EP.2 ディストピア的世界線
「秩序は幸福なり。」
『アーケディアのスローガン』
みんなは言う。
───「我々は二つの世界を知っている」
でもボクが言うならこうだ。
───「ボクは三つの世界を知っている」
……そんなこと言っても誰も信じないだろうし、誰にも言う気はないけど。
みんなに言っても「当たり前だ」と言われるのは二つまで。
一つは今ボク達が暮らすこの世界。つまり"転移後"の世界。
二つは前に暮らしていた世界。つまり"転移前"の世界。
そしてボクだけが知ってる三つ目は───
───ボクの前世の世界。
では自己紹介を、ボクは転生者、今世の名前はコハク。
前世は……覚えてないかも。パーソナルな記憶は結構曖昧だね。一応、何処らへんに住んでたとか家族がいたとかは覚えてる。まぁあれだ、会ったら思い出せるってレベル。会えないと名前も顔を分からないけど、会ったらそれに関連した記憶が脳内から湧き出してくる感じ。
……多分もう会えないだろうけど。
先程話した通り、ボクは転生者。前世で死に、今世で再び生を受けた者。前世では特に犯罪とかはして無いし、至って普通の人として生きてた"気"がする。
あとは……あ、そうだ!ボクは前世では男だった。そして今世では女として生まれ変わった訳だ。
そして今世の容姿は美少女さんだ。なんか、可愛いと美しいの中間って感じ。
絹みたいに真っ白で柔らかいロングボブの髪と真っ黒な瞳。身長は155センチぐらい、体重は色々あって軽め。鏡で見たら結構細い……っていうか華奢。自分で言うのもなんだけど、ちょっと力を入れたらポッキリ折れそうな見た目。
歳は今年で17歳。国家のデータベースをみる限りは、だけど。仕方ない、毎日似たような生活しかしてないからカレンダーなんて見ないのだ。起きて、ご飯食べて、仕事して、寝るの毎日だからね、仕方ない。
……ん?仕事について聞きたい?よし、教えてあげよう。
ボクの仕事、それはなんと───
〘目標の村落、調査団の到着まで残り10分。コハク上級戦闘官、対象への接触を開始してください〙
「了解。……今からみんなに紹介しようと思ってたのに」
───上級戦闘官、つまりは軍人だ。……オペレーターが先に言っちゃったけど。
思わずムスッとして返事をしたのが伝わったのか、通信越しに困惑した声が返ってくる。
〘……誰にですか?〙
「気にしないで。……それよりもう一回任務の概要を聞いてもいい?他のみんなに教えてあげたいの」
目標の村落へとさっきまで待機してた森から歩き出す。かれこれ1時間前から待機してたからね。そろそろ動きたかったんだ。
歩きながらオペレーターが教えてくれる。
〘だから他のみんなとは……いや、これが例の。……まぁいいでしょう、今回の目標は"非統治管理領域"である『109管区』に存在する低脅威度の小規模コミュニティ周辺の資源調査です。
"非統治管理領域"は領土として編入されているものの、現地住民への直接的干渉・接触を控え、資源採取のみを目的としている領域です。
国家による統制下にない代わりに国家による保護もないこの領域では治安維持は現地住民に委ねられており、接触時の関係値については不透明です。
貴官の任務は対象のコミュニティに接触し、我々への友好度、及び調査団の安全性を確保することです。〙
なるほどね、色々ありがとう。
つまりは統治リソースを割く必要すら感じられない場所に住んでる人たちに「この辺の資源調査してもいい?」って協力を取り付けてこいって話だね。
"……でもさ、これってさ。"
ふと呟く。
目標の村落はもう目の前だ。簡単な木の柵で囲われて、入り口は門と櫓で固められている。百人ぐらいしか住んでないのに随分物騒な村だ。櫓から周囲を監視していた村人がボクを見て弓を構える。
……すっごい警戒されてるね。
……まあ、うちの国が元々この辺を治めてた国を滅ぼしちゃったからね。オマケにさっき"非統治管理領域"と言ったように統治は現地の住民に委ねられている。
───君臨せども統治せず。
絶対に本来の意味とは違うと思うけど、今まさにこの現状を表すとすればその言葉がふさわしい。
彼等の住む地はうちの国───〈アーケディア〉の領土だ。でも、国家は決して彼等を"統治"しない。"命令"もしないし、"強制"もしない、"徴税"もしない、"兵役"も課されない───でも"保護"もない。
記録によれば、この辺の"元"統治国は中世レベルの文明水準。封建制により領主や貴族、王族の影響が強く、平民や奴隷は突然降り掛かる理不尽な命令に怯えるしかない。
腐敗というのは人に欲がある以上、切っても切り離せないものだ。
今までは理不尽な重税や徴兵があったのだろう。場所によっては初夜権と言って、その地の権力者が結婚した女性のハジメテを奪う───しかも公的に認められた権利として───法もあったらしい。
ある日いきなり奴隷にされたり、権力者がその日の気分でいきなり平民を殺したり───これはうちの国もあるね。……まぁ、兎に角理不尽なことだらけだったわけだね。
……でも、いざという時には必要な存在だった。
天変地異、気候変動による被害。例えば、建物や地形が崩落したり、大勢の人が死んだり、不作になって飢饉が発生したり。
後は獣害……"魔物"と現地で呼称される攻撃的なモンスターによる被害。
そういった"ホンモノの"理不尽に襲われた時、彼等を救ったのもまた権力者だった。
必要に応じて蓄えた物資を放出し、国庫へ納めるための税を肩代わりし、騎士団を呼ぶことで民を魔物から守った。
〈アーケディア〉がその国を滅ぼした後、"人由来の"理不尽から解放された彼等は、それと同時に"ホンモノの"理不尽に自分達で立ち向かうことになる。
───長々と語ったが、こんな小さな集団がこれだけ厳重な警戒を敷いているのはそういう訳である。
そんなどうでもいいことを考えつつ───ボクがポツリと呟いてから無言になったのに気付いたオペレーターが声をかけてくる。
〘どうかしましたか?〙
いや…、これさぁ〜〜。
〘……?〙
───あいつら全員消えれば解決するよね?
