第一章 World.11 レンナ、夜の終わりと共に泣く
天を仰ぐことしかできなかった俺は、しばらくじっとしていた。膝を崩したレンナは、大きく息を吸った後、ハルカに連れて行かれたレドルアの背中を見た後、こっちに来た。
「一旦帰りましょうか」
レンナは俺の手を引っ張り、家へと歩き出した。俺にはそんなことは考える余地もなかった。
レンナは心配そうにクライスのことを見るが、クライスの意識も目も明後日の方向である。
クライスをとりあえず寝かせてあげないと、レンナはそう思う。鎧包の剣士はこの状況を放ったまま、何処かへ消えてしまったので、クライスを牽引できるのは、レドルアと同じ赤髪の姉だけである。
レドルアとハルカが家に着くと、そこには黒猫が来た時に消された家が復活していた。どうやら黒猫は倒せたみたいだと、肩の荷を下ろすのだった。
「すみませんハルカ、私の傷、開いてませんか」
「か、・・・・!かなり開いてるじゃんか!すぐベットで横になれ、今日中に治すんだろ。今日は晩まで治療だぞ」
「そうですか、もう夜は明けるんですね」
「ね、じゃねーよ。さっきまで目の前に明るい空が見えてただろ!」
朝焼けした空から日が登ってくるころ、クライスとレンナも家に到着した。
「家が復活してる。レドルアはちゃんと治療できているのかな」
「なんとまあ、レドルアの心配ですか?弟なら大丈夫です。あなたのその体もなかなか重症ですよ」
「よかった、あいつ俺のせいで傷開いてないか心配で。俺はそんな大した怪我してないです」
「すごいですね、あんなことされてよく心配できますよ。あれは弟と私の責任です、ごめんなさい。そして、あなたの怪我も結構なものですよ。自分だけへっちゃら感出さないでください」
俺そんな酷い傷、負った覚えがないんだが。何を言っているんだ。
「いや、どこを怪我してると言うんですか?」
「か?ってまさか自分で気づいていないんですか?!私が掴んでるところですよ、ずっと【トリーテ】かけてたのに・・・・」
俺の腕や手が、業火の中で放置したかのように、爛れている。一体何があったんだ。
「クライスさん、あなた魔力使ったのいつぶりですか?久しぶりの魔力負担で、腕が爛れてるんです。あなたも一日中治療ですよ」
なんかノアと、似たような喋り方をする。赤髪だから余計だ。
「よろしくお願いします」
「すぐに治るといいですね。今日は少なくともずっと治療です」
俺はベッドで横になる。腕を治療のためにレンナに掴まれたまま、動けない。
「弟が本当に申し訳ないです。クライスさんはなんも悪くないんですからね。誤解しないでください」
「いや、俺が無神経に干渉したからですよ。こちらこそ、ごめんなさい」
「いいえ〜、あの子があなたにちゃんと説明しないせいです。この際なのでお話ししますよ」
「よろしくお願いします」
「少し前、いや結構前の話です。もともと私は、小さい頃の経験から魔術に関してトラウマを抱えていたんです。そうだったのですが、西方精神教事件の時に私が強力な魔術をいきなり発動させてしまって。精神教の人たちを追い払うことはできたのですが、その後の反動で、中程度の魔力暴走が起きたんです」
「少しいいですか?魔力暴走ってのはなんですか?」
「回答するまでもありません。何しろあなたが今それを実体験しているんですから」
まさかこの腕のことか。
「その腕は、長年魔力を使っていなかったのに、突然魔力を込めたので、少し暴走して、爛れてるんです。全く基礎的な魔法でよかったですよ」
「要するに、俺ももっと強い魔法使えていたなら、レドルアにトラウマを負わせるほどの魔力暴走を起こしていたと、そういうことですか?」
「完璧です。それから私は治療を受けて、二度とそのようなことが起きないように、こまめに魔力を使うようにしてます」
レドルアはレンナが魔力を十四年間使っていないみたいなこと言っていた。
「少しレドルアと食い違っていませんか。レドルアは十四年間魔法を使った形跡がないって言ってました」
「ったくあいつは。あの子私の魔力暴走で、私のことを怖がってるんですよ。見たらわかります、この部屋に入ってきた時、青ざめた顔してましたからね。
