとめて買ったしな」
バルグが頭をかいた。
「修理代も、“この1ヶ月分まとめて金貨8枚な”って、ひとまとめだった」
メリスが指を折りはじめる。
「遠征中、留守にしてても、部屋代は取られるでしょ。倉庫代もね」
「ギルドの会費も……払ったのはいつだっけ」
リオットがメモ帳をめくり、眉を寄せる。
「えっと……」
僕はペン先を止めた。
(まとめ買い。まとめての請求。遠征中に受けた仕事も一つじゃない。
留守中の部屋代まで混ざってくる)
この帳面だけから、“ロックリザード遠征のための出費”を正確に計算する。
――それは、現実的じゃない。
僕は素直に頭を下げた。
「……すみません。このやり方だと、“この仕事でいくら儲かったか”までは、きっちり追えません」
「やっぱりか」
アイナがため息をつく。
「なんかそんな気はしてたのよね。賢そうな計算をしても、結局ぐちゃぐちゃになるんじゃないかって」
「アラタのせいじゃないわよ」
メリスが首を振る。
「元の記録がこのざまなんだから」
「ご、ごめんなさい……」
リオットが肩をすぼめる。
「いえ、リオットさんはよくやってます」
僕は顔を上げ、紙をもう一枚引き寄せた。
「問題は、やり方のほうです。だから――少し発想を変えましょう」
* * *
僕はテーブルの真ん中に紙を置き、縦に線を引いた。
左右に、二つの枠。
左の枠の上に「クエストを受けなくても、決まって出ていく金」、
右の枠の上に「クエストを受けた分だけ、増えたり減ったりする金」と書いた。
「僕のいた国では、左側を【固定費】と言います。冒険をしなくても勝手に出ていくお金です」
「こ、ていひ……?」
「固定、ってことは……動かねえ金か?」
バルグが首をかしげた。
「そう。もっと雑に言うなら――」
僕は左の枠を指で叩いた。
「息をしてるだけで消える金です」
「は?」
アイナが間の抜けた声を出す。
「たとえば部屋代」
僕は左に書き足した。
『部屋代』
「戦っていようが、昼まで寝ていようが、毎日取られますよね?」
「そりゃそうね」
アイナが頷く。
「女将さんは“働かなかったから半額ね”なんて言ってくれないわ」
「そういう、“何もしてなくても取られるお金”が“固定費”です」
次に、右の枠を叩く。
「逆に、こっちは【変動費】。――戦えば戦うほど消える金です」
右に書き足す。
『ポーション』『矢束』『ロープ』『遠征中の食料』
「ポーションは、戦えば瓶が空になる。矢も、撃てば戻らない」
「……確かに」
バルグが腕を組んだ。
「部屋代は、戦ってようが寝てようが、毎日かかるから“固定費”。ポーション代は、戦うたびに増えるから“変動費”。……そういうことか」
「その通りです」
僕はバルグに親指を立てた。
「固定費は、稼げない月でも必ず支払いが来る。だから一番危険です」
小部屋の空気が、すっと冷えた。
四人とも、心当たりがある顔をしている。
僕はペンを置いて、四人を見回した。
「固定費――息をしてるだけで消える金は、毎月いくら払ってます?」
四人が顔を見合わせる。
「えっと……」
リオットがメモ帳を握りしめ、目を泳がせた。
「大丈夫です」
僕は言った。
「ここから、はじめましょう」




