コラッサン
金剛石を燃やした。
右手と左手、それぞれに短剣をもつ。
壁の地層のやわらかいところに、右手の短剣を突き刺した。
出来るだけ背伸びをして、左手の短剣を突き刺す。
左手を確保したら、右手の短剣を抜き、上に突き刺す。
コリアは両腕だけで壁を登り始めた。
登るしかない。棚にいればミイラになるだけである。
下は底のない穴。上に向かうしかないのだ。地上にたどりつけるだろうか。それは考えない。
少しでも可能性があれば、それに賭ける。
金剛石の火が消えそうになったら、別な袋に火を移す。
食料と水も首に下げてある。
アゴを動かし、歯と舌で食べて飲む。
コリアは登り続けた。
おれはやる。少しでも可能性があれば、やる。この身体に熱い血が流れているかぎり、やる。
前進するんだ。
金剛石は半分になった。
上の方に光は見えない。
暗黒のままだ。
登り続けた。
微かに、ある感情が芽生えた。それをふりはらう。絶対にあきらめないぞ。おれはやる。
登りつづけた。
最後の金剛石に火を移した。
暗黒になれば、洞窟から抜けだす可能性はさらに下がるのか? 逆だ。可能性は大きく上がっている。ここまで登ってきたじゃないか。おれはやる。あきらめないぞ。
下の方から不気味な音が聞こえてきた。
壁がゆれた。
地震だ。
短剣を離してしまった。
コリアは落下した。
どこまでも落ちている。
どこまでも……。
気が付いた。
熱い砂の上に倒れているのだ。身体を起こす。身体に傷はないようだ。
座り込んであたりを見まわす。砂だ。まわりは砂だらけだ。はるか彼方まで砂。砂漠の真ん中にいる?
空を見上げる。雲はひとつもない。太陽が熱く燃えており、そのそばに彗星がある。
ここはどこだ?
場所の手がかりになるものはひとつもない。
どこか南の方にコラッサンという砂漠地帯がある、と聞いたことがある。地軸を突き抜けて反対側へ出たのだろうか。
身体は壊れていない。
では、進もう。
コリアは持ち物を調べた。マナの実は十粒ほどある。竹筒の水は半分。これなら二十日はもつだろう。それ以外には宝石と金貨の入った袋がある。金剛石は使ってしまった。武器はない。壁を登るのに使った古い剣も見当たらない。
武器が必要だ。大きめの石を三個拾う。両手に持って殴れば武器になる。もう一個の石は、服を切って作った袋に入れた。やはり服を切って長いヒモを作った。ヒモに袋を縛りつける。これを振りまわせば武器になる。
コリアは歩きはじめた。
上着を脱いだ。ランゴバルドの服装では暑すぎるのだ。
歩き続けた。
そして気がついた。太陽に照らされて歩いていては体力を消耗するだけだ。歩くのは夜にしよう。
横になり目を閉じる。体力を温存するのだ。
太陽が沈んだ。
目をあける。
夜空を見るが、知っている星座はない。月もない。不気味な彗星だけは、いつもの場所にある。
妙な気配がした。
なにかが近寄ってくる。
黒い影が見える。
動物?
それとも怪物?
両手に石を握った。
うなり声がする。
声が大きくなった。
黒い影が襲ってきた。
右手を叩きつける。
骨が砕けるような音がした。
まだいるようだ。
ヒモをつけた石を振りまわす。
手ごたえがあった。
何匹かは倒れたようだ。
次の攻撃に備えて身構える。
だが、怪物たちはコリアを無視した。倒れた怪物にかぶりつく。共食いしている。
よく見ると、怪物は巨大なネズミのような形をしていた。
コリアは走った。
しばらくして立ち止まる。
歩く時間を変えよう。昼は熱いし夜は怪物が出没する。ではどうする? 昼間は、小時間歩いて小時間休む。これを繰り返すのだ。夜も同じようにする。たそがれの時間と早朝ならば、長い時間歩けるぞ。
歩き続けた。
なんどか怪物に襲われた。
撃退する。
怪物の攻撃方法が分かってきた。しかも、怪物は、一匹が倒れると、その肉を食べるのに夢中になる。怪物から逃げるのは簡単だ。
歩き続けた。
そして気がついた。マナも実も水も、すぐになくなった。熱帯なので体力の消耗が激しく、食料や水の消費が大きいのだ。
北国のランゴバルドとは違う。
歩き続けた。
そして気がついた。同じところをグルグルと回っているのかもしれない。目印とするものがないので、自然と曲がって歩いているのかもしれないのだ。
コリアは座りこんだ。
どうする?太陽が熱すぎる。喉がカラカラだ。もう汗もでない。どうする? 答えは一つしかない。
前進あるのみ。
だからといって立ち上がらなかった。いまは体力を温存するのだ。たそがれまで動くのは待とう。
うん、あれはなんだ?
