EP.5 西方世界異状あり
「なに?主人公の性格が定まらない?
───それなら性格がコロコロ変わる設定にすればいいじゃん」
『上位世界でのとある会話より引用』
〈ニュプロティア〉。
それは、一年前に他の世界の都市国家、〈アーケディア〉が転移した世界、乃至大陸の名称である。
東西南北に伸び、多種多様な文化、種族、気候、国家、思想、宗教、生態系を内包する巨大な大陸だ。地球で言うならユーラシア大陸とアフリカ大陸をグチャッとぶつけて、東西南北からギュッと圧縮したようなものだろうか。
文明水準はまさに"ザ・中世"といったレベルなので、もしかしたらこれから後の時代に、異世界版コロンブスでも現れて新たな大陸でも見つけるのかも知れない。或いはこの惑星にはニュプロティアしかないのかも知れない。
いずれにせよ、今この時代において、この地に住む人々にとっての"世界"とはこの陸地が続く大陸、ニュプロティアのことを指す。
───聖暦一四五三年、第七節。
この日、世界は新たな来訪者を向かい入れた。
即ち、ニュプロティア西方、地球でいうところの中世ヨーロッパ風の文化圏が広がる地域に、〈アーケディア〉の"本国"が転移したのだ。
より正確な場所を説明すると、ニュプロティア西方〈エウロパ〉と称される地域。
その中央部に広がる広大な平野〈ゲルマニア平原〉。その真ん中に、である。
さて、この時点───つまり〈アーケディア〉が転移する直前のエウロパの国際情勢について話そう。
エウロパには4つの国家が存在する。
───ゲルマニア平原に存在する多数の王国・公国・自由都市・教会国・侯領・伯領などの領邦から成る国家連合〈神聖ゲルマニア帝国〉。
ゲルマニア平原の南端を東西に伸びる山脈〈アルペス山脈〉。
そのアルペス山脈より湧き出た水がゲルマニア平原の西部を流れる大河〈レヌス川〉。
───そのレヌス川を神聖ゲルマニア帝国との国境として、西側に広がる大地を支配する専制君主制国家〈アンデュー朝ガリア王国〉。
アルペス山脈の南側。
其処に広がる巨大砂漠〈ラティウム砂漠〉。
───そのラティウム砂漠一帯を支配する遊牧国家〈イタリ=ヒスパニア首長国〉。
視点を戻してゲルマニア平原の東側。
森林と草原、多数の河川が入り組む平野〈サルマタエ平野〉。
───そのサルマタエ平野に住まう多種多様な種族・部族の自治州による連邦制多種族国家〈ルシア連合〉。
以上、4カ国に加えてゲルマニア平原の北側に広がる寒冷な森林地帯〈ノルディック大森林〉には、嘗てエウロパを恐怖に陥れた魔王とその残党が潜伏していると噂されている。
しかし調査しようにも、ノルディック大森林は強力な魔物が生息しており、其処に向かった者は誰も帰れないと言われるほどの危険地帯である。故に実害がでない限り放置というのがエウロパ諸国の方針だ。
───閑話休題。
さて、それでは〈アーケディア〉が転移した後について話そう。
先に結論から言うと、神聖ゲルマニア帝国の中部と北部が〈アーケディア〉の領土に変わった。
〈アーケディア〉が転移した場所、つまりゲルマニア平原の中心部は、その付近に神聖ゲルマニア帝国の首都もある場所だった。
両国が接触後、直ぐに始まった戦争で〈アーケディア〉は敵首都を占領。神聖ゲルマニア帝国を治める皇帝一族を処刑し、神聖ゲルマニア帝国の中央政府はここに崩壊した。
そう、あくまでも中央政府である。
そもそも神聖ゲルマニア帝国とは様々な種類の領邦による国家連合である。
その神聖ゲルマニア帝国の皇帝とは、それぞれの領邦を独自に統治する貴族や聖職者、市長などの謂わばまとめ役のような立場の人間を指す。
各地の権力者の利害を調整し、時に皇帝としての権限が許す限りの勅令を出して全体を統制する。
或いは国家という大きな枠組みの中で行われる外交の窓口としての役割も持つ。領邦単位で外交交渉を行うと交渉相手国の担当者が過労死しかねないため、外交権は伝統的に領邦から皇帝に委託されている。
こうして大きな権限を持つ皇帝が住まう場所を"首都"と定め、その元に集う領邦が治める地をまとめて神聖ゲルマニア帝国の領土としているのだ。
で、あるならば中央政府の崩壊とは何を指すのか。
それはつまり───まとめ役が消えるだけである。
徴税権から軍事権まで。外交権を除けば殆どただの国家と変わりが無い権限を持つ領邦という存在は、例え皇帝が消えても直ちに困ることはないのだ。……国境沿いの領邦は隣国と交渉出来ずに困るかも知れないが。
