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ツアトグアとの戦い

 今から六千六百万年前のことである。

 巨大な隕石が地球に衝突して、地球規模の大災害が発生した。それまで生物界の頂点にいた恐竜は一瞬にして絶滅し、幽霊となって地上をさまようことになった。

 その後、霊長類の一派は知恵を獲得して人類となった。人類は恐竜の幽霊に遭遇した。知恵を持った人類は、太古に地上を支配していた恐ろしい怪物がまだ存在している、と信じた。人類は、そういう怪物を〈旧支配者〉と呼んで恐れていた。


 そして、今から百万年前。人類はハイパーボリア文明を築いた。ハイパーボリアでは魔術が盛んであり、多くの怪物や魔界の生き物を呼び出し、また鎮めていた。恐竜の幽霊も魔術で押さえることができたのだ。

 ハイパーボリアが歴史の彼方に埋もれた後、現在の歴史が始まった。各地でさまざまな神が誕生し、多くの魔術が考案された。魔術よりも強力な魔道も作られた。それぞれの魔術や魔道は、それなりに怪物をコントロールした。これで平安が保たれるはずであった。

 ところが、突然、不気味な彗星が出現したのである。それをきっかけとして、眠っていたおおくの怪物が目を覚ました。魔術や魔道の縛りが弱まったのだろう。怪物たちは中世世界を恐怖のどん底に突き落とした。

 だが、これをチャンスとする者もあった。剣士たちである。自分の技量を試すには、怪物を倒すのがいちばんよい。怪物を斬り続ければ最強剣士になれる。コリアも、そういう野望にあふれた剣士に一人なのだ。


 コリアは廃墟となっている修道院の壁に沿って歩いた。頑丈な石造りの壁だ。長い年月を経て壁の表面は苔が生えて荒れ果てているが、堅固であることは創建時代と変わっていない。壁が高くて中は見えない。歩いていくと大きな樫製の門扉があった。ここが正面らしい。この門扉を壊して中へ入るか、と考えていると音もなく門扉が開いた。

 中には背の高い修道士が立っていた。ゆったりした僧衣をまとっていて、顔色は悪く、表情は冷たい。修道士は低い声で「どうぞ」と言った。コリアは誘われるままに中へ入った。

 中庭は、きれいに整備されていて、花が咲きみだれている。ランゴバルドの辺境に咲いている花ではない。

 コリアは、修道士にうながされるまま、中庭を横切って屋敷の玄関の前に立った。修道士が、ていねいな口調で言った。

「剣をお預かりします」

「ことわる」

「修道院では剣は必要ありません」

「剣士は剣を離さない」

「分かりました」

 修道士はコリアを屋敷の中へ入れた。広い廊下の壁面には枝付燭台が連なっていて蝋燭が点されている。一番奥の扉を開くと、修道士は立ち止まり、コリアが中へ入るように促した。

 そこは食堂であった。壁が高くそびえており、そのまま追持つきの穹窿天井になっている。周囲には華麗な装飾があった。多くのタペストリーが壁を覆っている。貴族の紋章や猛獣の姿が織り込まれている。

 ひときわ目を引くのが中央の大きなタペストリー。ランゴバルドでは見かけないデザインだ。幾何学模様が中央にあり、周囲には古代文字が織り込んである。どこか不安を感じさせ、気分を悪くさせるデザインなのだ。コリアはタペストリーをじっと見た。