地平線に砂ぼこりがみえた。こちらへ近づいてくる。
コリアは立ち上がった。
それは馬に乗った人々の列だった。人数は約二十人。
コリアの前で列がとまった。
先頭にいるのは、がっしりした男だ。あきらかに大将格と分かる。
その後ろには兵隊たち。兵隊たちも体格がよい。しかし顔には疲労とおびえの色がある。
兵隊は、三人の女を護衛している。
高貴そうな若い娘が一人。どこかの王女だろう。残りの二人は、若い娘の従者のようだ。
だが、高貴な王女を護衛しながら旅をするには人数が少なすぎる。
ここへくるまでの間に、なにかがあったのだろう。
この一行の後ろには、荷物をのせた多くの馬が続いている。
大将格の男がいった。
「その方、なに者だ?」
コリアは、なにもいわない。
大将格の男が剣を抜いた。
兵隊たちも剣を抜いた。
「答えろ、なに者だ」
「人に名前を聞くなら、まず、自分が名乗れ」
「ほほう、度胸があるな。拙者はバシール。マンヤ国のディーマ姫の護衛隊隊長だ」
マンヤ国? 聞いたことがないぞ。
「おれはコリア。ワイルの剣士だ」
「ワイル? ひょっとして、ランゴバルドの国か?」
「そうだ」
「ずいぶん遠くからきたものだ。信じられない」
「ここはどこだ?」
「コラッサンだ」
やはりコラッサンか。はるか遠方にある熱い地方だと聞いたことがある。
地軸を通って地球の反対側に出たのだろうか?
バシールが命令した。
「こいつを調べろ」
兵隊たちが馬から降りてコリアを取り囲んだ。剣をコリアに突きつけている。
コリアは、兵隊たちを見まわした。どこから倒すか。
兵隊の一人がコリアの身体を探した。宝石や金貨を入れた袋を見つけた。衣服をさぐり珊瑚の珠を見つけた。それだけである。
「隊長、これしか持っていません」
兵隊が袋と珊瑚の珠を隊長のバシールに渡した。彼は、袋を開け、宝石や金貨を調べた。
「この金貨は、ランゴバルドのものか?」
「そうだ。おれは金貨も砂金を使う」
「珊瑚の珠か。値打ちはなさそうだな」
バシールはコリアをみて、竹の水筒に目を止めた。
「それを持ってこい」
バシールは水筒を調べた。
「これは伽羅竹じゃないか。こいつの言うことは、本当かもしれん」
ディーマ姫が前に出てきた。
「なにごとです?」
「こいつが独りで歩いておりました」
「独りで? 馬にも乗らず?」
「さようでございます。本人は、ランゴバルドの剣士のコリア、と名乗っています」
「はるか北の方にある地方でしょう?」
「はい。これをごらんください」
バシールはディーマ姫に水筒を渡した。
「伽羅竹ですね」
「このあたりでは大変な貴重品です。でも、ランゴバルドには豊富にある、と聞いております」
「つまり、コリアの言うことは本当なのね?」
「そう思いますが」
「ふうん。ちょっと、ここで休みましょうか」
テントが二つ、建てられた。
一つはディーマ姫用、もう一つは兵隊たち用である。
水と食料が配られた。
ディーマ姫と兵隊たちは、それぞれのテントへ入った。
三人の兵隊だけが外にいる。立ったままのコリアに剣を突きつけているのだ。
ディーマ姫は、テントの中でバシールと二人だけになった。
ディーマ姫が聞いた。
「あの男、どうします?」
「砂漠では、たとえ敵でも助けるのが掟。二日分の食料を水を与える……」
「……その後は、どうなるかは神が決めること、よね」
「さようでございます」
「でも?」
「はい」
「私と同じことを考えているのね」
ディーマ姫とバシールがテントから出てきた。
バシールが「集合しろ」と命令し、兵隊たちも出てきた。
ディーマ姫がコリアに聞いた。
「あなた、剣士なのね?」
コリアは、かるく頷いた。
「私たちは、ヤンギル国へ向かっているのよ」
それがどうした。
コリアはだまっていた。
「出発したときは兵隊は百人いたのだけど、とちゅうで何度もグールに襲われて、いまはこれだけ」
「グール? 夜襲ってくる、巨大なネズミの怪物か」
「そうよ。知っているの?」
「おれも襲われた」
バシールが驚いた。
「グールを倒したのか?」
「ああ」
「素手で?」
「そうだ」
ディーマ姫が言った。
「我々の旅に同行してくれません? 一人でも多く、強い人が必要なのよ」
コリアは独りで行動する人間だ。
群れの中に入る気はない。
目的もある。強くなること、そしてマリアンを捜すこと。マリアンは必ず斬る。
だが、彼らに会わなければ、この異郷でどう歩けばいいのか分からなかった。目的を達成することもできない。
この度に同行すればコラッサンのことが分かる。
「同行しよう」
「その前に……」
バシールが続けた。
「おまえの腕をみたい」
ディーマ姫が言った。
「私も見たいわ」
「いいだろう。その前に……」
コリアが続けた。
「宝石や金貨の袋と珊瑚玉、それに水筒を返してくれ」
バシールが指示した。
兵隊の一人が袋と水筒をコリアに差し出した。
その瞬間――。
コリアが兵隊の腕を引っ張った。
兵隊の剣を引き抜く。
兵隊を足払いで倒しながら、他の兵隊たちの鎧のヒモを切った。
兵隊たちは、あっけにとられて動けない。
バシールは行動した。
剣を抜き、コリアの剣を止めた。
二つの剣が火花を散らした。