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神、降臨  作者: 楼陽
第一章 『砂漠色の遊戯』
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第一章 World.10 クライス、でき得ない頬の傷

 鎧包の剣士は俺にレドルアを連れて森を出ろと言った。その意味がやっとわかった。


 鎧包の剣士が斬り落とした黒猫の首から、大量の魔力が爆弾のみたいに周囲に撒かれて、竜巻のようになっている。


 レンナも、氷の鎌を打つのはやめたようだが、代わりにすごいものが飛んできた。あれは、大きな氷の塊な事で。レンナさんまさかあんなに戦えるとは。


 鎧包の剣士の居場所が知りたいが、名前がわからない。あいつはいつかもう一度会いにくると言ったが、俺の名前すらわからないあいつが、どうやってくると言うのだろうか。


 おそらくレドルアの知人と思われるので、元気になったらレドルアに聞こう。


 大きな氷塊は紫色した黒猫の魔力をみるみる吸い取り、果てには、ドス黒い紫色の魔法石のようなものができた。


 黒猫は体を保持する魔力を失ったので、ここからは見えなくなってしまった。ちゃんと倒せたことを祈ろう。今更戦えるような戦力をこちらも保持していない。


「レドルア、お前大丈夫か」

レドルアの肩を俺とハルカでそれぞれ持っている。鍛えられた体が、サラッとしていながらずっしりしていて重い。


「かなり回復しましたよ。治癒魔法を当て続けてくれてありがとうございました。あれがなかったら、出血多量でジ・エンドですな」

「なんでうちの功績は無かったことになってんだよ、なあ?」

「な訳ないじゃないですか。土の精霊さん呼んでくれてありがとうございました」


 縁起でもないレドルアの冗談は、ハルカに寄って華麗にスルーされた。正直、あんなに率直な、現実にも起こり得そうだった、危惧したことを冗談にされると、こちらも反応に困る。


「大切な話がある。誰がレドルアに霊司力抑制の魔法をかけたんだろうか。ハルカにはなく、レドルアだけだ」


 これは誰かが意図的に狙っているとしか考えられない。今回の黒猫の襲撃は、気づいたのは基本的に俺たちだけだ。ハルカたちの家が消えたから、俺たちは気づいた。


「だよね。今回の黒猫は軽すぎて、さらにすぐに森に入ったから、村のやつらは普通気づくわけがないような襲撃だよ」

「要するに、誰かが意図的に私を狙っていたと言う事ですか?」


「簡単に言えばそうだろうな。村の中で魔力を扱える者が、レドルアにあらかじめ魔法をかける、それも気づかれないように」

「にわかには信じ難いですね。そもそもあらかじめって言うのであれば、黒猫を遣った魔女とも繋がってるかもしれませんし」


 もし村人が魔女と繋がっているとすると、かなり面倒な事になるだろう。魔女はいわば魔法のプロだ。本気で魔力を隠されると、こちらからは判別はつかない。


「仕方がない。まず一旦村で休んで、明日くらいからゆっくり調べていこう」

「うん、そうだな。とりあえずお前の腹の傷をちゃんと治そうか」

「完璧に治しますよ、今日中にですね」


 決定事項、今日中に諸所の怪我を治し、翌日から村人の魔力探査に動く。重要度は最大である。


「ねぇ、あそこで手振ってるのって」

ロングヘアの女と、やたらと体のでかいおっちゃんだ。色まではわからないが前者はおそらく赤髪、後者はおそらく刺青ありってところか。


 遠くからでも誰かはわかる。

「手振ってるのはレンナさんとムスカルのおっちゃんかな」

「なぁ、そうだよな、クライス。この戦いはうちらが制したんだ!」


「誰が()()()の肩を投げ捨てたんですか?全くびっくりするではありませんか」

 黒猫をひとまず倒せた事に大きく燥いでいるハルカは、レドルアの肩を雑に捨ててレンナのところへ会いに行った。


 全くあの子の無邪気なところには逆らえないのだと、クライスとレドルアは少し口角を上げるのだった。ハルカはレンナに勢いよく抱きつき、一回転する。

あの子も精霊師としては、それなりの大人とは張り合えるほどの才能を持つが、中身はまだ八歳の子供だ。


 しかし、しばらくするとやはり、レドルアは、呆れ切ったような血の引いた顔をする。ただ今回は前回と違って、理由を少し知っている。

「レドルア、お前ちゃんと姉ちゃんと話せよ。俺はお前に何があったのか知らないが、何故隠す。やっとの再会なんだろ?ちゃんと話せって」

「テキトーなことを言わないでください」

「言ってないだろ、何を勘違いしているんだ」

「第一、私たちの過去を知らないあなたが、気安く触れられるような話ではないんですよ」


 心なしか、レドルアの声に震えが取れる。黒猫と戦っている時でさえ、意識が朦朧としている時でさえ、こんなに自信のない話し方はしていなかった。


「よく知っているわけではないが、お前の治療をしている最中、お前はずっと(うな)されているのを聞いていた」

「だったら、私が彼女を拒む理由はわかるでしょう」


 あいつはあの時確かに姉に会いたがっていたはずだ。過去に姉さんが守ってくれたと、再会して嬉しいんじゃないのか。

「私は、あの女が、姉が、たまらなく怖いのですよ」

 怖い・・?俺の頭の中では大好きな設定になっている。何故そこまで怖がり拒絶する。


「え?」

レドルアは突然俺に向けて、拳を振り上げた。俺には戦闘能力なんて皆無なので、あれよあれよという間に、土の地面に頭を付けられた。


 レドルアは、強く握りしめた拳で、腹の傷が開いてしまうのではないかと心配になる程に全身を使って、一発俺の頬を殴り飛ばそうとした。

 ただ、思い切ることはできなかったのだろうか、勢いは俺の頬に触れた瞬間に、減退しきってしまった。


 俺はその瞬間になって初めて気づいた。


自分が再会のハッピーエンドの手助けをしたんだと勝手に思い、優越感に浸り、満足感を得て、俺のおかげで彼らが笑顔になったのなどと色々思いたかっただけだったのだと知り、レドルアはその触媒として俺が半ば強制してしまったことを強く理解した。


 そして彼は、憤怒して、理性を失いかけた状況でさえ、俺に危害を加えなかった。俺の顔が潰れず済んだのも、今ここで黒猫の夜食にならずに生きていることも、レドルアじゃなきゃなり得なかった結果なんだと感謝した。


 ーーなのに俺は謝れなかった。


「何してんだお前!クライスを殴る真似して、それでもお前は聖都出身の特級精霊師だと言えるのか!」

ハルカは俺を庇おうとするが、今だけはやめてほしいとまで思ってしまう。レンナは、どちらが理由かはわからないが、口に手を当てて声を出せずにいる。


「語る資格はないですね、俺が特級精霊師だなんて、みっともなくて言えたもんではないです。できすぎた冗談ですよ、全く」

レンナは、膝を崩した。


 レドルアは、俺の体の上で泣き崩れた。隠したくても隠しきれない、後悔からの涙だ。俺もそんなに綺麗な涙が流せるくらいの人だったら、レドルアの尊厳を傷つけることもなかったのだろうな。


 ハルカは人を殴ったことが許せなかったのか、怒り狂った口調で、レドルアを引っ張り起こし、家へ連れて帰った。 俺は夜空を仰いだまま、動くことすらできなかった。

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