The Mystery of My Grandfather`s Clock
日本のとある県に「吾郷中学校」という公共普通教育施設が有った。その三階建ての白亜の箱の二階、二年生教室で、ちょっとした推理が始まった。
季節は秋。
今日の給食には「秋の味覚」がふんだんに振舞われた。それに満足した冬服(男子は黒の詰襟。女子は黒のセーラー服)姿の生徒達が、次の授業までマッタリ寛いでいる。
そんな平和な時間の中で、一人の男子生徒が立ち上がった。
その生徒の名は「真田悟朗」という。
悟朗の席は教壇のド真ん前。他の生徒からすれば「運がない」と言いたくなる位置だ。
しかし、誰も悟朗に同情しなかった。「悟朗だから仕方ない」と、納得していた。
悟朗は、常に先生の目の届く場所に置いておく必要が有った。何故ならば、彼は問題児だからだ。
悟朗は、自らを「孤高のフリチンダー」と称して、問題行動ばかり起こしている。
記憶に新しいところでは、一学期の授業参観の際、保護者の前で全裸ダンスを披露している。アホである。
しかしながら、その踊りは(仔細は省くが)実に見事だった。その為、保護者達は悟朗に拍手喝采。だからと言って、お咎めが無いはずもなく。
授業後、悟朗は職員室に呼び出され、学校長を始め、全教員から説教を食らった。
尤も、それで懲りる悟朗ではない。その事実は、他の生徒達も骨身に染みてよく理解していた。
だからこそ、悟朗が立ち上がった際、嫌な予感がした。だからと言って、積極的にかかわろうとする者は皆無だった。
悟朗は皆の視線を浴びながら、スタスタと窓際まで歩いた。その脚が止まった場所は、最後列ひとつ前の席。そこには、眼鏡を掛けた男子生徒が座っていた。
男子生徒は、ぼんやりと窓の外を眺めていた。余程気が抜けているのか、悟朗の接近にも気付いていない様子だった。
その生徒の名は「金田一耕」という。
その名前は、とある名探偵を彷彿とする。その偶然が、全力で一耕に災いした。
一耕は自らを「名探偵」と思い込み、それを自称した。しかしながら、現実は一耕に非情だった。
一耕には、名探偵としての実績は皆無。一耕の推理は、的を外れるどころか異次元の方向を射る。その為、謎を深めるばかり。
その悪癖故に、他の生徒達からは「迷探偵」と呼ばれていた。
問題児と迷探偵。吾郷中学に於いては「最悪」と言えるコンビ。生徒達が覚えた嫌な予感が確信に変わっていた。
衆目が集まる中、悟朗は一耕に話し掛けた。
「一耕」
「ん」
名前を呼ばれて、そこで漸く一耕は悟朗の存在に気付いた。
一耕は、ボンヤリした表情のまま、反射的に悟朗の顔を見た。その視界に映った悟朗の顔に、満面の笑みが浮かんでいた。それを一耕が直感した瞬間、再び悟朗が声を上げた。
「俺、『凄いこと』を思い付いたんだが」
凄いこと。悟朗が言うのだから、きっと「ろくでもないこと」なのだろう。誰もがそう思った。確信していた。それは、一耕も同様だった。
悟朗を見る一耕の眉が不機嫌そうに歪んだ。その反応は、悟朗の視界にも入っていた。
しかし、そんなことを気にする悟朗ではなかった。
「小学校のとき、『大きなノッポの古時計』って、習っただろう?」
大きなノッポの古時計。正確には「大きな古時計」である。十九世紀、アメリカの作曲家が作った民謡だ。
悟朗達は小学二年生の音楽の授業で習っている。その為、居合わせた生徒達の脳内に、件の歌が流れ出した。皆、一字一句違わず諳んじることができた。その最中、教室内に悟朗の声が響き渡った。
「あの『古時計』って、実はお爺さんの――」
悟朗が「続け様に言い放った言葉」が、殆どの生徒達を心底呆れさせた。
「『チムチム(まろやかな表現)』を意味していたんじゃないか?」
悟朗が「それ」を告げた瞬間、教室内に溜息が溢れた。
くっだらねえええええええええええええええっ。
百済の国も吃驚のくだらなさ。殆どの生徒が、「聞くんじゃなかった」「興味を持つんじゃなかった」と、自らの愚行を反省した。ところが、全く別の反応をする生徒がいた。
「それは――有り得るな」
一耕は「ふむ」と頷いた。その反応は、他の生徒にとっては全く意外なものだった。
え? 食い付くの?
