第18話 金貨30枚の幻影
金貨30枚。
冒険者ギルドの職員が三ヶ月働いて、ようやく手にする額だ。
掲示板の上段、赤枠の依頼書――『ロックリザード討伐/金貨30/C級以上』。
その金貨30枚を目当てに、C級パーティ「グラスホーク」は、荒野の岩場でロックリザードと対峙していた。
戦士、盾役、弓手、魔術師――この四人は、今日も命を張って高報酬クエストに挑んでいる。
* * *
――荒野のグラスホーク。
赤茶のポニーテールを高く束ねた女戦士アイナが、岩場の向こうを睨む。
その視線の先で、岩と見紛う灰褐色の巨体がのそりと身を起こした。
ロックリザード。
この辺りでC級上位の危険指定を受けている中型魔物だ。
「来るわよ! バルグ、正面!」
「おうよォッ!」
丸太のような腕の大男バルグが、巨大な盾を構えて突っ込む。
――ドガァン。
岩石同士がぶつかり合ったような音。
盾の表面に、ぱきぱきと嫌なひびが走る。
「っぐ……重ぇ!」
押し返されながら踏ん張るバルグの脇腹を、鉄棒のような尻尾がかすめた。
巨体が横に弾き飛ばされ、砂利が跳ねる。
「いってぇっ! ポーション頼む!」
「分かってる!」
ローブ姿の魔術師が青い小瓶を放った。
バルグは掴むと、迷いなく一息であおる。
「ちょ、また全部一気飲み!? 高級ポーションなんだから、半分で――」
「死ぬよりマシだろ!」
瓶がカラン、と乾いた音を立てて転がった。
今日だけで、5本、いや6本目だ。
弓手の矢が脚の関節を射抜き、巨体がわずかに揺らぐ。
その一瞬を逃さず、アイナの片手剣が首筋の隙間へ滑り込み――貫いた。
ロックリザードが最後の咆哮を上げ、ゆっくりと地面に崩れ落ちる。
「……よしっ、仕留めた!」
アイナが剣を引き抜き、片手を高く掲げた。
「グラスホーク、ロックリザード討伐完了! みんな、生きて帰れるわよ!」
「帰ったら金貨30枚の酒だな!」
バルグが豪快に笑う。
依頼書に記された討伐報酬は、金貨30枚。
命を張ったぶん、見返りも大きい――はずだった。
* * *
ローレンツァ冒険者ギルド。
「ロックリザード討伐、お疲れさまです。素材の査定も終わりました」
ギルドの受付カウンターで、ミーナがにこりと笑い、革袋を差し出した。
「討伐報酬のうち、金貨15枚と……素材の買い取りで銀貨7枚です。
残りの金貨15枚は、依頼人の完了確認が終わってからお支払いしますね」
「……買い取りは銀貨7枚か。渋いな」
バルグが不満げに唇を曲げる。
「すみません……背中の甲羅が粉々で、粉末用にしか加工できなくて……」
「まあ、金貨15枚も入ったしな。へへ、いい音だ」
バルグが袋を受け取り、ジャラ、と鳴らした。
「今日はいい酒が飲めるわね、これは」
「その前に、盾の修理よ」
アイナが、ひびだらけの盾を親指で指す。
「バルグ、それ。次の依頼で真っ二つになる」
「分かってるって」
そのあと四人は、金貨袋を握ったまま鍛冶屋と道具屋をはしごした。
「へい、盾の板金交換で金貨8枚!」
「高級ポーション3本の補充? 通常ポーション2本とセットで金貨6枚と銀貨6枚!」
「矢束と保存食、ロープの交換で金貨1枚!」
受け取ったばかりの金貨が、右から左へ消えていく。
袋の中が、見る見る軽くなる。
そして――必要な出費を終えたあと。
ギルドロビー脇のベンチで、アイナが革袋の口を広げて中を覗き込み、固まった。
袋の底に転がっていたのは、銀貨が数枚と銅貨が少しだけ。
「……金貨30枚の依頼をこなしても、今夜の酒代すら残らない……どうしてよ」
隣に座る三人は、そろって渋い顔をした。
「盾は直さねえと命が危ねえだろ」
「矢だって、撃ったら戻ってこないもの」
「ポーションも補充しないと、次で死ぬかも」
言い訳はいくらでも出てくる。金勘定も合っている。
だから余計に、タチが悪い。
アイナが頭を抱える。
「……おかしい。絶対におかしい」
命がけで高報酬クエストをクリアし、英雄のように凱旋したはずだった。
なのに、なぜ自分たちは、今夜の酒代にすら頭を悩ませているのか。
冒険者ギルドの喧騒の中、グラスホークのテーブルだけが、お通夜みたいに静まり返っていた。