 部屋の中央には大きなテーブルがあった。五人の修道士がテーブルの後ろに控えている。コリアを案内した修道士も、後ろに立った。

 上座には修道院長とおぼしき、堂々とした人物が座っていた。

「これはこれは、剣士さま、ようこそいらっしゃいました」

「おれを待っていたのか?」

「そうではありません。ここは修道院でございます。お客さまは、だれでも歓迎いたします」

「この地の修道院は、はるか昔に滅びたはずだが?」

「ここはアベロワーニュ。修道院は栄えております」

「ランゴバルドじゃないのか?」

「剣士さまは時空のねじれを通ってアベロワーニュに来たのでございます」

「そうは思わないが」

「まあ固い話は後にしましょう。まずはお食事を」

 修道院長が合図すると、修道士が湯気の立つ料理の大皿を運んできた。大きな肉塊が中心にあり、周囲には煮野菜が山のように盛り付けられている。 

 青色の酒が入った陶器の壺も置かれた。

「さあ、ご遠慮なく、お召し上がり下さい」

「腹はすいていない」

「それでは酒をどうぞ」

「酒は飲まない」

「空腹ではないし、お酒も飲まない……それでは、これはどうです?」

 修道院長が手を叩くと、修道士が銀の大皿をテーブルに置いた。宝石が山盛りになっている。

 コリアは宝石を見て、言った。

「金剛石……緑柱石……紅玉石……。珊瑚珠はないな」

「これはお目が高い。珊瑚は、はるか彼方の南の海で捕れるもの。アベロワーニュにはございません」

「おれは珊瑚珠が欲しい」

「こまりましたな。それでは、代わりに、これはどうです」

 修道士が黒檀製の大きな箱をテーブルに置いた。

 金貨がぎっしりと詰まっている。

「それはほんの一部。宝石も金貨も、好きなだけさし上げましょう」

「宝石や金貨をやるから家来になれ、ということか」

「あなたは莫大な富を得て王になれますよ」

「それはいいな」

 コリアはブーツから短剣を引き出した。

「本物かどうか、確かめるぞ」

 金貨を一枚取り上げた。

 短剣の切っ先で金貨に傷をつける。

「本物だな」

「もちろんでございます」

 金貨を箱に戻す。

 短剣もブーツに戻しながら、短剣の刃を鏡にして修道院長を見た。

 修道院長の姿はない。

 狼のように鼻が長く、腹の膨れた蟇蛙のような身体の醜悪で大きな怪物が剣に映っていた。

 ツアトグアである。

「さあ、いかがですか」

「おれは珊瑚珠が欲しい」

「申し上げましたとおり、アベロワーニュに珊瑚はございません」

「だが、おまえは持っている」

 コリアは剣を引き抜き、後ろの修道士を斬った。

 テーブルに飛びのり、壁へジャンプする。

 古代文字を織り込んであるタペストリーを切り裂く。

 幻影が消えた。

 周囲は、打ち捨てられた廃室となる。

 修道士たちは、毛におおわれた小鬼であるゴブリンに戻った。

 修道院長はツアトグアだ。

 コリアは、襲ってきたゴブリンを斬った。

 ゴブリンは、あと四匹。

 怒ったツアトグアが、鋭い爪の生えた長い手を伸ばす。

 コリアはテーブルの下に隠れた。

 ツアトグアがテーブルを壊した。

 その直前、コリアはツアトグアの足元に近づいた。

 部屋の中なのでツアトグアの動きは制限されている。

 足を斬る。

 ツアトグアは悲鳴をあげたが、倒れない。

 コリアも、不十分だと分かった。

 ツアトグアの皮膚は丈夫なのだ。

 しっかりと斬らなければ倒せない。

 ツアトグアは手でコリアを払った。

 部屋の端へ飛ばされた。

 ゴブリンが襲いかかる。

 斬った。

 あと三匹。

 倒れたゴブリンを持ち上げると、ツアトグアに投げた。

 同時に突進する。

 ツアトグアがゴブリンを払う隙をついて懐に入る。

 渾身の力で斬る。

 ツアトグアが悲鳴をあげた。

 ツアトグアは、よろよろと部屋の中を歩いている。

 手ごたえはあった。

 だが、まだ油断はできない。

 ゴブリンはどこだ?

 周囲をみる余裕はなかった。

 気配だけを察して、剣を垂直に立てる。

 天井から襲ってきたゴブリンは串刺しになった。

 あと二匹。

 剣を振ってゴブリンを捨てる。

 ツアトグアがコリアを睨んだ。

 コリアも、剣を構えて睨みかえす。

 ツアトグアが腕を伸ばした。

 コリアは、腰を落としてやりすごし、腕を斬り落とした。

 ツアトグアはあおむけなった。

 腹を斬り裂く。

 ツアトグアが倒れた。

 油断なくゴブリンを探した。

 どこにもいない。

 周囲の壁は半分以上崩れ落ちていて、外が見える。ゴブリンは外へ出たのかもしれない。


 コリアは修道院の外へ出た。そこは、二百年前の堂の残骸が散らばる広場であった。幻影の花壇は消えている。昔は、確かに庭であったのだろう。だが現在は、瓦礫が積み重なる広場でしかない。

 ゴブリンの姿は見えない。

 大きく深呼吸をする。

 よし、ツアトグアを一匹倒したぞ。

 俺は強い。

 自信がわきあがってくる。

 コリアは食堂へ戻った。早くもツアトグアやゴブリンの腐臭がする。

 剣でツアトグアの頭を割った。頭の中に珊瑚の珠が見える。珊瑚の珠をつかみ出し、懐へ入れた。ツアトグアを倒したという証だ。

 部屋を見まわすと宝石や金貨が散乱している。

 これは幻影ではなかったのだ。

 おそらく、ツアトグアへ挑戦して敗れた剣士たちの遺物であろう。ていねいにひろい集めて、袋へ入れ、懐にしまった。

 さて帰ろう。

 

 門扉を出ようとしたとき、かすかな音が聞こえた。


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