§ § §
村の門番は自身の村に歩いてくる一人の人間に気付いた。
背丈は自身の娘と同じほど、真っ白な髪は太陽の光に当てられて少し輝いている。よく見れば少女だと門番は気付いた。
よく手入れされているであろうその髪を見て、少なくとも自分達の様な平民とは違う身分の者であることは分かる。
───であるならば何処かの貴族だろうか。
門番は近付いてくる相手を見て観察を続ける。
服装は……真っ黒な見慣れない服装だ。
まぁ、貴族ならありえない話ではない。寧ろ貴族の服装を見慣れている平民の方が珍しいだろう───と、ここまで来て門番は疑問に思った。
───何故その様な身分の者がこのご時世に一人で?
よく考えてみればおかしな点は幾つもあったのだ。
国が消滅して混乱の続く世界に女一人で移動していること。
互いに物資を奪い合う様な情勢であんなに身綺麗なこと。
そして他の町や村から来た割には荷物らしい荷物がないこと。
───コイツは可怪しい。早く仲間を呼ばないt───
そうして応援を呼ぶべく、後ろに振り返った門番は───
「おそいよ♪」
───その喉元に飛来した1本のダガーが突き刺さったことでその生涯に幕を閉じた。
§ § §
「命中♪」
村の入り口にある櫓で弓を構えていた門番を始末したボクは、オペレーターに通信する。
「当該コミュニティの敵対を確認。『最優先事項:派遣要員の安全確保』に基づき当該コミュニティの構成員を殲滅する」
〘ちょ、ちょっと待ってください!敵対行為など……〙
「してたじゃん。弓を向けてきたよね?」
〘しかし、攻撃は確認されていませんよ!〙
「別にどうでもいいでしょ、そんなこと」
───邪魔な存在は排除しておくに限るでしょ?
〘……ッ!〙
そう、〈アーケディア〉は彼等を統治しない。"命令"もしないし、"強制"もしない、"徴税"もしない、"兵役"も課されない───でも"保護"もない。
だって"認識"していないから。
認識していなかったら"干渉"もないに決まってる。
彼等を"人間"として見ていないのだから。
道端の石ころに注目する人間がどれだけいると思う?
なんの役にも立たず、そしてなんの影響も与えない存在に。
だから逆に言えば彼等が"認識"されている時、〈アーケディア〉は彼等を影響のある存在───邪魔な存在に分類しているということだ。
「そもそも」
ボクは続ける。
「ボクみたいな軍人が派遣されるってことはさ───つまるところ最初からこうする予定だったってことでしょ?」
調査団の到着まで───残り5分。
無言になった通話相手を余所に、ボクは村の門へと足を進めた。
●軍人
〈アーケディア〉において軍人という役職は、国家序列において極めて高位の地位を占める。
彼らは武器の所持が唯一許可されている存在である。
彼らは国家の“武力”であり、“秩序の最終手段”である。
国家はその奉仕に対し、権力・富・特権・自由のすべてを報酬として与える。
結果として軍人は国家最大の不穏分子でありながら、国家最大の支持者でもある。
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◯免罪特権
アーケディア軍人に与えられる最大の報酬の一つは、"免罪特権"である。
この権利を保持する者は、以下の行為において罪を問われない。
1. 任務遂行中の殺人・暴行・財産損壊
2. 国家命令の独自解釈および行動
3. 情報の改竄・秘匿
4. 市民および下級官の拘束・尋問・粛清
5. 政治発言・批判行為(特定階級以上に限る)
この特権の存在により、軍人は国家の「道具」でありながら、同時に法を超越した存在として君臨する。
国家はこの特権を“必要悪”として容認しているが、同時に最も恐れている制度でもある。
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◯言論の自由
〈アーケディア〉では市民の発言・通信が常に監視されているが、
軍人に限っては「戦術的発言自由権」が認められている。
これは国家上層部が軍人の士気と個性を尊重した結果とされているが、
実際には狂気を統制不能にした代償でもある。
ゆえに彼らの発言はしばしば、国家公式思想を逸脱し、
そのまま反体制的な台詞として記録されることもある。
ただしそれが咎められることはない。
咎めることは、軍人を敵に回すことを意味するからである。
そして過激な反体制思想を有するにも関わらず、彼らが国家に反旗を翻すことは決してない。




