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脱出

 突き落とされた瞬間、コリアは二つのことを考えた。

 ひとつは、マリアンにだまされた、ということだ。

 マリアンの目的はエイボンの書だった。コリアを利用して邪魔な白のツアトグアを排除したのだ。コリアは命の恩人だから怪物退治の助けをする、というのは真っ赤な嘘。だまされて短剣を奪われた。

 シダライト・ソードが折れたのもマリアンの仕業か? しかし、シダライト・ソードが折れるはずはない。それとも、マリアンの魔道には折る力があるのか?

 こういうことを考えたのだ。

 だが、深く考えるときではない。

 もうひとつ瞬時に考えたのは、身体を守ることだ。反射的に身体をまるめた。底にぶつかったときのショックを和らげるのだ。

 しかし、底にぶつからない。

 どこまでも落ちている。

 どこまでも……。

 どこまでも……。

 地軸の中心まで落ち続けるのか……。

 コリアは不安になった。

 どうなるのか分からない。

 怪物と対峙するよりもはるかに深い恐怖だ。

 

 ランゴバルドにはひとつにまとまった王国はない。いくつかの王国が乱立している。

 ブルグンドを含む地方を統治しているのはワイル国である。首都はコムモリフ。現在の王はワイル四世だ。

 首都コムモリフの王宮で、ワイル四世は捜索隊の隊長ジモン少佐の報告を聞いた。

 それは、時間でいえば、コリアが穴に落とされてから一時間後のことになる。

 ワイル四世は甥が死んだと聞いて驚いた。額に三日月形の傷がある剣士が関係しているらしい、と聞いて激怒した。

「その剣士を探しだせ」

 ジモン少佐が「かしこまりました」と答えて立ち上がったとき、衛兵が近寄ってきた。

「王さま、魔道士が、お目通りを求めております」

「名前は?」

「マリアンと申しております」

「女か?」

「は。見たところ四十歳くらいでございます」

「用件は?」

「ツアトグアを退治した、とのことです」

「それはすごい。よし、通せ。ジモン」

「はっ」

「そこにいて、話を聞け」

「かしこまりました」

 マリアンが入ってきた。国王に、丁寧にお辞儀をした。

「マリアンと申します」

 国王が聞いた。

「ツアトグアを倒した、というのは本当か?」

「はい。そして、額に三日月形の傷がある剣士も倒しました」

 王とジモン少佐は顔を見合わせた。

「事情を話せ」


 マリアンが次のような説明をした。

 赤のツアトグアに百年間、土牢に監禁されていた。

 その間、瞑想にふけり、必死で魔道の腕を研ぎ澄ました。

 ようやく魔道の達人となり土牢から脱出した。

 そしてツアトグアを倒した。

 エイボンの書を探していたとき後ろからなぐられて気絶した。

 気が付いたときにはエイボンの書は消えていた。

 なぐった者の微かな痕跡をたどって追跡した。

「そいつはコリアという、額に三日月形の傷がある剣士でした」

 コリアがアイゼベルグに棲む白のツアトグアを倒そうとしてるのがわかった。

 先回りしてツアトグアを倒し、コリアを待ち伏せた。

 コリアは頭を地面にこすりつけて謝罪したが、受け入れず、斬って穴に投げ入れた。

「その穴は、地軸の果てまで続いております」

 ワイル四世は大きく頷いた。額に三日月の傷のある剣士も死んだのだ。甥の仇は討てた。

 ジモン少佐が聞いた。

「エイボンの書は取り返したのか?」

「はい」

「二匹のツアトグアを倒した、という証拠は?」

「これでございます」

 マリアンは青緑色の石がついた白銀のブローチを二個、とり出した。

「ツアトグアが大切にしているものでございます。ツアトグアの身分証明メダルなのです」

「聞いたことがない」

「人間の間では、ほとんど知られておりません。魔道士にお聞きください」

「ワイルの国に、今、魔道士はいない」

「それは残念でございます」

「額に三日月形の傷がある剣士の名前は?」

「コリアでございます」

「コリアを倒した、という証拠は?」

 マリアンは、折れたシダライト・ソードと短剣をとり出した。

 ジモン少佐が受け取り、調べた。

「たしかに、コリアという銘がある。それに、血がついている」

「その剣でコリアの腹を斬りました」

「そして、地軸まで続く穴に投げ入れたのだな?」

「さようでございます」

「ちょっと待て。この血は、まだ新しいぞ」

「コリアを斬ったの一時間前ですから、血は乾いておりません」

「一時間でアイゼベルグからここまできたのか?」

「魔道士なら、たやすいことでございます」

 マリアンは、深くお辞儀をした。

 王が言った。

