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硫黄色の寺

 クチヤの国は惨憺たるありさまだった。

 家は瓦礫となり、死体が散乱している。

 わずかな兵士が後片付けをしている。

 まだ若い兵士が指揮をとっている。

 怪我をしているようで、右腕を吊っている。

 コリアが、若い兵士に言った。

「これは、どうしたことだ?」

「あっ、これは勇者コリアさま。大勢でお迎えにいけなくて、申し訳ありません」

「そんなことはどうでもいい。まず、おまえの姓名・階級を聞こう」

「名前はガイン。階級は伍長です」

「将校はいないのか?」

「全員、死亡しました。階級がいちばん上なのは自分です」

「こうなった事情を説明してくれ」


 ガインは次のような説明をした。

 サバニにとり憑かれたスパイで、尋問しなかった者たちは拘留してあった。

 拘留しただけだ。

 竜宮香の匂いを充満させておけばサバニは動けなかったであろう。

 だが、充満させるほどの量の竜宮香はない。

 サバニたちは、とり憑いた人間から抜け出し、暴れだした。

 仲間を呼んだ。

 コラッサン全域からサバニが集まった。

 そして殺戮が始まったのだ。

 

 ガインは、泣きながら言った。

「私たちは戦いました。でも、サバニの数が多すぎて、われわれは全滅しました。くやしいです」

「国王は、どうした?」

「なくなりました。上級僧のアリフさまも、鍛冶屋カシャフさんも、なくなりました」

「そうか……」

「もう駄目だと思ったとき、とつぜん、サバニたちが逃げ出しました。勇者コリアさまがイフリートを倒したのだ、と分かりました」

「そうだ」

「残ったのは、われわれ兵士四十二人だけです。一人は、勇者コリアさまとのお約束の場所に向かわせて、残りの兵士たちで、後片付けしているのです」

 ガインが、涙を拭って、言った。

「勇者コリアさま。出発して下さい。ここは、われわれが整理します」

「え?」

「勇者コリアさまは、各地を遊歴し、怪物を退治しているのでしょう? ここには、もう、サバニはきません。サバニが現れる場所で、われわれの仇をとって下さい」

「お前たちは、どうする?」

「この地に残ってクチヤを再建します。われわれが団結して、家を作り直し、若い娘たちと結婚し、子供を増やし、孫の代には、昨日までの繁栄を取り戻します」

 コリアが言った。

「そうか……全員で、四十二人だな?」

「はい、そうです」

「全員を集めてくれ」

「かしこまりました」


 全員を前にして、コリアが言った。

「お前たちは、クチヤを再建するんだな?」

 全員が力強く頷いた。

 コリアは、琥珀の珠をとり出した。

「これをお前たちにやる。イフリートを倒して取り出したものだ。珠には、怪物を近づけさせない魔力がある。きっと役に立つぞ」

 琥珀の珠をガインに手渡した。

「ガイン、お前は今日から将軍だ。さ、受け取れ」

 ガインは、悪びれずに受け取った。

 コリアが続けた。

「みんな、こっちへきてくれ」

 コリアは、兵士たちを鍛冶屋カシャフの店へ連れていった。

 店の中は散乱している。

 鍛冶の道具や、出来上がっている剣が散らばっているのだ。

 コリアは、店の中を指さして、言った。

「ここにある剣は、コラッサンでいちばん切れ味が凄い。おれも、ここの剣のおかげでイフリートが退治できた。ここの剣を使えば、カシャフも喜ぶだろう。さ、剣を取れ」

 兵士たちは、店に入り、剣を選んだ。

 それを見届けたコリアは、後ろを向き、歩きだした。

 ガインが追いついて、言った。

「馬を、お使い下さい」

「いいよ。お前たちが必要だろう」

 ガインが、泣き崩れた。

「あ……ありがとうございます……」

「泣くな。将軍が泣いたら、部下に笑われるぞ」

 

