第一章 World.15 怪我人集団、村を歩く
「いやちょっと待ってください?行商人が明後日来ると?」
レドルアはそれはもう大きく開いた口が塞がらない。
「突然のお知らせで、こっちもバタバタよ!」
レドルアの傷はだいぶ改善し、心配はあまりなくても良い状態である。体力の方の回復にはまだ時間を要するが。
一方、俺の傷は魔力による爛れなので、簡単には治らない。レンナと腕を強制的に繋がれている状況はそのためである。
体力は「火のないところに煙は立たず」、あまり変化はない。相変わらずのヘボな体力である。
加えてレンナも、常に俺のために治癒魔法を当て続けると言う、荒技に出ているので、疲れはかなり溜まっているだろう。
「じゃ、うちはおっちゃんとここで掃除とか虫退治とかしておくから、レンナ、クライス、レドルアは食べ物とか取りに行ってきて!」
無邪気に揺れる黄色い髪は、一つの邪悪な解を導いた。怪我人三人を外で働く担当、健康な二人を屋内担当、そしてそのうち一人は怪物並みの力持ち。
「テキトーに分けるな!怪我人集めて外担当なんて、非効率的すぎるだろう!」
そんなことを俺が一生懸命言ってる間に、ハルカはおっちゃんと一緒に箒を持って、掃除しに行った。
「鬱陶しがられますよ、ハルカに。俺みたいに」
レドルアが半泣きでそんなことを言う。
「憎まれ口でも叩かれたの?そんな卑屈になって」
レンナの
「ていうか、お前が鬱陶しがられてる理由は、俺みたいな変に理屈的だからではないだろう。一言目で無免許精霊師とか言ったからだからだ」
「だって、無免許だし」
レドルアはムッとする
いやまあそうだけどね!
「しかしそれを言うと俺もレンナも無免許だぞ。俺なんか免許の取り方すら知らない」
「嫌ね。私だってとってるんだから免許くらい」
え、レンナは免許持ちの正式な魔法使いなのか?
「ほら、一級魔法使い。さすがに特級ではないけどね。特級なんてほぼ魔女レベルだから。」
レンナはそう言って、胸ポケットにあった免許証を自慢げに見せびらかす。
魔術の特級は魔女レベルなのだとしたら、レドルアは一体何者なんだ。
「まあ、外で食べ物とってこよう!今労力は二人分も同然!ちゃっちゃと行こう」
レンナと俺の腕が繋がっており、且つ全員の体力が落ちている。
そして今はほぼ正午、快晴。そしてテリテテ村は砂漠のオアシス地帯。抜群に熱い日時と場所が揃っている。
ただ明日はどうやら時間がないみたいだ。その理由は明日わかるだろう。だから、行商がやってくる四日間分の食べ物を、今日中、つまり日が落ちるまでの三時間弱の間に、全て用意することが必要なのである。
「腕にこれを持っててください」
レドルアは俺に大きめの、折りたたみ式のいわゆる農家さんが持っているような箱を渡した。
レンナはレドルアに続ける。
「いっぱいそこに食べ物はいるから、ちゃんと持ってて」
その命令の迅速さに、俺の下手な“しりとりコミュニケーション”が入るわけもなかった。
俺=レンナ複合体と、レドルアで、レンナが魔法を使いながら、雨を降らすことで、食べ物を育てているという畑に向かう。
戦いではなく、ちゃんと日常の範疇で外に出る初めての機に、少し心が躍る。レンナと腕が鎖で繋がっていたり、レドルアが疲れ切っていたり、色々変なところがあるが、この世界に来て一番まともである。
(そういえば、まだこれって転移後二日目なんだな・・・・)
転移当日に疑いをかけられ、黒猫と突然会い、そのまま夜を越してしまった。感覚ではもう三日は過ごした気分だ。ただ、あの黒猫との戦いのおかげで、親交度は急激に高まったことには少し感謝をしていたり。
この鎖が外れたら、傷が治ったら、護身術くらい身につけてみるかな。こんな調子でずっと治療されるなんて申し訳ないし、自分の身は自分で守らなければ、この先世界を超えて、一世代世界へと向かうときの大きな支障になるう。
