1.プロローグ1
王国歴321年6月2日、ここは、アムスム王国と、ベー王国の国境付近、アー川と支流のノー川の合流付近、辺りは一面の湿地帯である。しかし、アー川の河岸付近にはアーの丘と呼ばれる少し小高い丘陵が広がっている。その丘陵の上にアムスム王国テー公爵家とその寄子の貴族家の領軍1万が布陣している。
テー公爵家当主のジグムントがベー王国に不穏な動きがあるという知らせを受けたのは1か月前、それから準備を進め、国王にも援軍要請を出し、領都を出たのは1週間前、ベー王国軍のアー川渡河を許してしまうとテー公爵領に甚大な被害が出る。そのため、アムスム王国軍の援軍を待たずに、戦略上の要地である、アーの丘を急きょ確保したのである。
その夜、軍議が開かれた。参加したのは、テー公爵家当主のジグムント様、騎士団長のオトー様、副騎士団長のギジル様、それに、寄子の貴族家の当主様方、それに俺、ハルトである。
俺のような若輩者がこのような軍議に本来は参加することはないのだが、これは俺が数字に強く状況整理がうまいということで、ジグムント様の強い要請の結果である。
「皆の者、よく集まってくれた、まずもって礼を言う」
ジグムント様の開会の挨拶が始まる。
「もったいないことです。我らが集まるのは当然のこと」
一同から返答がある。これに対してジグムント様が
「それではハルト、状況の説明と、今後の方針を伝えてくれ」
この言葉を聞いて俺は説明を始める。
「それでは状況の説明をさせてもらいます。本来なら私のような若輩者が皆様の前に出るのもおかしいのですが、有事ということでジグムント様から急遽、仮の作戦参謀という職を預かっております。
それではさっそく説明に入らせてもらいます」
「現在テー公爵家とその寄子の貴族の軍約1万は、このアーの丘に陣を敷いています。そして、問題のベー王国軍は、昨日入った情報によると約3万とのことです。そしてアー川の対岸に到着するのは、約1週間後の6月9日頃と予想されます。
これに対して、援軍のアムスム王国軍は5月25日に王都を出たとの情報が入っております。それから、ここアーの丘まで順調にいったとして約3週間かかります。そうすると、援軍が到着するのは早くて6月15日頃と予想されます。
しかし、ベー王国軍約3万という情報が入れば、途中の貴族に増援を要請すると予想されます。そうすると援軍の到着はさらに遅れるかと思われます。私としては援軍の到着は6月20日頃と予想しております。
ご承知のように、ここアーの丘を抜かれるとテー公爵領に甚大な被害が出ます。また途中、軍を立て直すのも難しく、むしろ援軍に合流して体制を立て直す方がよくなります。
そのため、是非ともこのアーの丘で敵軍を食い止める必要があります。少なくとも10日間はこの丘で耐える必要があります。
『通常城攻めの場合、攻める方は守る方の3倍の兵力を必要とする。』と言われております。現在わが軍は約1万、敵は約3万ということで、いかに強固な陣地を築くかが今回の戦の勝敗を決すると考えています。
現在、丘の一番高いところに陣地を構築し、その下の平原と交わる付近に堀を掘っております。また陣地との間には木柵を立てて、塹壕を掘っている状況です。これはあと5日後の6月7日には完成すると考えています。
しかし、これだけでは敵軍を食い止めるのは無理と考え、アー川の支流のノー川上流に川を一部せき止めて水を蓄えております。
敵軍がアー川を渡る状況で堰を切れば濁流がアー川にあふれ、敵軍に被害を与えると考えております。しかし、これは1回限りの戦法です。
水が引いた後、再度攻められると、この陣地で耐える必要があります。そのため、川を渡ったあたりにも柵を設置するとともに、丘陵の柵も2重にしようと考えております。
ただ、この作業がどこまでできるかは、敵軍の到着によるといえます。敵軍の到着が当初の6月9日の場合はほとんど間に合わないというのが実情です」
俺の説明は続く。ただ、これを聞いた諸将の顔は暗く沈んだ。
しばらくして、ジグムント様が
「とにかくやれるだけ、やってみようと思うので、皆も私に命を預ける形で協力してもらいたい。頼む」
とおっしゃられると、
「わかりました。」
と諸将の声がする。
「それでは続けてくれ」
ジグムント様の声が続く。
「それでは、続けさせてもらいます。6月9日に敵軍が対岸に到着後、こちらから魔法士による遠距離攻撃を行います。
通常ですと、この距離では魔法は対岸まで届きませんが、風魔法による支援魔法を行えば、距離が伸びると考えております。また、状況によりますが、火矢も風魔法による支援を行えば、対岸まで届くかもしれません。
ただ、敵軍が川の半ばくらいまで来たら、貴重な魔法士を失うわけにいきませんので、魔法士は後方に下がらせます。
その後敵軍が川のこちら側に来た時点で上流の堰を切ります。濁流がこの付近に来るのは堰を切ってから30分から1時間後なので、その間敵軍をなるべく河川敷の低地に足止めするように諸将の方々は奮戦をお願いします。ただ、
濁流に呑まれるといけないので、引き際を間違えないようにお願います。
これで敵軍にどれくらいの被害を与えられるかによって今後の戦い方が変わってきますので、今後の戦い方はその状況を見て考えたいと思います。私からの説明は以上です」
そのいくつかの質疑の後、ジグムント様が現地の配置の説明をされた。中央は騎士団長のオトー様、右翼は副騎士団長のギジル様、左翼は、寄子の伯爵家の当主様、そして、全体の指揮をジグムント様がとり、さらに遊撃隊として、俺は500人の兵を任された。これは意外であった。
諸将が引き揚げた後、ジグムント様が俺の耳元でささやいた。
「堰は1回だけか」
これに対して「3」と答えた。
また「柵はどうか」と聞かれたので、
「水が引くまでには、間に合わせます」と答えた。




