EP.3 醍醐味は狂気の味
理性は我らを導き、秩序は我らを保つ。
我らは個に非ず、群にして一なり。
アーケディアの名のもとに、誤りなきを誓う。
『党誓詞』
丸太の塀で囲われた村。
自分達を守るために築かれた堅牢な要塞は、しかし今───
「ひっ、た、助け───」「来るなくるなクルナクルナクルナクルナクル───」「クソっ!バケモノめっ!これでもくら───」「あぁ、神様なん───」「お前は妹を連れて逃げろ!コイツは俺が足止めする!」「でもっ!」「でもじゃないっ!男なら───」「そうじゃない!この状況で一体───」
一匹のバケモノが歩いている。
両手を下ろし、静かに周りを見渡している。
その木の棒すら持っていない、一見無防備な姿。
しかし、それに騙されることなかれ。
一人の男が鍬を持って雄叫びを上げながら"ソレ"へと向かう。
鍬を振りかざし、目を血走らせながら我武者羅に突進する様子はまさに狂人そのもの。
「グガァァァァァ゙あああっ───」
しかし、その凶刃は"ソレ"には届かない。
なぜなら"ソレ"が男に目を向けると、一瞬の煌めきとともに彼の首が落ちたからだ。
死体となった男を"ソレ"は一瞥すると村の中心にある広場へ歩み始める。
見れば地面に伏せた死体は男だけではない。十や二十は超えるだろうその者達は"ソレ"へと勇敢に立ち向かった勇者、或いは咄嗟に動けずに逃げ遅れた者、それか少しでも距離を取らんと"ソレ"に背を向け逃げようとした者の成れの果てである。
父親に逃げろと言われた少年は片方の腕で妹を抱き、辺りを見る。
何処を見ても死体。そして偶然生き残り、必死に逃げようと此方へ走る幼馴染。その姿を見て反射的にもう片方の腕を伸ばす───
"シュッ!"
───が、一瞬の煌めきと共に幼馴染の首から血が噴き出す。自分に向けられた恐怖に満ちた瞳は、もう何も映していない。
少年はこのわけの分からない状況に一周回って半笑いになる。そして叫んだ。
「───何処に逃げればいいって言うんだよっ!!」
───しかし今、其処は牢獄になっていた。或いは闘技場だろうか。
血の鉄臭さがむせ返るほど広がり、村のあちこちで火の手が上がっている。
自分達を守るはずの丸太の塀は、しかし内部に"ソレ"を招き入れたことで逃げ場のない袋小路を形成していた。
デスゲームの会場と化したこの村で生き残る方法は一つ。村の中心へと足を進める"ソレ"を───白き髪を持つ、真っ黒な目の少女を殺すこと。
だがそれが簡単なことでは無いのは、彼女の周りを転がる死体が証明している。
───それらの身に皆一様に刻まれた致命の傷。
しかし少年にはどの様にしてその様な傷が付けられたのか分からなかった。
タネは分かる、少年は思う。
───あの、一瞬の煌めき。
だが手段が分からない。人の側で煌めきが起こるといつの間にか首が落ちるのだ。
───魔法か?