「マリアン。よくやった。厚くほうびをとらせよう。それに、わが国に魔導士がいない。わが国の上級魔道士にしよう」

「ありがたき幸せ」

 ジモン少佐がいった。

「王さま、上級魔道士にするには手続きが……」

「分かっておる。マリアン」

「はい」

「手続きが終わるまで、そちは王の賓客だ。ゆっくりとくつろげ。では、下がってよし」

 マリアンは部屋を出ていった。

 ジモン少佐は、折れたシダライト・ソードと短剣を見つめている。

「ジモン、どうした?」

「気になることがございます」

「どこじゃ?」

「それがわかりません。ただ、私の勘が……。この血がコリアのものかどうかも分かりません」

「考えすぎじゃ。余はマリアンが気に入ったぞ」


 コリアは目を覚ました。

 気絶していたようだ。

 なにも見えない。完全な闇だ。

 身体を動かしてみる。骨は折れていないようだ。身体の姿勢と分厚い筋肉がショックをやわらげたのだろう。

 次は場所の確認。

 ここはどこだ。

 地面を触ってみる。なにか分からないものが、うず高く積もっている。それを払いのけると石に触った。

 地面に触りながら、そろそろと左手を前に動かした。壁に突き当たった。固い石でできているようだ。

 次に、右手を前に動かした。なにもなくなった。

 どうやら、ここは、穴の壁からせり出している棚らしい。

 棚に当たり、落下が止まったのだ。棚がなければ、まだ落下していただろう。

 コリアは、壁にもたれて座った。

 さあ、どうする?

 シダライト・ソードも短剣もない。

 剣士としては裸どうぜんだ。

 食料は?

 マナの実が少し。

 水は?

 竹筒が一本。

 これで、どのくらいもつだろうか?

 そして、ここから脱出する方法は?

 絶望的だ。

 漆黒の闇で、なにもみえない。

 なによりも光が欲しい。

 まてよ……。

 もういちど壁に触った。

 固い石だ。

 ということは……。

 なにかないか……。

 あった。

 ブーツを脱ぎ、短剣を止めるための留め金を外しはじめた。

 しっかりと固定してある。

 指で外すのはむずかしい。

 力を入れて前後左右に動かす。

 ゆるんできた。

 もう一息だ。

 力をこめて引くと外れた。

 そして飛んでしまい、穴に落ちていった。

 しまった。

 あと半分は残っている。

 これがなくなったら、もう金属はない。

 慎重に力を入れて動かす。

 ゆるんできた。

 力を加減する。

 外れた。

 外れた留め金で壁をこする。

 火花が散った。

 いいぞ。

 あの修道院で集めた宝石と金貨の入った袋を取り出す。

 ここで金貨は役に立たない。

 宝石も、ほとんどは無用だ。

 金剛石なら役に立つ。

 手探りで、金剛石と思われる石を探した。

 歯で服の一部を切り、四角形の布と細長い布を作った。

 四角形の布に金剛石を入れる。

 細長い布で縛る。

 金剛石の入った袋を壁に近づけ、そこを留め金でこすった。

 火花が散る。

 それだけだ。

 もう一度こする。

 火花が散るだけだ。

 もう一度。

 金剛石に火がついた。

 周囲が明るく照らされた。

 地面を見る。

 そこにはミイラが積み重なっていた。

 穴に落ち、この棚に引っかかった人間たちのミイラだ。

 棚を大きさを調べてみる。

 寝台よりも狭い。

 金剛石が燃えつきて闇になった。

 また、服を切り、四角形の布と細長い布をつくる。

 もう一つ石を取りだして袋にいれた。

 火花を出すコツはわかった。

 壁をこすって火花を散らした。

 だが、火はつかない。

 なぜだ?

 そうか、金剛石ではないのだ。

 別の、金剛石らしい石をさがして、袋にいれた。

 今度は火がついた。

 その光で、金剛石だけをより分けた。

 壁を調べる。いろいろな種類の岩が層になっている。

 ミイラを調べる。骨が混ざり合い、衣服はボロボロになっている。

 何本かの剣があった。このミイラの中には剣士もいたのだ。これはいい。

 火が消えた。

 暗闇の中で、金剛石を入れる袋を、金剛石の数だけ作った。

 一つの袋に一つずつ金剛石を入れる。さらに布を切って、長いヒモを作った。ヒモを袋に結び付ける。そのヒモを輪にした。

 手探りで剣をとり上げる。

 両手で曲げてみる。錆びていて、すぐに折れた。別な剣を試してみる。ようやく、短剣として使えそうな剣を二本選び出した。

 マナの実の入った袋と竹筒を首からぶら下げた。金剛石の袋も首からぶら下げる。珊瑚の珠はふところに入れる。

 準備が出来た。


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