 コリアは、城門を出てから、独り言をいった。

「二流が、あっというまに一流になった」


 コリアは旅を続けた。

 昼間は太陽から彗星へ線を伸ばした方向、夜は五つの赤い星が正五角形を作っている星座の方向へ進んだのだ。

 銀燭の塔のある方向だ。

 野生の動物の肉を食べ、オアシスの水を飲んで、ひたすら進む。

 地面が変わってきた。

 砂と石ころだらけの大地が終わり、植物が現れてきたのだ。

 地面に這うようにして竹が生えている。

 コラッサンの地帯を抜けたのだろうか。

 このまま進めば崑崙山へたどり着けるだろう。


 それは突然であった。

 方向を確かめようと彗星を見上げて、顔を戻すと、両側に遊行僧が並んでいた。

 等間隔に、はるか彼方まで並んでいるのだ。

 明らかに生身の人間ではない。

 身体を通して、向こう側が透けてみえる。

 精霊のようなものだろう。

 コリアは驚いたが、そのまま進んだ。

 両側に遊行僧たちが並び、道を作っているのだ。

 誰か、あるいはなにかが、おれを招待している。

 この先になにがあるのか?

 いいだろう。

 誘いに乗ってやる。

 作られた道をたどってみよう。

 夜になった。

 遊行僧たちの身体が、青白く光り、道を明るくしている。

 コリアは歩き続けた。

 遊行僧たちの道の先には、五つの赤い星が正五角形を作っている星座があった。

 星座が消え、太陽が顔を出した。

 道の向こうに、大きな寺が現れた。

 瓦を除き、全体が硫黄色に塗られている。

 なぜここに、硫黄色の寺があるのか、わからない。

 だが、前進あるのみだ。

 遊行僧の一人が、コリアの前に立ち、言った。

「お待ちなさい」

「なんだ?」

「ここには、”無知なる者、山門を入るを許さず”、という掟があります」

「勝手にしろ」

「寺には、入り口が二つあります」

 確かに、入り口が二つみえる。

「それが、どうした?」

「一つの入り口からは寺の中に入れますが、もう一つの入り口を開けると地獄へ落ちます」

「どちらが正しい入り口か、お前が教えてくれるのか?」

「いいえ、私は教えません。あそこにある狛犬に聞きなさい」

 門前の左右には狛犬が座っていた。

「左右、一匹ずついるぞ」

「一匹は必ず正直に答えます、もう一匹は必ずウソをつきます」

「そういうことか」

「質問するのは一回だけ。では、御無事を祈ります」

 遊行僧が消えた。

 並んでいた遊行僧が、すべて消えてしまった。

「わずらわしいことをする奴だ」

 コリアは、右側の狛犬に近づいて、言った。

「右側の入り口を開けると寺に入れるか、とおれが聞いたら、”はい”と答えるか?」

 狛犬が「はい」と答えた。

 コリアは右側の入り口を開いて、寺に入った。


 玄関を入ると、そこは広い空間であった。

 左右に僧がならんでいた。

 違う。

 僧ではない。

 僧の形をした等身大の紫檀製の人形だ。

 人形が口を開いた。

「お待ちしておりました。どうぞ、こちらへ」

 コリアは、僧の人形に案内されて、寺の中を進んだ。

 かなり広い寺だ。いくつもの廊下を通る。

 案内されたのは、窓が広い部屋だった。

 窓の外には壮大な山があり、天上に向かって筒が伸びている。あれが崑崙山で、筒が銀燭の塔なのか?

 人形は、机を前にして椅子に座っている男に言った。 

「老師、お連れしました」

 男は、白い、ゆったりした僧衣を着ていた。

 いかにも老師が着るにはふさわしい服装だ。

 だが、男が着るには違和感がある。

 彼は若いのだ。

 二十代であろう。

 男が言った。

「やあ、どうもどうも、さ、お座りください」

 コリアが言った。

「老師?」

「いいじゃないですか。僕、まだ若いでしょう。貫禄ゼロ。だから、せめて老師と呼ばせているんですよ」

「この人形たちは?」

「僕が作ったの」

 老師は、紫檀の木で人形を作り、魂を入れた、と説明した。

 二百個の人形がある、ということだ。

「なぜ、そんなに人形を作った?」

「崑崙山のふもとで独りじゃ、寂しいもん」

「おれを呼び寄せて、話し相手をさせるつもりか?」

「話は、まあ話なんですけどね」

「はっきりしない奴だな」

「ま、そう、トンがならい、トンがならい」

「うるせぇ」

「コリアさんには、やってもらいたいことがあるんです」

「人の命令は受けない」

「たまにはいいじゃないですか。崑崙山も近いことだし」

「崑崙山で釣るつもりか?」

「それもアリじゃないですか」

「聞くだけ聞こう」

「じゃぁ、こっちへきて」







 

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