いや違うと、少年は否定する。
昔村にいた元魔法使いの老人は言っていた。
思い出せ。そう自分の記憶を掘り返す。
───「魔法には"溜め"がある。詠唱にしろ、動作にしろ。だからその間は無防備だ。わしの足が義足なのも昔戦場で魔法を放とうとした時に敵に近付かれたのが原因じゃ」
近付かれて剣でバッサリじゃ、そう言っていつも木でできた義足を見せてきた老人の言葉を振り返る。
───そうだ魔法の発動には時間が掛かる。
ならあれは?少年は村で繰り広げられた虐殺の光景を確認する。
一瞬の煌めき。
それは近づいた者も、逃げようと背を向けた者も、或いは十歩は離れていた者も全員殺していた。
しかも一人一人ではなく何人も同時に。同じ方向の人間ではなく四方にいる人間を同時に、だ。
その間もバケモノは微動だにしていなかった。そもそも四方の人間の首を同時に跳ねているのだ。相手を見てすらいないのだろう。
───確実に魔法ではない。
一体なんなのか、そう自らの思考に入ろうとした少年は遅れて気付く。何も話さない父親に。そして───
"ボタ……ボタ……"
───喉元にダガーが刺さり、先程の幼馴染の様に目から光を失った、自らの妹の姿に。
「う……あ゙……ァぁ……」
余りのショックから少年の脳は自らを守るために考察を再開する。
ダガー。煌めき。遠近問わず。全方位への攻撃。
過去一加速した彼の思考は直ぐに答えを弾き出す。
───あ、浮遊するダガーを操って斬りつけてたのか。
あっさりと攻撃の正体を見破った少年は、村の最後の生存者は───次の瞬間、妹の喉元に刺さった物とはまた違うダガーに首を跳ねられ、死亡した。
……。
調査団の到着まで───残り1分。
§ § §
「調査拠点の確保、お疲れ様です」
「いや〜こっちもごめんね。こんなにボロボロで。できれば無傷で手に入れたかったんだけど、手が滑っちゃって……」
「いえいえお気になさらず。では引き継ぎは此方でやっておきますので」
ボクが数分で制圧した村は、その後に飛んできた調査団の人達によって様々な機材やプレハブの住居が置かれたそこそこの規模の拠点になっていた。
元々あった建物は軒並み燃えてる最中か、焼け落ちて灰になっている。
ただ丸太の塀はそのままなので、セントリーガンでも置けば防衛も簡単だろう。
そう考えてると目の前の白衣を着て如何にも研究者然とした男が話しかけてくる。
「それにしても凄まじい制圧力ですな。まさか数分で百人規模のコミュニティを消滅させるとは」
そう言ってグルリと辺りを見る男に村の惨状を気にする様子は見られない。まあ、やったのはボクなんだけどみんな本当に気にしないよね。
目の前にいる研究者っぽい男の人以外にも、廃墟の撤去とか遺体の片付けをしてる人とか20人近くは居るのにみんな粛々と自分の仕事に取り掛かってる。誰もこの光景が異常だとは思っていないのだ。
死体と廃墟が広がる光景は〈アーケディア〉にとっては親の顔より見る光景だ。もっと親の顔を見ろ……って言いたいけどこの中で自分の産みの親を知ってる人がどれだけいるのやら。
「任務だからね。"党"に少しでも貢献しようと努めるのはボクらの義務でしょ?」
「確かに。とは言えその忠誠心。流石は『数字付き』といったところでしょうか」
数字付き。それは"党"にその貢献と力を認められた人達を示す称号のこと。言ってしまえばネームドキャラ、或いはステージボスみたいなものだ。数字付き達はみんな数字の入った二つ名を持ってる。
因みにボクの二つ名は"四刃"。
四本の浮遊するダガーを操る兵器───〈個人用浮遊短剣兵装『鎌鼬』〉を使って戦う様子からその名が付けられた。そのままだね。
最初は脳波で制御する方式のせいできちんと意識しないとあちこちに飛び回ってたけど、コツを掴んでからは遠近全方位対応のバランサー型として戦闘では活躍できたね。……コツを掴むまでは色々と涙しかないエピソードがあるけど、紹介するのはまた今度にしよう。
「ところで……この後ってもう帰ってもいいの?」
「ええ構いませんよ。ここ一帯で確認された勢力は此処だけですので襲撃もないでしょうし」
それにこれもありますので、そう言って研究者は上を向く。
つられて上を見ると彼らの移動手段が浮かんでる。
高度20メートル地点を常に浮遊する船───浮動艦。
全長30メートルはある浮動艦の両舷には4門ずつ機関銃が取り付けられている。あのゴテゴテついてる装置から見るに自動制御型の機関銃だね。確かにあれなら大丈夫そう。
「ところで帰りは何で帰ればいいのかな?」
「何で来られたので?確か昨晩には現場に待機していたと聞きましたが?」
「徒歩だね」
浮動艦は反重力エンジンとスラスターで動いてるから静音性は結構高いけど、船体が反重力エンジンの影響で大きくなる傾向がある。全長30メートルのこの浮動艦はサイズで言えば一番下とかじゃなかったっけ?