「丁寧に積まれてる家の石がすごく綺麗だ」
砂漠のオアシスにあるテリテテ村は、白い石を使った建物がたくさんあることで、日光を等しく反射している。そして村の周りには、かなり生い茂ったヒカリダケの森がある。砂漠に森があると言うのは随分と変な話な気もするが、おそらく水が豊富なオアシスなのだろう。ただ天気の方は地獄のようだ
「だよね。村にある新めの家に使われてる石の、半分はくらいは行商人が積んできたやつで、残り半分は、ムスカル爺やが採掘してきたものなんだってよ!」
レンナのうんちくは初めて聞く。
「よくそんな掘れるな。バケモノだってあのおっちゃん。納得だよ、筋肉量がすごいのも」
「もうそんなバケモノなんて言わないの、あれでも、ハルカの面倒ちゃんと見てるいいお父さんなんだから。いつから何をしたら、あんな量の筋肉になるのかが不思議なのは、私も一緒だけれど」
「どう考えてもあの人の筋肉量は凄まじすぎますね。私の剣でさえ刺さらないんじゃないかと思うほどです」
「すると、お前がどうやって攻略するのか気になるな。精霊術か?・・・・あ」
「あ、気づきましたね。霊司力抑制の魔法【デクリッシュ】の使い手の話です。自信なかったんですけど、これが面白い結論に落ち着きまして」
「っていうとどんな?」
「なんと黒猫討伐後に解除されているんですよ。おそらく黒猫の仕業の可能性が高いです」
「すなわち、黒猫は、ハルカには発動せずに、レドルアだけを狙ったってことになるな」
「なんでそんな曲がりくねったことをする必要があったのかは、全くもって存じ上げません。とりあえず、霊司力も元通りなので、かなり気は楽ですよ」
「よかったな。こっちまで心配したんだ」
「だって防御のしようが無くて、傷負って。クライスもハルカも治癒の術を打ち続けてくれて、感謝しなさい、レドルア」
お姉ちゃんの圧迫には弟は勝てないよな。どんまい、レドルア。
「ありがとうございました。私用でもう突っ走ったりはしませんよ。特級精霊師なのでね」
村は俺が思っていたより、かなり大きく、子供達が行商人が来るぞとはしゃいでいる。大人はどんなおもてなしをできるかを、隣人や友人などと話しているようだ。
どの世界であっても、大人は無邪気には遊べないし、無邪気に物事は見れない。無邪気と言うのは同時に危険なことだと、思い込んでしまっているが、無邪気に遊ぶ欲を抑えている方が、よほど危険だと思うのに。
「哀れだな・・・・俺の」
「え?なんか言った?」
「大したことないよ、ごめん。俺の独り言だ」
少し父の顔が浮かんだだけだから。あんな父は思い出さなくていい。
村の子供達は楽しそうに話す。
「みてみてレンナ姉さんとあの髪ボッサボサの変な人!」
「とても短い鎖で繋がれてるみたいだね」
「ねえねぇあれなんて言うか知ってる、みんな?」
「何も知らない」
「いいよ教えてあげる。『手錠』って言うんだって!」
おいおい、どんなデマ流してるんだこいつらは!俺逮捕されてないし、そもそも罪も犯してない!
レンナとの昼寝は永久の罪であるが、まあいい。
「お姉ちゃん、悪者捕まえたの?その『手錠』ってやつ悪者につけるものなんだろ?聞いたぞ」
ガキごときが何を申しつける。
「そんなことないよ。これ手錠じゃないし。この髪ボッサボサの人は、確かに私の邪魔だけど、怪我を治しているだけなのよ」
「よかった、村に悪い人がいなくて。兄ちゃんずるいな、ずっと一緒なんていいな」
な訳ないだろ!こっちは昼寝でさえ一人で取れないんだ!
と言いたいところだが、それがバレると色々面倒なことになる。色々とは色々だ。
「なんて俺は幸せなんだろうな。ありがたいね、レンナ姉ちゃんは」
「・・・・!、はい!」
子供達も大賛成。最適解だろう。今レンナの恥晒しをすると、治療を止められる可能性もあるので保留だ。ならば、逆に有頂天にしておこう。