ただ、さすがに魔力の使用経歴くらいはちゃんと見て欲しかったですよ」
「横でその顔を見ていて、俺が事情を聞いてみても、レドルアはむっつりで全然話してくれませんでした」
「多分あの子は、素性をあんまり人に知られたくタチみたいなので、こっちがしつこく話を持ち掛ければ、レドルアは答えるようになると思いますよ」
ちょうどその頃窓から、この世界で初めての朝日が差し込んだ。
「素晴らしい景色ですね。日の光が砂漠に差し込んで、綺麗な乱反射を起こしている。眩しすぎて、俺にはそぐわない。見るならあの人と一緒でなきゃ、ダメなんだよな」
あれ、何故涙が出る。ああそうか、今日はノアと朝日を見るのを約束した日。橙の空と藍の空、赤の髪が、世界で一番共創的で、極めて刹那的な美を生み出す瞬間を見れたはずの日。
今日があの人との初めての約束だったのに、こんな形で裏切って。
「なんか、私と同じ顔をしてて、少し嬉しい」
「一体これの何が嬉しいん・・・・」
レンナが、俺と同じ萎んだ顔で、目から水を丁寧に一滴一滴垂らしていた。
「いや、別に俺はあなたを泣かせたくて泣いているわけじゃないんだ!」
なぜ泣く、なぜ俺が泣いたら他人まで泣く。
「だからよ!過去の私と同じ理由であなたも泣いている気がして。随分とそっくりな泣き顔をするものだから、こっちまでなんか思い出しちゃって、ごめんなさい、今治療中なのに」
私は一瞬元の世界に戻ったのかと錯覚した。
「似てる」
「る?なんか顔についてますか?」
「関係ない。俺の話だから気にしないで」
ーー赤髪の泣き顔、あれは俺の一目惚れ、初めてノアと会った時に彼女が見せた顔だ。
赤髪の女性は涙を手で拭った後、一息吐いてこう言う。
「できすぎた話ですが、もし通信も取れない大事な人と、今あったら、何をしますか」
「簡単だ。朝日を見よう」
「簡単。 朝日を見よう」
「うん、やっぱりそうだよね。だから同じ顔してるんだ。こんな人生嫌だと、これまで思ってきたけど、『神様』は意地悪をしているのか、嫌味なエンターテイナーなのか、私はいつか知りたい」
レドルアもレンナも、小さい頃に何らかの理由で家族が引き離された経験を持っている。人生が嫌になるのも当然と言えば当然だ。
「いつも俺はそれを調べていたんですよ。ここから離れた遠い場所で」
「では、結果が出た時は教えてもらいましょう!」
決してこれは偶然なんかではないと思いたい。違う世界にいても、朝日を共に見たい相手を思い、同じ涙を流すのは、前から神様が決めていたことなのだろうか。だとしたら神様はなんと美しいドラマを作るのだろう。
「さあ、ずっと涙を垂れ流してても仕方ない!あのバカ弟の顔でも見に行ってやるか」
この人は感情の入れ替えが早い。もう少し共通を見つけたという感傷に浸らせて欲しかったが、クヨクヨしていても意味はないということかな。
「彼に会いに行こう」
「う〜んと、その前に一つ言っておかないといけないことがあって」
「って言うとなにが?」
突然乙女な声をするレンナは、十代の青少年にはちいとばかしキツい要求をしてきた。
「金具」
「黒いこれですか?腕についてるやつ」
「繋がってるんですよ、私の腕と」
いつの間に鎖を繋がれたんだ、軽く軟禁じゃないか。
「治療のために、私とあなたの腕は、離してはいけない。つまりそう言うこと!私も繋ぎたくて繋いでるわけではない!」
「いやこれいつまでつけないといけないんだ?」
「だいたい今日中で外せるように治療頑張るね」
こんなのノアが知ったら
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「ねえ何してるんですか、クライスさん」
「ええっとこれは、仕方なかったことで。あれをしなかったら、死んでたかもなんです!」
「へーそーなのー、へー」
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もし仮に付き合っていたとして、有数の仲良しだったとしても、確実に嫌われる・・・・。
アホになった俺にレンナは容赦など、極限をとっても存在しない。
「レドルアに会いに行こう!」