何がともあれ一人で運用できるものじゃないし、個人で乗り回せるほど大量生産はされてない。
自動車───今世では魔導車と呼ばれる磁気浮上する車は、もし道中で故障したら現場住民への技術漏洩の可能性があるからって理由で禁止されてる。……他の人は使ってるのに。
つまるところ、此処で移動手段を貰えないとまた徒歩で帰る羽目になる訳で……
「なんかないかなぁ〜?」
ちょっとだけ戦闘時の意識に切り替えて声を出す。のほほ〜んとしてるけど聞く人にとっては少し恐怖を感じる声。
チラッ、チラッと研究者と浮動艦に目を向けると、研究者は慌てたように言う。
「で、でしたら浮動艦に積み込んである魔導車をお貸ししましょう。地上の調査のために複数台積んでいますので」
「わぁ、ほんと?ありがと〜」
ボクの脅しが通じたようで、魔導車を快く貸してくれた。よかった、また1日飲まず食わずで歩くのは流石にキツい。
……お腹減ったなぁ。
そう言えば昨日から何も食べてないんだっけ?ご飯のことを考えたら直ぐに忘れてた食欲がやってくる。
ボクは数日なら飲まず食わず寝ずで動けるように訓練してあるけど、欲求が消えるわけじゃないし、健康にもよくない。
けど食べ物ってこの辺にあるかな……。
魔導車をかっぱらった手前、ついでに食べ物も下さいは言いにくい。
ボクはもう帰還するだけだけど、この人達は今から数日間此処で滞在して調査するからね。そんな人達から貴重な食べ物を貰うわけにはいかない。
なら魔導車はいいのかだって?……うるさい。
"ザッ!ザッ!"
どうしようかと魔導車を浮動艦から降ろしてもらってる間に頭を悩ませていると遺体を運んでいた作業員がボクの目の前を歩いていく。
まだ十分程度しか経ってない死体。ボクが首を綺麗にチョンパしたから体は普通に綺麗。ただ、焼け落ちた家屋の下敷きになったのか、脚の方はジュワジュワと焼けてる。
……あ、そうじゃん。
「ねえ」
「……?どうかしました?」
丁度目の前にあるじゃん。
「その死体なんだけど、さ?」
しっかりと火の通った。
「脚の方……ボクにくれない?」
美味しそうな匂いの───
「できれば、他の焼死体もあると嬉しいな」
───ご馳走が。
●おまけ
◇コハク
この物語の主人公。本名はコハク=コノエ。
軍での階級は上級戦闘官。所謂士官の一つで、上から数えたほうが早い。別の肩書も持ってる様子。
前世の記憶は大分曖昧。知識なら兎も角、人間関係とか自分の事とかはかなり靄がかかってる様子。自分が男だったのはハッキリしてる。
精神状態が凄いことになってる。余りの混沌具合にそろそろ……てか既にだいぶ"キてる"。
◇なぜ『コノエ上級戦闘官』ではなく、『コハク上級戦闘官』なのか。
コハクの場合、姓はコノエ、名はコハクだが、基本的に〈アーケディア〉では人を姓で呼称することはない。姓はあくまでも書類上の個人の区別を行うために使用されるだけである。
これは姓を無くすことで"家族"という概念を人々の意識から抹消するために行われた政策の一環だが、慣習と言うのは恐ろしいもので、未だに新たに誕生した命には"姓"と"名"が与えられている。
とは言え〈アーケディア〉の"党員""市民"共に「誰が自分の家族なのか」気にしている者は最早存在しない。
完全に無くすことはできなかったものの、"家族"や"一族"であることを証明するための"姓"と言うのは今では個人を特定するための単なる"符号"の一つでしかない。
そういう意味では当初の目的は達成されたと言えるだろう。




