第一章 World.1 クライス、赤髪の女子
「ああ、今日も起きてしまった」
夜中に顔を青ざめて目覚めたクライスは、世界で一番のネガティブを、男にも稀に見る低い声で口にした。
こうなると寝れなくなってしまうのは何故だろうか。
《人物紹介》
クライス・リンノートル(17)世界列学研究者 コロベル王立世界センター所属
若い頃から、学校に行くことを正当な理由で拒否した稀に見る天才脳。初等、中等、高等教育を初等教育院時代の引きこもりの成果としてマスターし、中等、高等教育院を飛んで大学まで進学したのち世界センターで研究者をしている驚異の脳の持ち主である。しかし、ずば抜けているのは勉学においてだけであり、人とのコミュニケーションや、日々の生活における料理や、掃除といったことには全くもっての無能である。
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クライスは重い背中を、少しがなりながら持ち上げた。いつもと違うことをすれば少しの苦痛の声が出る。覚醒してから布団から落ちるまで、最低でも一時間はブルーライトで目を覚ましてからかかるクライス。
それが起きてすぐだ。体がまだ起きたことを自覚していない。がなって当然だろう。
ただ、なんの理由もなしに起きるバカがどこにいる。少々語弊がありそうだ。
\\何事も理由もなしに動くお人好しがいる\\なら、こんなに面倒臭い常世は存在すらしないだろう。
では、何故クライスは起きたのだろうか。それはもう、思わず顔を赤らめてしまう人、同じ煉瓦造りのアパートに住むノアが早起きだから。いやもっとだ。
昨日其の事を知ってしまったからには、今日ったら目覚まし時計を5:00、5:10、5:15、5:20、5:23、5:25、5:27に設定、そして音量は限界の100%だ。もはや音も割れている。
アラームの通り、5:30には起きて準備万端にしておかないと、昨晩帰ってからの貴重な三時間を費やしては、試行錯誤を少量重ねた世紀の大計画が身を結ばなくなってしまう。
《今日、早朝帰りの仕事にウォーチェンから仕入れた『5:30に起きるノア、そして窓辺から、朝日の昇るコロベル王都の景色を窓辺から見下ろす』という情報、無碍にはできない。何時にアラームを鳴らせば起きれるだろうか、目が合った最初の一言には何が最適だろうか、そもそも目を合わせられなかったらどのようにして気を引こうか、目をあわせた後ちゃんと話をするにはどんな話題を持ち掛ければよいだろうか、・・》
頭の回転が速いだけあり、3時間でおおよその解が導き出せた。研究者なだけあり、さすがなものである。
しかしこんな精神状態でまともに寝付けるわけもなく、寝落ちたのは1:30といったところか。引きこもり出身のクライスは、朝起きる技能も持ち合わせているわけもないので、起きるのも茨の道だ。
それでも人は動くもの。相手の気を引く為なら動けるというのはなんとも不思議なものだ。
なんだかんだで、4:57。アラーム前に起きてしまった。それであのがなり声だ。まだノアに会うことをまったくもって自覚していない、というより適応していない。
「あ、ノア!でもあいつ5:30って言ったよな、、あと三十分か。何をしよう」
とんでもない名案を思いついたクライス。
「先にバルコニーから街を見ておこう。同じ趣味を持つ人として少し気を引けるに違いない。」
そんな期待と共に出たバルコニー。そこには驚くべき人の輪郭がくっきり見えた。
「ノア!?っさん??」
鼻っぱしをへし折られた気分だ。
あのウォーチェンの野郎デマ流しやがって、明日脳天引っ叩いて、何を図ったのか吐かせてやる。
「えっと、、クライス?さんでしたっけ」
「覚えてくれているのですか!そうそうクライスです!いやあ嬉しいなあ、覚えていただけて」
クライスはまだ辺り真っ暗なのに顔が真っ赤な事に気づいていない。
「いやそれは覚えていますよ。だって仕事場でもここでも時間は違えど一緒ですからね」
《人物紹介》
ノア・クリスタニア(18)コロベル王立世界センター研究室助手
コロベル第一初等、中等、高等教育院を首席で卒業する秀才。世界センターで大学教育として助手の仕事をしている皆の憧れの的。クライスが初めて尊敬するようになった異性である。綺麗な赤毛の持ち主であり、顔も清楚に整った女性である。
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ノアが自分のことを覚えていたと言う事実に、異性の抗体のない、元引きこもりの僕は、今にも鼻血が出そうである。
必死で堪えた暁には、もはや昨晩必死で考えた計画のけの字すら浮かばないのである。
「・・・・てっきり僕は、、ね。今って想い人とかって居るんですか・・・・?・・・・」
聞いてしまった。今度は必死に後悔する。
最悪このままキモいとか言われて縁切りの道にでも行ってしまうのではないか。
そうしたらもう俺はどう挽回すればいい。やっと掴んだ糸ってこんなにも簡単に切れてしまうものなのだろうか。
よくない思考が頭を巡ってしまっている。なんとかして好意的な印象を残したい、でもそれは返答次第としか言いようが無い!
「どうしましたそんなに慌てて、顔真っ赤じゃ無いですか!熱でも出たんですか?」
そう言ってノアはクライスの額を柔らかく手のひらで包む。
ああ、なんて天国のような時間だ、このまま続けばいい。変な事に頭を巡らせずに済むのなら、それが一番幸せだ。鼻血出そう。
「熱では無いみたいですねよかったです。想い人とか言いました?居るわけないでしょう!お互い、と言うかあなたはもっと、大人と同じ世界、大人と対等に暮らしてはいますが、まだ子供のお遊びと区別つけられないでしょう!だからいません。いない、いないですよ?」
ただ好きな人がいないってわけではないですよ。
ノアはそう心の中でつぶやいた。
「なんですかそのもったいぶった文末は!気になるでしょう!」
「あれなんですか?気になるんですか?」
ノアの挑発!これまで受けたことのない満足感は何者だろうか。
「全く貴方ってば本当に狡猾な人だ。人から引き出すの上手いでしょう」
「そう言われるんですか。ならもっと強引な手もあるんですからね。舐めないでください」
雀の囀りのようで、でもお淑やかな、程よく高い声。呆れるほど気に入ってしまった。
「そんな手が出てきた時の対処法でも探しておくとしますかね」
「どうでしょう?」
恥じらったような笑顔が溢れるバルコニーに朝日が差してきた。そこには煉瓦と水路で作られた、美しすぎる眺望があった。これがコロベル王都である。
「コロベル王国が成立してから400年。その間多少の変化はあれど、外観も国も守られ続けたことを考えると、世界とは不思議なものですね」
「全く『上の人』は何を思ってこの世界を創ったんでしょうかね」
「それを明かすのが、僕ら世界列学者の使命だと思っていますよ」
「なら私はそれをちゃんと横で支えなきゃですね。」
バルコニーに咲いたアガパンサスの花びらが風で舞った。それを朝の横日がこれ以上なく美しく街を彩っている。
「では、僕は仕事に行かなければなりません・・・今日は本当に楽しかった。明日も朝の5:00にここに来てくれませんか!」
「もちろん、言われずとも向かいますわ」
僕にとって最高のコロベルの朝がやってきた。
「おいウォーチェン!お前のせいでお前のおかげで!良くも悪くも良くもだ!」