第一章 World.13 レンナ、黒い金具
全員でいただきますを言った。ずっと一人でご飯は食べてくることが多かったので、少し心が潤うところだ。だったはずなのだが、
「すごい邪魔だなあ!なんとかならないのかよ」
利き手である爛れた右腕には、鎖のような金具でレンナに繋がれ、レンナの左腕からずっと強い【トリーテ】を照射され続けている。
「良くなるためには必要なの。クライスのその爛れた右腕、昔の私と同じじゃない。放っておけないでしょう」
この人に何を言っても、少なくとも今日の夜までは我慢しないといけないらしい。
すると横からレドルアがコソコソと話しかけてきた。
「ずいぶん遊ばれてますね。姉は、私のせいでずっと子供らしいことできなかったので、遊び相手ができて嬉しくなってるんです」
鎖で繋がれるのが子供らしいことなのか。何だか治安が悪い。
「すごい迷惑だよ。遊び相手って言ったって俺はレンナの八歳下だぞ、遊び相手になるのかな」
俺の純粋な疑問に、レドルアは結構頷く。レドルアも不思議そうにこの金具をじっと見る。
「なるんでしょう。まああの人の精神年齢おそらく十九歳くらいで止まっているので、実質二歳差みたいな感覚なんじゃないですか」
「勝手な感覚だけで人をおもちゃにしないでいただきたいね」
「ねぇちょっと何コソコソ話してんの?」
飛び込んできたのはレンナだった。ここは誤魔化さなければ、この話はほぼレンナへの愚痴としか捉えようがない。
「ノーノー、何も関係ないよ。レンナ、心配ない」
レドルアはクライスのキャラのハマりの悪い芝居と、大体路地裏にいる治安の悪い借金男たちみたいな話し方に、大きく頭を抱える。
レンナは特に気にせずご飯を食べ始める。
「いやまあ、そういうことなので。あの金具を取り付けられちゃった今、もう回避の余地はありませんから。鎖生活『存分に楽しんでください』」
「いやどうやって楽しむってんだ」
「だけど、村人たちに言わせれば、これとないほど幸福かと言うほどの、ご褒美とのことなので、『存分に楽しんでください』」
二度も言わなくて良いだろう。
回避の余地はありませんだなんて、何されても何かと金具を理由にされると言うことだ。そんな危ないことがあって大丈夫なのだろうか。
クライスは天を見上げる。
ノアはくしゃみをする。
「大丈夫かノア、記入用紙汚すなよ」
「大丈夫ですよウォーチェン、汚すのはお茶こぼした時だけです」
「お茶でもこぼすな!ここ研究室だぞ」
「猫のうろちょろしてる研究室って、どこにあるんですか」
「ここにあるんだよ。クライスが今いないんだからちゃんと働けよな」
「働いてるでしょ?!全く文句が多いんだから」
ノアは失踪したクライスの穴埋めとして、無許可でウォーチェンに呼び出され、時たま第三配属へ手伝いをしに行っていた。
俺はレドルアに、金具を外すようレンナに打診することを打診する。もう無茶苦茶だ。
「いやそんな無責任なこと言うなって!お前が言えばなんとかなるかもしれない、打診してほしい」
「いいえ、私は姉の遊びを邪魔したくはありませんので、ここで失礼させていただきます。あの人結構おっかないですからね」
唯一の頼みの綱だったレドルアに、かなり濃度の高い塩対応を受けた。レンナは本当におっかないみたいだ。変に刺激しないでおこう。
希望、一瞬にして喪失。これはつまりノアの激怒と同意である。
ノアはもう一度くしゃみする。
「お前風邪引いてんのか」
「いいえ大丈夫です。ウォーチェン」
クライスはまだ分かっていない。全員が、本当にレンナがおっかなすぎて、打診したくないのではない。 レンナに振り回されているクライスを見るのが、レドルア、おっちゃん(、ハルカ)にとっての純度の高い娯楽になっているのである。
「さて、みなさん昨日の夕食兼今日の朝食はネギの肉巻きですね、昨日は私たちが夜食になりかけて、今日も時間なかったし、左腕にお邪魔虫がついていたもので、手抜きになっちゃいました!」
