表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

短編

掲載日:2026/01/25

初めて伏線入れてみました

駅はいつも夕方になると、少しだけ息を潜める。

通勤客が引き、学生の声も消え、残るのはアナウンスと靴音だけ。

僕はその時間帯が好きだった。

理由は説明できない。

ただ、17時半を過ぎると胸が落ち着く。

駅の一番端、使われなくなった忘れ物カウンター。

曇ったガラス越しに見える古い壁掛け時計は、17時46分で止まったまま。

壊れているはずなのに、なぜか誰も直さない。

僕は今日もそこに立ち止まった。

「……また来てるな、俺」

自分にそう言って苦笑する。

家への帰り道は反対側なのに、気づくとここにいる。

カウンターの中には、昨日までなかったものがあった。

黒い折りたたみ傘。

濡れた形跡はない。

今日は晴れだ。

「忘れ物、増えてる……?」

そのとき、ガラスの向こうで影が動いた。

係員だ。

白髪で、制服は少し古い。

「いらっしゃい」

声を聞いた瞬間、なぜか胸がざわついた。

「ここ、まだ使ってるんですか?」

「使ってるよ。必要な人が来るからね」

「でも、誰も――」

「君は来てる」

言葉に、引っかかりを覚えた。

「え?」

係員は、カウンターの中の傘を軽く指で押した。

「それ、取りに来たんだろう?」

「いや、僕のじゃ……」

言いかけて、止まる。

なぜか**“自分の傘は黒だった”**という感覚が浮かんだからだ。

でも思い出せない。

家にある傘の色を。

「名前、確認する?」

係員は引き出しを開け、書類を取り出した。

古い台帳だ。

「……いいです。忘れ物なんてしてません」

そう言って背を向けた瞬間、

駅のアナウンスが流れた。

『まもなく、17時46分です』

心臓が跳ねた。

「その時間、好きだろ?」

振り返ると、係員が微笑んでいた。

「どうして……」

「毎日、この前で足が止まる。

 時計を見る。

 それから、少し困った顔をする」

全部、当たっていた。

「偶然ですよ」

「偶然なら、スマホの画面は割れない」

はっとして、スマホを見る。

右下に、細かいヒビ。

いつからだ?

「……昨日は割れてなかった」

「昨日?」

係員は首をかしげる。

「君にとっての“昨日”は、いつだい?」

答えられなかった。

次の日も、僕は駅にいた。

やっぱり17時半過ぎ。

忘れ物カウンターには、

傘の隣に学生証が増えていた。

見覚えのある制服。

通っていた――気がする。

名前を見る前から、嫌な予感がした。

「見ないほうがいいですよ」

いつの間にか、係員が隣に立っていた。

「……僕の、ですよね」

係員は否定しなかった。

学生証の写真。

間違いなく、僕。

ただ一つ、おかしい点がある。

学年欄が、途中で消されている。

代わりに赤字で押された文字。

《回収済》

「回収って……何を?」

「忘れたもの全部」

係員は、指を折りながら言った。

「時間、記憶、帰る理由。

 それから――」

一瞬、言葉を選ぶ。

「続きを生きる権利」

駅の天井から、低い音が響いた。

遠くで雷。

「今日、雨降るんですか?」

「降るよ。

 いつもこの時間に」

僕は、ふいに思い出す。

雨。

ホームの端。

白線を踏み越えた靴。

「……あ」

「思い出しかけてるな」

係員は、黒い傘を差し出した。

「これ、持っていくといい」

「でも――」

「君は、毎回そう言う」

毎回?

「君はここで何度も立ち止まって、

 思い出して、

 それでも持っていかずに――」

係員は、カウンターの奥を見た。

そこには、

同じ傘が三本、

同じ学生証が、

同じヒビの入ったスマホが並んでいた。

「……全部、僕?」

「そう。

 取りに来ては、置いていく」

雷鳴が近づく。

「じゃあ僕は、今どこにいるんですか」

係員は、初めて少しだけ悲しそうな顔をした。

「君は、あの時間にいる」

時計を見る。

止まっていた針が、微かに震えている。

17時45分。

「選べるよ」

係員は言った。

「また忘れて、ここに戻るか。

 全部思い出して、進むか」

「進むって……」

「雨の先へ」

外を見ると、土砂降りだった。

「……怖いですね」

「怖くない道は、もう使えない」

17時46分。

時計が、動き出す。

胸の奥で、何かがはっきり形を持つ。

「――行きます」

傘を握る手が、少し震えた。

「また忘れたら?」

係員は、いつもの笑顔に戻った。

「その時は、またここで」

僕は一歩、カウンターから離れる。

足音が、初めて前に進いた。

雨の中へ。

読後の伏線回収ポイント

なぜ17時半以降に落ち着くか

時計が直されない理由

傘が増えていく理由

「昨日」の違和感

学年が消された学生証

係員が“慣れている”態度

帰り道が一度も描写されない

雷と雨のタイミング

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