第12話 “ご利益”と“利益”
会議室に、気まずい沈黙が落ちた。
話を始めたばかりなのに、最初の一言でつまずいた。
ミーナが不安そうに僕を見つめ、ロアンは腕を組んだまま片眉を上げている。
セラフィナだけが、落ち着いた顔でこちらの反応を待っていた。
僕は息を整えて、切り出した。
「えっと……皆さんの言う“ご利益”って――神様からの“お恵み”ですよね」
「はい」
受付の子が胸の前で指を組んでみせる。
「神殿でお祈りするときに、『今年もご利益がありますように』って」
「光輪の女神さまからの、ちょっとしたおまけみたいな幸運……って教わりました」
「神官さまは、『働かずに利をむさぼるな』ってよく言いますけどね」
ロアンが肩をすくめる。
(……やっぱり、“利”って響き自体が、あまり良くないんだな)
僕はゆっくり息を吐いて、視線をセラフィナへ向けた。
「セラフィナさん。商会では、“利益”って言葉は使いますか?」
彼女は少しだけ首をかしげる。
「“儲けが出た”“損をした”とは言いますが……“利益”という言葉を、数字として扱ったことはありませんね」
「数字として扱う……」
「ええ」
セラフィナは静かに続ける。
「商人たちは、倉庫の荷と金庫の中――実物と現金を数えることには慣れています。得意と言ってもいいでしょう」
そこで、ほんの一瞬だけ目を細めた。
「ただ……お金の動きを“ひとつの数字”としてまとめて見るのは、気味が悪いと感じる者も多いと思います。
『女神さまの恵みを数で弄んではならない』という古い教えもありますし」
(なるほど)
元の世界では誰もが当たり前に口にしていた“利益”。
この言葉が、この世界ではそもそも存在しない。
(……そりゃ、そうか)
ミーナに聞いた話では、この国の税は“取引のたび”に払うらしい。
だから“決算”を締めて、一年の儲けを申告する仕組みもない。
商会も一族経営で、「今年はいくら“利益”が出た」と報告する相手もいない。
“この取引でいくら儲かったか”を把握すれば商売はそれで回る。
時間を区切って成果を測る必要性が薄いのだ。
胸のざわつきが、少しずつ輪郭を持ちはじめる。
でも――。
“利益”は、単なる金勘定の結果じゃない。
“期間にわたってちゃんと儲かっているか”を測れるから、給金だって守れる。
ミーナみたいな人たちを、守れる。
* * *
「じゃあ、質問です」
僕は紙を置き、全員の顔を見回した。
「“今年はいい年だった”“今年はダメな年だった”って、普段どうやって判断してますか?」
「どうやって……と言われても……」
ミーナが困った顔をする。
代わりに、別の受付の子が小さく手を挙げた。
「金庫、ですね……。去年より金庫の中の金貨が増えてたら、『いい年だった』って。逆に、貯めてた分を崩す年は、『悪かった』って……」
セラフィナも頷いた。
「商会でも大筋は同じです。良い年は金庫の中が増え、悪い年は減る。個々の取引で“儲かった”“損をした”かは肌で分かりますし、担当ごとの売れ行きも頭には入っています」
彼女は、少しだけ言葉を選ぶ。
「ただ、一年が終わったときに“商会全体として儲かったか”を、数字で測ったことは……ありませんね」
(やっぱり、“金庫の中の増減”しか物差しがない)
午前中の光景がよみがえる。
前金10枚が金庫に入った瞬間、「儲かった」と本気で喜んでいた顔。
僕は机に指先を置いた。
「じゃあ、具体例でいきます」
紙の上に、数字を二つだけ書く。
「今、ギルドの金庫に金貨が100枚あるとします」
ミーナがこくりと頷く。
「そこに、来月の護衛依頼の前金として10枚入った」
「はい」
「このとき、みなさんは“金貨10枚儲かった”って考えますか?」
ミーナが迷って言う。
「金貨は増えてます……よね? だったら……儲かった、ような……」
ロアンも、悪びれずに言った。
「実際助かるだろ。金が増えりゃ一息つける」
セラフィナは少しだけ眉を寄せ、補足する。
「もちろん、仕事を果たせなければ返さなければなりません。だから取引の控えは残します。
……ただ、その控えと金庫の出し入れのメモが別々なので、どこまでが“借り物”で、どこからが“自由なお金”か――感覚が曖昧になりやすい」
一息ついて、続ける。
「……結局のところ、今の時点で金庫の中が増えている以上、多くの商人は“儲かった”と考えると思います」
僕は頷いた。
「じゃあ、もう一つだけ質問です」
僕は指を一本立てた。
「もしギルドが、どこかの商会から金貨100枚を借りてきて、金庫に放り込んだら?」
「え?」
ミーナの目が丸くなる。
「金庫はパンパンになりますよね。……さて、それは“儲かった”と言えますか?」
「それは……」
「さっき皆さんは言いましたよね。『金庫が増えればいい年だ』と」
現金こそが正義。金貨の輝きこそが真実。
その素朴な確信を、僕は意地悪な問いで切り裂いた。