地球を例にするなら、中央政府が機能していた頃の神聖ゲルマニア帝国はアメリカ合衆国の様なものだろうか。"皇帝"では無く"大統領"であり、"領邦"では無く"州政府"、"中央政府"は"連邦政府"ではあるが、まぁイメージとしてはこんなものだ。
崩壊後は欧州連合だろうか。代表者は居らず、構成国が独自の軍事力や統治体制を持つ。
であるからして、〈アーケディア〉による神聖ゲルマニア帝国の首都占領後も余り混乱が広がることはなく、各領邦の判断で抵抗は続けられ、〈アーケディア〉が攻勢限界に達した結果、ゲルマニア平原南部───アルペス山脈の北側───では未だに国家連合としての神聖ゲルマニア帝国は存続している。
そして最近では、皇帝一族の傍系を担ぎ出し、その人物を新皇帝として、統帥権も含めたより強力な権限を持った新たな中央政府を形成。
各領邦の軍を帝国軍として再編し、南下を続けるアーケディア軍を押し留める事に成功している。
§ § §
───旧ヴィレンテン公国領。
神聖ゲルマニア帝国と〈アーケディア〉の戦線───南部戦線から少し北側へ向かった場所。
嘗ては農業が盛んな領邦として栄え、今は『109管区』と呼ばれる場所。
そんな場所にある廃墟と化した村落。その上空に、一隻の空飛ぶ船が浮かんでいた。
───浮動輸送艦『T47』。
T47からクレーンにて物資や資材を満載したコンテナが地上に降ろされるのを見ながら、白衣を身に纏った研究者は溜息をつく。
「随分と派手にやったものだ。片付ける身にもなってほしいよ」
呆れたような様子で廃墟───焼け落ち、所々に死体が転がっている───を見渡し、その惨状の下手人を思い浮かべながら、研究者は愚痴る。
その横を通り過ぎた護衛の兵士がそれを聞き、尋ねる。
「それは"四刃"……コハク上級戦闘官のことか?」
「ああ、そうだが……君も知っていたのか?」
数刻前までここに居た人物。この村落の惨状の下手人であり、貴重な魔導車を奪っていった白髮の少女。研究者は彼女について護衛の一兵士が知っていた事に驚く。
研究者が彼女について知ったのは、"本国"を出る直前、今回の調査を任命してきた上司から渡された資料に書かれていたからである。
今に思えば妙に詳細な資料だった。なんせ遭遇した時の会話テンプレートや相手の煽て方まで記載されていたのだ。まるで特定の個人を対象したマニュアルがわざわざ用意されているようだった。
「勿論あの人については知っている」
「そうか。私は出立前に知ったのだが……そんなに有名なのか?」
「有名なんてものじゃない」
護衛の兵士は顔を強張らせて、まるで怯えるように言う。
大の大人があんな少女を恐れるなんて。先程魔導車をその少女に脅し取られたばかりの研究者は、自身のことを棚に上げて訝しんだ。
「あれは"常識"だ」
「常識?」
「あぁ。常識。知ってて当たり前のこと。誰もが知っていて当然のこと。俺たち軍人の中で知らないのはそれこそ警備兵ぐらいじゃないか?」
あいつらは指揮系統や訓練課程が違うから会って話す機会もないしな。そう言いながら護衛の兵士は手に持つマギカライフルを抱え直す。カチャッ、と音が鳴る。
「彼女について聞いてもいいかね?」
「……」
「何、スリーサイズを聞いてるわけではないのだ。唯君たち軍人の中で流れているその"常識"とやらを聞きたいだけさ」
それでも何も言いたくなさそうに口を紡ぐ護衛の兵士に、研究者は提案する。
〈アーケディア〉に於いて、軍人は軍の指揮系統を外れた命令───つまり研究者である自分の様な、軍以外の人間に従うことは滅多にない。
今回の資源調査も彼らは軍からの命令に従うだけで、実際に共に行動する自分達は一切の命令権を持たないし、例え持っていたとしても無視していただろう。
故に、提案する。
「ふむ。実は私物として砂糖と紅茶を持ち込んでいるのだが……一杯どうかね?」
こういう時、軍人に頼みを聞いてもらうにはどうすれば良いか。
それ即ち、賄賂である。
別に金である必要はない。というか、彼らは金に困ることはない。支払われる給料は高額だし、それでも足りない時にはそれが物である場合、職務に関係あるなしに関わらず、現物支給される。
ならばそもそも流通していない物であればどうだろうか?
