たーたんのおはなし 虹の橋のほとりで
たーたんのおはなし 虹の橋のほとりで
たーたんは目を覚まし、ゆっくりとベッドわきのカーテンをのぞきました。
カーテンレールにはいくつものテルテル坊主が微笑んでいます。
空は青く、雲ひとつない天気。
たーたんは喜び、パジャマのまま玄関のドアを開けました。
外では小鳥とパパが歌い、台所からはお母さんの作る朝ごはんのいい匂いが漂ってきます。
たーたんはパパとお母さんに「おはよう」と挨拶をし、着替え始めました。
鏡に映る自分の全身には、白黒のつややかな毛が生えています。
ズボンのうしろからは、ふさふさの尻尾がおどっていました。
そう、たーたんは犬の男の子です。
パパとお母さんは人間ですが、そんなのは些細なこと。
3人家族はいつも仲良しでした。
パパは歌が上手でおしゃれ。庭をきれいにして花を生けるのが得意です。
お母さんはピアノが上手で、どんな料理も作ってしまいます。
でも...
たーたんにはもうひとり、大切な家族がいました。
それは遠い遠い国で暮らすお兄ちゃん。
喧嘩も仲直りもたくさんした、かけがえのない存在です。
お兄ちゃんのことを考えると、たーたんは少しさみしくなります。
洋服のボタンを留める手が止まったたーたんに、お母さんがやさしく語りかけました。
「きょうはお兄ちゃんを待つために川へ行くんでしょう? お弁当を作るから持っていきなさい」
お弁当――その言葉で、たーたんは元気を取り戻しました。
「うん! お弁当の中身はなあに?」
お母さんは微笑んで、「ひみつ」と答えました。
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たーたんは小さなカバンに、お母さんが作ってくれたお弁当と、雲をこねて固めて作った小さな船を入れます。
あとはパパからもらった帽子をかぶって、元気よくお外に出かけました。
小鳥の雛たちがたーたんに語りかけます。
「きょうも橋にいくの?」
たーたんは答えます。
「そうだよ! お兄ちゃんが来たら迷子にならないようにお出迎えするんだ」
雛たちはたーたんのやさしさをほめて歌をうたいます。
親鳥はたーたんの帽子にとまり、頭をそっと撫でて語りました。
「たーたんはやさしい子だね。でも暗くなる前に帰るんだよ」
「うん!」
たーたんは元気よく返事をして、ふたたび歩き出しました。
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しばらくすると青い屋根のおうちが見えます。
2階の窓からロシアンブルーのおじさんが上品にあいさつをしました。
「ごきげんよう、たーたん。よい朝だね」
たーたんは元気よく答えます。
「おはようございます、おじさま。きょうも素敵な毛並みですね」
その挨拶に満足したように猫はうなずくと、自分の顔をひとなでしました。
「ふむ、今日は一日晴れるようだ。気を付けてね」
たーたんはその言葉に安心し、お礼をいって道を進みました。
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やがてリンゴの木の森に入りました。
この森は一年中リンゴがなっています。
たーたんはお兄ちゃんが来た時のためにリンゴをひとつ木からもらい、歩きだしました。
「兄ちゃんも僕と同じぐらい食いしん坊だから、きっとおなかがすいているはず」
たーたんは昔のことを思い出します。
パパとお母さんとお兄ちゃんと、一緒に暮らしていたころのことです。
たーたんとお兄ちゃんはいつもおやつを半分こしていました。
バターたっぷりのトースト、クラッカーとチーズ、ヨーグルトやアイスクリーム。
全部たーたんの好きな物です。
たーたんの口によだれがいっぱいたまります。
昔はお兄ちゃんが口をふいてくれました。
ヨーグルトで白いひげを作った時には、お兄ちゃんは笑っていました。
喧嘩もしたけれど、悲しい時にはお兄ちゃんが慰めてくれました。
いつも一緒にいてくれたお兄ちゃん。あの時だって最後までそばにいてくれました。
たーたんのキラキラおめめには、いつの間にか涙がたまっていました。
それを振り落とすように、たーたんは走り出します。
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たーたんはもともと羊さんを守る犬です。
走り出したたーたんは風よりはやく森を一気に抜け、草原をかけました。
そうすると、大きな川が見えてきました。
そしてそれを飛び越えるような大きな虹の橋も。
たーたんは足を止めて、お気に入りの場所に腰掛けます。
そこにはとても大きな杉の木がはえていました。
「やぁ、たーたん。今日も来たのかい?」
屋久杉のおばあさんが優しい声でたーたんに話しかけます。
たーたんはうなずきました。
涙の跡を見たおばあさんは慰めるように、自身の根元に花を咲かせました。
それを見たたーたんは目をぬぐい、カバンを開けます。
その手には、雲をこねて固めた小さな船がにぎられていました。
たーたんは話します。
「見て、屋久杉のおばあさん」
「おや、上手に作ったね」
おばあさんの声で優しい風が生まれます。
「僕、兄ちゃんのことを考えてお舟を作ったんだ。川に流したら、兄ちゃんのもとに届くかな?」
たーたんは不安そうにおばあさんに聞きました。
「それはとてもいい考えだね。お空はすべての場所とつながっているからね。たーたんがお兄ちゃんのことを想って作ったのなら、きっと届くさ」
たーたんの不安はその言葉でなくなりました。
「ありがとう、おばあさん」
たーたんは静かに流れる川のほとりに行き、そっと雲で作った船を浮かべます。
それは揺らぐこともなく、雲のようにゆっくり静かに流れに乗って進みだしました。
「どうか兄ちゃんのもとに届きますように」
たーたんは静かに祈りました。
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その姿を屋久杉のおばあさんがそっと見守ります。
「さぁおいで。今日もたーたんのお弁当を見せておくれ」
たーたんは笑顔でこたえます。
「うん! おかあさんのお弁当、たのしみ!」
「あぁそうともそうとも。たーたんのお母さんのお弁当は魔法のようだからねぇ。見るだけで美味しさがわかるよ」
屋久杉のおばあさんがたーたんのために根を伸ばし、椅子を作ってくれました。
虹の橋が見える特等席です。
たーたんはお弁当のふたを静かに開けます。
そこにはたーたんの好きなおかずと、お兄ちゃんの好きなおかずが入っていました。
たーたんはうれしくなりました。
そして今日もしずかに、お兄ちゃんを待ちます。
虹の橋のすぐそばで――半分のお弁当をもちながら。
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あくびをしながら通勤電車に乗る。
窓から変わらない景色を眺めていると、ふと空を見上げた。
そこには弟にそっくりな雲が浮かんでいた。
彼は昔のように、大空を元気に走っていた。
このお話は、私にとって大切な家族、そして愛犬との思い出を重ねながら書いた童話です。
もう会えなくなってしまった存在も、心のなかではきっと「虹の橋のほとり」で待っていてくれている。
そう思うと、不思議とさみしさがやわらいでいきます。
読む方によって、思い浮かべる「誰か」は違うかもしれません。
けれど、この物語が少しでも、懐かしいぬくもりややさしい気持ちを思い出すきっかけになれば、とても幸いです。