第一章 World.2 クライス、現実と現実
今日はあの感謝しつつも恨めしい、というか腹の底が良く見えないウォーチェンに、聞かなければならないことが一つある。
「あのな、ウォーチェン」
「・・・」
「あああ“、あのな、ウォーチェンよ」
「よー少年!」
「『ん』で終わられたら続かねーじゃねーか。お前昨日」
「うん」
「だからぁ、、」
こいつには返す気がなさそうだ。
「今日の5:30にノアが来るとかほざきやがったが、あの子もう5:00にいたぞ!何を図ったこのガキ!」
朝っぱらからの約10歳差の戯れはとても見られる画ではない。
「気づいてるのかと思ったぜ。そんな恋する少年にとって大事な情報をひねらず渡すと思ったか」
「可能性に賭けてた」
「大層な信用があるみたいで嬉しいわ」
「忘れない、次こそちゃんと教えてくれよ」
「はいはい、わかったよ、坊っちゃん」
“しりとり“は終わったのか。
「坊っちゃん呼ばわりやめろ。」
《人物紹介》
ウォーチェン(38) 世界列学研究者 コロベル王立世界センター所属
しりとりが大好きなアラフォー研究員。元々世界生成室所属であったが、今は世界列学に配属されている。アラサーなだけあって、不器用なクライスの、ノアへの恋は応援しつつも自身で楽しんでしまっている。
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「あ、ガキって言ったことは取り消せよ」
「じゃあお前どうやって答える気だったんだよ」
「魔法でお前を燃やしてたかな」
「冗談でもやめろ」
朝から高等な”しりとりコミュニケーション”は何年経っても疲れる。ただノアの情報くれるのには、感謝しかない。
「で、お前今朝どうだったんだ?ノアと何話してたんだよ」
「何もあるか、大したこと話してないよ」
「お前自分で言ってて悲しくならないのかそれ、あんなに、ねぇ」
ウォーチェンは頭の中に、一つ赤く染まった顔、一つ横日に照らされた赤髪のノアを映した。
「なんかお前の口調さっきから気になるんだが、まさかお前」
クライスは腰から白い魔法石のネックレスを出して、自分の首に巻いた。ウォーチェンは、両手を張り上げて降参している。
「そりゃ見ちゃうだろ、こっちの気持ちもわかって!!ねぇお願いだから!」
ウォーチェンはノアと僕が話しているのかを覗き見ていたことを自白したのだった。
===世界センターにて===
「お前さっきからそっちばっか見て、そっちはニ世代第七世界の研究だろう。どうせ何が出てくるのすらわからないだろ」
僕は眉間にシワを寄せた。
ノア、あいつがなんで第七配属なんだろうか。僕のいる第三配属もいいくらいの脳を持ち合わせているだろう。
「何そんなキレてるんだよクライス。ナニ?あのお嬢が第七配属なのが気に入らないって?そうだなあそこの下の世界はどんどん潰れていってるもんな。この国からも見逃された世界と言っても過言は無い」
僕の思っていることをちゃんとわかってくれているようだ。
「でもな、配属を決めるのはコロベル王だ。お前一人でどうこうできる問題じゃない」
やはりそう言われるか。そうだな、結局は王の勝手で決まってしまう。
世界は複数ある。コロベルの世界の下に何千という数の世界が、樹形図のように連なっているのだ。
クライスが研究する世界列学の根本は、自分のいる世界の上の世界の人たちは、何をもってこの世界を創られたのかを探究することである。
その中で、第七世界の崩壊は、第三世界の消失と共通点が多く、今後の崩壊に向けた予測もついているので、配属先としては大変皮肉深い。
「各自研究室で作業を進めよ!上の世界を見るために!」
世界センターの朝礼が終わった。
===第三世界の研究室にて===
僕の研究室は、消失した第三世界の研究だ。荒廃した世界には何が残るのか、荒廃した世界に現れる試練とやらはあるのだろうか。そういうことを研究する世界研究室だ。
世界はいずれ消失する、下の世界から。下の世界から荒廃していき、最終的に上の世界が消失していく。
ノアの研究室の第七世界は、いずれ消失すると見られている。よって今更それを観察している第七世界研究室は用無しと思われていると言う仕組みだ。
ノアの賢い頭を、なぜ王が丸め込んでしまうのか、クライスは疑問に思いつつ、憤怒した。
さて、研究室には、ウォーチェンと僕、助手のリアナ・クレスタと、ファーマリー・リンドルの4人がいる。
《人物紹介》
リアナ・クレスタ(16) コロベル王立世界センター第三世界研究室助手
かなり活発な女の子。助手として第三世界研究の手助けをしている。賢いところと抜けてるところを持ち合わせている。
ファーマリー・リンドル(24) コロベル王立世界センター第三世界研究室助手
ウォーチェンの旧友。ウォーチェンが世界生成室配属だった時からの同僚。動物がとにかく大好きであり、研究室にまで密輸するほどである。
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「おい、リアナ、何をコソコソ話している」
ウォーチェンはリアナとファーマリーのコソコソ話に興味津々である。
「だって今日のクライスくん陰気臭いにも程がありますよ!」
クライスの周りには本当の意味で黒い雨が降っている。いずれ体まで溶けてしまいそうだ。