例えば紅茶、例えば砂糖。
一般に流通していないが故に幾ら金を積んでも、または特権を使っても手に入らない物。
よしんば流通したとしても少量で、しかも自分達より上位の者が直ぐに持っていってしまう。そんな物だ。
「そうだな……二、いや三杯だ。それなら話してやってもいい」
「分かった。それで構わない」
市場経済が機能していないのか、それとも生産施設がないのか。
或いはその両方が原因で全く手に入らないそれら二つを対価に提示された護衛の兵士は話し始める。
「いいか?"アレ"……アイツは例えるなら狂犬だ。狂人と言ってもいいかも知れない。いずれにせよイカれてる。」
「そんなか?」
「お前は知らないかも知れないが、俺たちの様な軍人の殆どは別に人殺しが好きなわけじゃない。軍人になったのは生活の為で、人を殺すことに躊躇いを覚えないのは訓練の賜物だ。……占領地で銃をぶっ放すのは単に暇潰しだな」
我が国の偉大なる教育システムに万歳だ。そう皮肉げに笑った護衛の兵士は続ける。
「だが、そんな中にもイレギュラーがいる。人を殺す事に悦楽を感じ、まるで娯楽の様に───は俺たちも大概だが。でも俺たちとは決定的に違うんだ。お前はさっきの作業員を見ていなかったのか?」
「なんのことだ?」
研究者は突然の問いに混乱する。
何か彼女がしていたのだろうか?そう言えば先程一人の作業員が錯乱していた様な?
彼はコハク上級戦闘官に渡す魔導車をクレーンで降ろしている間に彼女に話し掛けられていた人物だ。暫く話した後、彼が案内する形で何処かに向かっていたが、もしかしてその時に何かあったのだろうか。
研究者は、彼の様子を思い出しながら質問を返すと、護衛の兵士は吐き気を堪えるように返答する。
「見ていないのか……。まあ見ないに越したことはない。じゃなきゃさっきの作業員みたいに気がおかしくなっちまう。……あいつはな、人を食ってたんだ。人の焼死体を。」
「……は?」
「両手で死体を引き千切って、直接四肢に齧りついて、歯で肉を削ぎ落して。……そんでそんな悍ましい行為をしておきながら、笑顔でこう言うんだ。『美味しいよ!美味しいよ!』ってな」
そんな奴を崇拝しだす連中もいるんだから、たまったもんじゃない。そう言って護衛の兵士は溜息を吐いた。
●おまけ
◯食人について
倫理観の概念がマイナス方向に振り切れている彼ら軍人を持ってしても、人を食すことは禁忌に該当する。
人を人と思わない彼らであっても自国の人間や、この世界特有の知的生命体を自身に取り込むことは大変な嫌悪感を覚える行為である。
しかし、一部の軍人はそうではない。
死体を犯し、穢し、冒涜し、死してなおその者の尊厳を凌辱することを生き甲斐とする。
そして一番の問題が……こうした行為を好む軍人に限って非常に優秀であり、力によって序列が決まる軍組織では、彼らの様な狂人は尊敬される立場なことが殆どであるということだ。