一耕の反応を目の当たりにして、生徒達の首が一斉に傾いだ。正直、これ以上悟朗の話を聞く気にはなれなかった。だからと言って、この二人の間に入ろうとする剛の者は皆無だった。皆、後難を恐れて遠巻きに見ていた。
衆目が集まる中、迷探偵の推理が始まった。
「俺の記憶が確かなら、あの時計は『おじいさんが生まれた朝にやってきた』と、なっているよな?」
「ああ、うん。それが――『何か』有るんだな?」
悟朗は一耕の机に両手を着いて、前のめりになった。そこに、迷探偵の口から奇妙な「謎掛け」が飛び出した。
「『やってきた』ところが、実は『たっていた』としたら?」
たっていた。それを聞いた他の生徒達の首が更に傾いだ。悟朗の首も傾いでいた。ところが、悟朗の反応は途中で変わった。
悟朗の目が、「かっ」と擬音を立てて開いた。続け様に一耕に向かって声を上げた。
「もしかして――『朝立ち』か?」
朝立ち。それは、男子の生理現象だ。その言葉を告げた瞬間、大半の女子の顔に渋面が浮かんだ。
無いわ。百年の恋も冷めるわ。
続け様の「下ネタ」である。それを食らって、女子達は心底呆れていた。そんな周囲の反応を他所に、迷探偵はニヤリと会心の笑みを浮かべた。
「ご明察」
一耕は、悟朗に向かってサムズアップした。すると、悟朗は「よしっ」と、会心のガッツ石松ポーズを決めていた。
しかしながら、二人の様子を見る周囲の視線は氷点下だった。
何がご明察だよ。お前らの察しが悪過ぎて吃驚だわ。その小洒落た物言いも、いちいちムカつくわ。
盛り上がる二人を他所に、周囲の空気は冷めきっていた。しかし、察しの悪い二人は、全く無頓着に推理を続けた。
「そうすると、『今はもう動かない』ってのは――『ED』か?」
ED。勃起障害。男としては避けたい事態である。それを告げたところ、迷探偵の首が傾いだ。
「いや、そのときお爺さんは百歳だろう? 加齢が原因だな。『常識』的に考えて」
一耕は、悟朗の推理を否定した。一耕の推理は、悟朗のものより「マシ」といえなくもない。しかし、周囲の生徒達の顔は、どれも渋面ばかり。
お前の口から「常識」と言われてもな?
そもそも、他の生徒達は「お爺さんのチムチム説」に否定的なのだ。それを大真面目に語られたところで、真面な反応を返す気にはなれなかった。
しかし、他の生徒達にとっては残念なことに、この世界には「類は友を呼ぶ」という諺が有る。悟朗達が盛り上がっているところに、一人の生徒が現れた。
その生徒は、悟朗の背後に近付くなり、二人に向かって声を上げた。
「いや、そうとも限らんぞ?」
「「!?」」
悟朗は、咄嗟に振り返った。一耕も、声が上がった方を見た。
悟朗の背後に一人の男子生徒が立っていた。その顔に、気難しげな表情を浮かべながら、右掌で口許を抑えている。その詰襟に付いた校章の隣に「Ⅲ」のマークが付いていた。
中学三年生。悟朗達にとっては上級生だ。「馴染み」と言える者は少ない。
しかし、その生徒は(他の生徒にとっては不幸にして)二人の知己だった。その気難しげな顔を見た瞬間、悟朗達は揃って相手の名前を告げた。
「「『ヤマさん』っ!?」」
ヤマさん。当然ながら、愛称である。
その生徒の名は「山口茂平」という。山口だから「ヤマさん」だ。
突然の上級生の乱入。その異常事態に対して、声を上げる生徒は皆無。皆、全力で目を逸らしていた。
もう、気まずいなんてもんじゃない。
混沌とした空気の中、茂平は気難しげな表情を浮かべたまま、大真面目に自分の推理を披露した。
「仮に、お爺さんが『エルフ』だとしたら――どうだ?」
エルフ。簡潔に言えば「長寿種」である。その言葉を聞いた瞬間、教室内の空気が一層悪化した。誰も彼もが、深海魚のような重苦しい表情を浮かべていた。
しかし、重苦しい深海の中で、明るい声を上げる生徒が、二人解いた。
「エルフっ。それならEDも有り得るのかっ」
「その発想は――うむむ。名探偵の俺にも閃かなかった」
悟朗も、一耕も、茂平に向かって全力で脱帽した。
終に、「お爺さんエルフ説」まで加わってしまった。それを考慮した上で、新たな推理が展開される――はずだった。
ところが、ここで他の生徒達にとって朗報。昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。
「ここまで――だな」
ヤマさんは、クルリと踵を返して教室から去っていった。すると、一耕が悔しそうに歯噛みした。その想いが、彼の口からポロリと洩れた。
「勝ち逃げ――か」
一耕としては、自分が勝つまで推理合戦をしていたい気分だった。その想いは、意外にも悟朗が察していた。
「また、次の機会が有るさ」
悟朗は右手を掲げて、一耕の右肩をポンと敲いた。その瞬間、一耕の口許にシニカルな笑みが浮かんだ。
二人の間に友情が育まれた。微笑ましい青春の一コマ。しかし、それを見詰める他の生徒達の顔は、深海魚のままだった。
え? またやるの? もう、勘弁してくれ。勘弁してくれ。
生徒達の心の声が、教室内のアストラル空間に木霊し続けていた。




