76.難民襲来と疫病拡散
新たな領地の経営に頭を悩ませている頃、王宮から問い合わせがあった。
「ヤマユリ商会で売っている消臭剤が疫病にも効くか」
とのことである。
「これは臭い消しで病気には効かない。臭いが無くなれば、きれいになるので台所やトイレに撒くよう領民には指示している。
ただ、水虫になった兵士の靴にかけたところ、靴の臭いが無くなり、結果として水虫が軽減されたということは聞いたことがある」
と答えた。
どうも、帝国からの難民がアムスム王国の北東の帝国と国境を接する領地に押し寄せ、その中に疫病が発生しているとのことである。
とりあえず、アムスム王国としては門を閉ざして難民の流入を禁止しているとのこと。しかし、難民の病気が、わずかではあるがアムスム王国の領民にも感染し、病気が広がり始めており、アムスム王国としても無視できないとのこと。
と言われても、俺には病気の治療なんてできないし、ましてやその知識もない。
「薬に関することは薬師ギルドの専門で俺にはその資格がない」
と回答した。
そしたら、消臭剤の注文が大量にアムスム王国からきた。そしてその使用法の説明のため、俺にも現地に行ってほしいとのことである。
「消臭剤なんて、疫病に効かないだろう。どうしても王宮は俺を現地に派遣したいみたいだ。薬師ギルドは何をしている。こんな時こそ腕の見せどころだろうに」
と思った。
感染が一番ひどいのは辺境伯領とのことだったが、その手前のトゥール公爵領でも感染が広がり始めているとのことで、最初にトゥール公爵領に行った。
トゥール公爵家はユリアーネお義姉様の嫁ぎ先である。ユリアーネお義姉様と夫のフアニート様に挨拶をして話を聞いた。
「咳が出て、それがひどくなってくると、痰に血が混じり死に至る」
とのこと。
「これ、結核じゃないの。ストレプトマイシンなんてできない。ましてやBCGの予防接種なんて夢の話だ」
そう思った。
「たぶん、咳や痰でもうつると思うので、患者は隔離して、他の人との接触を断つようにするべきだと思う。そして美味しいものをたくさん食べて体力をつけることだと思う。
あと消臭剤には消毒といって、病気の原因となるような悪いものをきれいにする効果もあるので、これで台所やトイレを清潔にする。
ただし、消臭剤は人には効かない。人に与えると害になるので使わないでほしい」
そう説明した。
「消臭剤は病気には効果ないのね」
「直接は効かない。周りをきれいにすることで結果として感染拡大を抑制するだけだ。病気を治すのは薬師ギルドの仕事であって俺には資格もない。王宮にはそう説明した」
するとフアニート様が
「薬師ギルドは役に立たない。病気に効くポーションだと言って高い金をとったのに全然効かなかった。その間、病気は広がるばかりだ」
「治癒魔法ではだめなのか」
と聞くと
「治癒魔法は効かない。病気が悪化するだけだ」
とのこと、どうも細菌という概念がないと病原菌も一緒に元気になるようだ。
とりあえず感染が拡大している村に行って、使い方を説明することになった。なんとなく「藁にもすがる思い」そんな感情が伝わってくる。
フアニート様とユリアーネお義姉様それに使い方を説明するということで公爵家の官吏10人それに護衛が5人同行した。目的の村は魔道馬車で公爵家領都から3時間ほど行ったところとのこと。
村に着くと空気が重い。病気が蔓延しているのか、人が家から出てこないのかよくわからない。とりあえず村長の説明を聞くことにした。
病人は村の教会に収容しているというので教会に行ってみた。教会の扉を開けると中に病人が横たわっている。ベッドも足りていないようで、床にじかに寝ている人が何人もいる。シスターが世話をしているようだが、人が足りていないようだ。
村長の話だとこの教会に入った人は死を待つだけで病気が治った人はいないとのこと。それに教会に運び込まれる人が日に日に増えているとのこと。
「この村はもう終わっている」
そう思った。
とりあえず俺は周りに火球を浮かべて部屋の空気を温めた。そして、部屋の空気を、順次収納空間ボックスの中に入れて細菌を除去して、出すようにして教会の中の空気の細菌の濃度を下げた。
