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第16話 金貨の生まれ

「例えば――」


セラフィナは少し考え込むと、すぐに顔を上げた。


「遠方から来たキャラバンの荷馬車を、数台まとめて何日か倉庫に入れてあげる。その代わりに、金貨を3枚もらう。エルドレッサではよくある取引です」


「倉庫を貸す手数料、ですね」


「ええ。街道を行き来する商人たちには欠かせませんし、商会にとっても大事な稼ぎです」


僕は新しい紙を用意し、左右の線を引いた。


「じゃあ、書きます」


左側にまず一行。


『現金 3』


「受け取った金貨3枚。『持っているもの』は増えました」


セラフィナが身を乗り出す。


「では右側は? 預り金ではありませんね。返す必要がない」


「そう。だから右側には“返す約束”じゃなく――“増えた理由”を書きます」


僕は言葉を選んで言った。


「仕事をして、稼いで増えた。――その印が『売上』です」


右側に書く。


『売上 3』


「なるほど……」


セラフィナが深く息を吐く。


「左は、金庫に増えた金貨そのもの。

 右は、“倉庫と人手を使って稼いだ”……ということですね」


「はい。結果として、エルドレッサの“元手”が3枚増えています」


そこでロアンが口を挟む。


「……なるほどな。『誰かから借りて増えた』のか、『自分で稼いで増やした』のか。

 右側を見りゃ、その金貨の“生まれ”が分かるってことか」


「その通りです。さすがロアンさん、勘がいい」


僕は続けて、紙の端にいくつかの言葉を書き連ねた。


「逆向きもあります。稼ぐために必要な出費――元手を削るほうです」


ミーナが恐る恐る手を挙げた。


「……給金とか、灯り代とか……?」


「はい。それには『費用』って印を付けます」


「じゃあ、ロアンさんの酒代は?」


ミーナが、おそるおそる口を挟む。


「それは……“あまり役に立たない費用”ですね」


「おい」


受付の子たちからくすくすと笑いがこぼれた。

ロアンはわざと咳払いして、話を戻した。


「……つまりだ。どんな取引でも、必ず左と右に数字を書く」


腕組みを解き、息を吐いて続ける。


「そのうち、“持ってるもの”か“返さなきゃいけねえもの”のどっちにも当てはまらねえやつは、“売上”とか“費用”って印をつけとく。そうすりゃ――」


セラフィナが、静かに言葉を継いだ。


「“金貨がいくら増えたか”じゃなくて、“仕事の結果として、元手がいくら増えたか”を見られるようになる」


「その通りです」


僕は思わず微笑んで続けた。


「一定の期間が終わったら、その間の“売上”を全部足して、“費用”を全部引く。

 その差が――この期間に“元手”がどれだけ増えたか。つまり“利益”です」


「“売上”と“費用”を見れば、元手が増えた理由もわかる……というわけですね」


セラフィナの目が、きらりと光った。


* * *


さっきまでの戸惑いが、少しずつ“理解”に変わっていく。

――そんな手ごたえが、確かにあった。


「で、でも」


そこでミーナが、おそるおそる手を挙げる。


「結局、最後に合ってるか確かめるには、またあの“大掃除”が必要なんじゃ……」


部屋の空気が、一瞬だけ固まった。


僕は思わず笑って、首を振る。


「だからこそ、なんです」


ペンで“財産と借金の一覧表”を示す。


「複式簿記で取引を左と右の両方に書いておけば――日々の変化が全部、紙の上に残るので、最後に合計を取るだけで一覧表がほとんどそのまま出来上がります」


「書き足していくだけで……?」


「ええ。最後に数字をまとめるだけで、“いまのギルドの姿”が浮かび上がります」


「……すごい」


ミーナが、胸の前で両手をぎゅっと握りしめた。


「もちろん、たまには確認が必要ですけどね。前みたいに、いきなり全部を洗い直す必要はなくなります」


「うう……それだけでもう、涙が出そうです……」


「泣くな泣くな」


ロアンが頭をかいて、ぶっきらぼうに言った。


「で、どうやって続けりゃいい」


「もうすぐ休憩も終わるので、今日はここまで。

 明日からギルドの取引を実際にこの形で書けるよう、僕がお手伝いしますよ」


今日のところは十分伝わった。

明日から、具体的なやり方をミーナたちに伝えていこう。


ミーナたちが持ち場に戻っていく。


そのとき、セラフィナが僕の横に、すっと立った。


「アラタ」


その声は柔らかいのに――どこか熱い。


「少し、二人でお話しできますか」


紫水晶の瞳が、僕を射抜くように見つめていた。

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