「おいクライス、お前がいるとこの部屋か湿気てくるわ!これじゃ俺の可愛いクモちゃんがイラついて、ずっと体舐めてんだ。集中しろボケ!」
「猫になんで蜘蛛なんて名前つけてんだよ、ファーマリーこそ前のコラはどうしたんだよ。てか研究室に動物平気な顔して持ち込んでんじゃねーよ」
「コラなら今家でキャットフード貪ってるよ。別にいいだろうが連れてきて!」
「俺は監視室にいるよ。監視室に湿気に怯えたどっかの猫さんが来たら困るからな」
「ああ、本当にムカつくヤツだぜ」
朝から元気なクライスとファーマリーであった。
ただ、陰気くさくなっている理由は、単にノアが第七世界配属なのが気に入らないというだけではない。今日に限った理由がある。
今日は嫌な日だ。
「今日あのクソジジイくるらしい、全く突然にも程があるだろう」
クライスは部屋の圧力を高める。
「ちゃんと仕事しないとだな。猫なんかもってのほかだぞ。ちゃんと隠しておけよ」
「はいはい、わかったよ先輩」
ファーマリーの野郎、僕の話は全くもって耳に入れないくせに、ウォーチェンの話なら聞くのか。
突然ドアのノック音が聞こえた。
「あの野郎もう来やがった!クモ隠さなきゃじゃねーか。先輩、時間稼ぎ頼む!」
「そんな無理言うなよ!リアナ、よろしく」
「なんで私なんですか?クライスくんお願いします!」
「僕にそんなコミュ力があるとでも?笑わせないでくれ。1番慌てる暇のあるファーマリーがやるべきだよ」
「慌ててるのは暇がないからなんだよ。その天才脳で考えてみろ!と言うわけで、先輩よろしく!」
ファーマリーの手によって、時間稼ぎ担当が周回してしまった。
「おはよう」
「クソジジイ入ってきたーー!早い!早過ぎる!」
研究室丸ごと、全員が一気にぶっ飛ぶ。
「時間がないなら仕方がない。『年の功』だなんだとこのタイミングで言うのは癪だが。なんとかしてやる。あとで一発殴らせろ!」
「なんでだよ」
一周回ってウォーチェンが時間稼ぎをするハメになったのだった。
「おはよう第三世界研究室の皆様」
「ちょっとお待ちください!まだ部屋がとっ散らかっておりますので、少し世間話でもいかがでしょう?」
そのような経緯で研究室に一応の整理がついた頃合いに、王の側近、つまりご機嫌取りの対象、が入ってきた。
あのジジイ、観察機器にしか興味がないみたいだ。
「この新しく導入した世界観察機の調子はどうですか、操作には慣れてきた頃合いでしょうか?」
「はい、おかげさまで。こんなもの、おっと、この様なものを導入してくださって感謝の言葉すらございませんよ。かなり、いやたまにですね複雑な手順を踏まなければならないものもありますが、それ以外は素晴らしいものです」
あのいっつも文句ばかりのウォーチェンが徹底的に自分を隠そうとしている・・。ちょっと漏れ出てるけど。
でも確かにあの機械は本当に使いずらい。何に使うのかわからないボタンがいっぱいある。解像度が高いのはいいとして、操作性が下がれば研究だって進まなくなるのに。
とその時、おじいさんが床に落ちていた潤滑油に足を滑らせた。
「大丈夫ですか、お身体なんの異常もございませんか?」
あのお爺さん下見えてないのか。転びそうだったとしても、あれほど気安く機械に触れるなんて。あとで異常がないか調べておくか。
「ああ大丈夫です。感謝しております。国王様にこのことご報告させていただきます。おそらくなんかしらのご恩をいただけることでしょう、ありがとう」
正直感謝している様には見えないが、王の御恩をくださるかもしれないのなら、まあ良いか。
「ところで、第三世界の滅んだあと何か特別な変化はあったのですか」
「いいえ、今のところ特に目立った変化はございませんよ」
「そうですか。なにしろ第三世界をお作りになったのは、のちに魔力の暴走によって魔女ヤフエとなられた、先代の王妃様でありますからね。相当な変な物を仕込んでいても不思議はない。心して観察してくださいと言うのが、国王様のお言葉でございます。ぜひ報いのある結果をお待ちしております」
「承りました」
全員に言う義務があるような、小難しい時間が過ぎた。
「はあ、みんなでコーヒーでも飲みながら、少し息抜きでもするかー」
この接待の最大の功労者である、ウォーチェンは息を大きく吸ってから吐いた。
「なんで助けてすぐに、王の感謝とか言い出したのかが本当に不思議だ。掴めない。」
ファーマリーは続けて悪態をつく。
「あ、その話で思い出した。ちょっとあの機械の点検だけしてくるよ」
「気をつけてねー」
「ああ」
リアナの心配は時に救いに、時に杞憂に終わる。
(まあ大体後者なんだがな・・・・)
点検をしに向かうと、盛大にこけた。ジジイが滑った後、潤滑油の掃除していなかった。
「このレバーも、配線も大丈夫そうだ」
特に異常はなかった。いつも通り起動ボタンを押して再起動する。
すると突然紫色の閃光が辺りを包み、僕は意識を手放した。残念ながら、最悪なコロベルの朝が来た。
目覚めると僕は石の敷かれていない道のうえで、横たわっていた。
「大丈夫、おじさんこの子知ってる?」
「る?・・・ルビー色の目をしているわけではなさそうだ。クロネとは違うみたいだな」
13歳くらいの黄色い髪の女の子と、髭を生やしたおっちゃんが、僕の、いや、俺の周りにいた。不思議な目つきをしながら。
「こ、ここはどこなんだ」
どうやら俺の声は聞こえない。