お邪魔虫とは心外だ。こっちから言わせれば、情緒のおかしいのレンナの対処は、お邪魔虫以外の何者でもない。
ご飯食べるにもついてくる。移動するにもついてくる。逆もまた然りだ
ただレンナの作る料理はかなり美味だ。調理中の手捌きから見えていたが、かなり手慣れている。レドルアの親代わりだっただけはあるだろう。
俺は家庭科の成績は平均以下なので、そもそも話にすらならない。ピーラーで野菜の皮でなく、手の皮を剥くばかりだ。
俺に少しでも家庭科の才能があれば、お邪魔虫ではなかったのかもしれないが、むしろお邪魔虫で好都合。このまま共同作業ばっかりして、いつかノアにでも知られた日には、俺の首があることすら保証できない。もちろん社会的な意味である。
「「「「「ごちそうさま!」」」」」
皆がご飯を食べ終わった。
ただ皆にはしなければならないことがある。
『昼寝』だ。
もちろん昨日の夜は黒猫で、睡眠どころの話ではなかった。夜が更けて明けて影も短くなってきた。睡眠不足で頭が回っていない。
ただ誰が皿を洗うかダービーは意に反して行われる。
「まあ、眠たいから布団行ってくる。おやすみ」
先陣を切ったのはハルカだ。
「みっともない。皿ぐらいかたしてから寝室行きーや」
拒んだのはおっちゃん。これは熾烈な争いだ
「やらなくてもいいよみんな。俺が皿洗いしとく」
そう言ったのはクライス。みんなはそれ聞いてすぐに寝室へ駆け込んだ。
せっかくのダービーを台無しにした上に、ただ1人だけ帰れない者がいる。
「クッソ、なんてこと言うのよ!せっかく皿洗いせずに済むと思ったのに!」
レンナの口が暴力映画でも見た後かのようになっている。
「にしても、何でそんなに嫌がる」
皿を殺菌し汚れを落とす魔法「【ラッセンブル】」
皿はものの見事にピカピカになる。
「あとは片付けるだけだ」
「だけ?それだけなの?それ本当に綺麗?」
「いくつ見ても、汚れなんてついてないだろう」
「うわ、知らなかったこんな便利な魔法。あとで教えて」
レンナの圧が強い。機嫌も悪い。ただ随分と熱心な顔をするので、少し嫌がらせをすることにした。
「手の傷を今日中に治してくれたら、教えよう」
「うざったいその顔をできるのも今のうち。ちゃんと治すわ」
「笑える余裕があるなんて、眠いので俺もベッドに」
に・・・・?
俺はとんでもないことに気づいてしまった。
「どうするんだよ、この金具!外せないのか?」
「簡単にはできないようになってるの。それは、あんまり話してなかったけど、治ったかどうかを勝手に判断してくれる、便利な魔法道具でね。治ったら解放してくれるし、治るまでは治療者の腕に繋がれたまま解けない」
軟禁道具って言ってくれる方がまだ理解が簡単なんだが。
「いくらなんでもそんなの不自由だろうが」
「必ずしもそうではなくて。戦場で治癒師が無駄なく働くために、治ったらすぐに出ていってもらう必要があった」
「だとしても短すぎるだろう」
「うーんとこれは、短いのしか手に入れられなかっただけ。戦場のやつはもっと長くて、治癒魔法を遠くの人にも飛ばすことができる画期的な道具なんだよ」
「よりにもよって、ここまで短いのなんて。逆にレアだとでも?」
「もってのほかだよ。行商人からもらった、壊れた鎖の健全な部分だけを、小さい頃、私が繋ぎ直したんだ!」
これは粗悪な修正品というわけか。通りで使い回しの悪いわけだ。
「だとしても外せないのは便利とは言えない。本当に外せないのか?」
「解除するには、おそらく二晩はかかるよ」
「より長くなってるじゃないか」
他になんの方法もないのなら、俺はどのように睡眠を取れば。
「どうやって寝ようか」
「簡単よ。ベッドで横になればいい」
そんなことは言われる前から、全ての世界の誰もが知っている。
「いや、あなたはどうするんだよ」
「横にいるし」
俺の頭は処理能力がなくなってしまった。