だいぶ空気が楽になって来たので、消臭剤の使い方の説明をすることにした。
「消臭剤は台所やトイレなどに撒いてください。それから患者の座った椅子や触った扉なども布に含ませて拭いてください。
消臭剤は人には使わないでください。皮膚が爛れるかもしれません。この作業を1日何回もしてください。消臭剤の説明は以上です。
それから、この病気は患者の咳や痰で感染します。それで、部屋を暖かくするとともに、とにかく部屋の空気をきれいにしてください。
今俺はこの部屋の空気をきれいにしました。これでずいぶん息苦しさが減ったと思います。クリーンが使える人は率先してこの作業を行ってください」
俺のできることはここまで、治癒魔法は効かないということなので、それ以上はしないことにした。
「細菌を除去したあとに治癒魔法をかければ、直るかもしれない」
と思ったが、俺も細菌の除去なんてやったことはない。
「できるかできないかわからないことは、言わない方がいい」
そう思った。
後のことは公爵家に任せて俺は辺境伯領へ行くことにした。
辺境伯家の領内に入ると状況は公爵領よりも悪化しているように思われる。空気が悪い、村々には道端に倒れている人もいる。
とにかく辺境伯の領都に行くことにした。辺境伯の領都に行くと状況はこれまで通った村や町とあまり変わらなかった。
伯爵邸に行くと領主様が出迎えてくれたが、夫人は病気療養中とのこと。ここは先の帝国との戦争で被害を受けた上に、捕虜にした帝国兵からも感染が広がったようでひどい有様であった。ここでも、先日公爵領でした説明と同じ説明をして大量の消臭剤を渡した。
夫人の病状について、聞くと
「痰に血が混じるようになって、長く持たないだろう」
とのことである。
「ダメもとでいいなら治癒魔法を試してみますが」
と言うと、ずいぶん思案していたが、
「やってくれ」
と了解が得られた。
「ただし、うまくいかなくても恨まないでほしい。それからうまくいっても秘密にしてほしい。他の人にやってうまくいかなかったら恨まれる」
そう言うとこれも了解された。
夫人の部屋に行くと、香を焚いているのか部屋の空気が湿っぽい。とりあえず部屋をきれいにすると言ってクリーンの魔法をかけた。クリーンでも細菌の濃度を下げられることが分かったからである。
それから夫人に鑑定をかけた。そして結核菌の病巣を順番に収納魔法で収納していった。どうも細菌は俺の収納空間ボックスに収納可能なようだ。
このようにして、結核菌の病巣を収納していったが、小さくなってくると、すべて収納できるわけではない。適当なところであきらめた。
そして、体全体でなく、結核菌に侵されたところだけを狙って治癒魔法をかけた。結核菌に治癒魔法が作用すると結核菌が大きくなるので、結核菌を避けながら臓器だけを狙って治癒魔法をかけるのである。これは疲れる。神経がすり減る。結局3時間ほどかかった。
「もう無理」
と言って作業を中止した。
「うまくいったかどうかわからないが、やれるだけはやった」
そう言うと辺境伯様から
「感謝する。このことは他言しない。」
と言われた。
それから俺は
「貧しい住民に、旨い物を食って、元気をつけてと言っても無理だと思うので、俺の作った栄養剤を配ってほしい」
と大量の栄養剤を渡した。
「これはどんな薬か」
と聞かれたので
「これは薬でない。疲れた時に元気が出る飲み物だ。ヤマユリ商会で1本小銀貨2枚で売っている」
と答えた。
「お金を払う」
と言われたが
「効くかどうかわからない物なので、お金はもらえない。その金で領民に食料を配布してほしい」
と断った。
そのようにして、トゥール公爵領と辺境伯領への俺の消臭剤の説明の依頼は終了した。
その後、春になって暖かくなってくると、公爵領でも辺境伯領でも結核の蔓延は治まったようである。
公爵家からはクリーンの魔法がよく効いたとのことである。また辺境伯家からは夫人の容態も回復した。また俺の栄養剤は領民によく効いたとの知らせを受けた。
結局、結核については清潔にして栄養を十分にとって体を丈夫にする。これがこの世界で今のところできる一番の対策のようである。




