第13話 利益なき世界
沈黙のあと、ロアンが口を開いた。
「そんなの、どう見ても“儲かった”とは言えねえだろ。借金じゃねえか」
渋い顔で腕を組み、吐き捨てる。
「ですよね」
僕は頷いた。
「でも、金庫の中は増えます。さっきの“いい年=金庫が増える”という物差しだけだと――借金で金庫を膨らませても、“いい年”になってしまう」
ミーナがごくりと喉を鳴らした。
「……それは……おかしい、です」
「うん。おかしい」
僕は紙を指で叩いた。
「つまり、金庫の“量”だけじゃ、増えた理由が分からない。
“自分たちのもの”として増えたのか、“借りて増えた”だけなのか」
「区別が……つかない」
セラフィナの唇から、小さな吐息が漏れた。
ロアンが舌打ちしそうな顔で言う。
「じゃあよ……どうやって見分けるんだよ。金庫見ても分かんねえんだろ」
その一言で、全員の視線が僕に集まる。
ペン先を、紙の上で止めた。
「借金でも、前金でもない。ちゃんと仕事をして、価値を生んで――その結果として“自分たちのもの”が増えた分だけを、切り分けて測る」
ミーナが眉を寄せる。
「……“自分たちのもの”って……どうやって……?」
僕はそこで、話を一段だけ戻した。
「見るべきなのは金貨の量じゃありません。
“借りたもの”や“預かったもの”を差し引いた――純粋な自分たちの“元手”です」
「元手……」
セラフィナの瞳が、すっと細くなる。
「……この前みんなで徹夜して、ギルドの“財産と借金の一覧表”を作りましたよね」
「……忘れたくても忘れられません」
ミーナがげっそりした顔でつぶやく。
僕は苦笑しつつ、机の上の紙に、左右の線を引いた。
「思い出してください。左に“持ち物”――金庫の金貨、倉庫の在庫」
「はい……」
「右に“返さなきゃいけないもの”――依頼の預り金や、まだ払ってない上納金」
セラフィナが、そっと言葉を継ぐ。
「……つまり。左の合計から、右の合計を引いた差額。
それが、誰にも返す必要のない――ギルドが自分の力だけで持っていられる“元手”、ということですね」
「……さすがです。その通りです」
(やっぱりこの人、ただ者じゃないな)
胸の奥が少しだけ熱くなる。
* * *
そのとき、ロアンが低く唸った。
「……元手、か」
腕を組んだまま、天井を一度仰ぐ。
「俺はずっと、金庫の顔色を見て仕事してきた。増えてりゃ安心、減ってりゃ焦る。それだけだ」
ロアンは天井から視線を落として、続けた。
「お前に一覧表を突きつけられるまで、持ち物より借金の方が多いなんて、夢にも思ってなかったぜ」
ぼそりと落とした言葉に、苦さがにじんでいた。
ミーナが静かに目を伏せる。
僕も、一瞬だけペンを持つ手を止めた。
――次に同じことが起きないために、今日ここにいる。
改めて全員の顔を見回した。
「僕のいた国では、この“元手”が一定の期間でどれだけ増えたかを測ります」
「……増えたかを?」
「はい」
僕はゆっくり言った。
「その“増え方”を示す言葉――それが【利益】です」




