クチヤ国
コリアは、兵士に取り囲まれて、裏口から宿屋を出た。
そのまま裏道を通り王宮に着いた。
王宮の裏口から中へ入り、狭い通路を上がり、そして下り、また上がった。ほとんど迷路である。小さな扉の前に出た。
兵士が命令する。
「ここへ入り、まっすぐに進め」
廊下が続き、その先に扉がある。
コリアは、剣の柄を握りながら進んだ。
剣は、とり上げられていない。
どういうことなのだろう。
逮捕されたのなら剣は取り上げられているはずだ。
そもそも逮捕される理由が分からない。
もちろん宿屋で逮捕に来た兵士を倒すことは簡単であった。だが、どういうことなのか理由を知りたかったので、ここまで大人しく付いてきたのだ。
扉を開けると、そこは窓のない小さな部屋だった。部屋には香が焚いてある。
テーブルがあり、それを囲むように四つの椅子がある。
三人の人間が座っていた。
一人は先ほどの鍛冶屋だ。テーブルには、コリアが渡したランプが置いてある。
もう一人は僧侶だ。老齢で長い白髪がきれいだ。
そして、もう一人は貫禄のある中年の男だ。
中年の男が言った。
「ようこそ。こういう形で招待したことは、おわびする。密かに会いたかったのでな。ここは城内でも秘密の場所じゃ」
コリアは、なんの感情も込めずに言った。
「どういうことなのだ? 説明してもらおう」
「わしはクチヤ七世。クチヤの王じゃ」
僧侶を指差して、続けた。
「こちらはアリフ、我が国の上級僧じゃ」
アリフが頭を下げた。
「こちらの鍛冶屋のカシャフには、前に会っているな」
鍛冶屋が頭を下げた。
クチヤ七世が続けた。
「さ、そこに座られよ」
コリアは、空いている椅子に座り、そして言った。
「それで?」
「すべて説明しますぞ、勇者コリアさま」
「おれのことを知っているのか?」
「ヤンギルでの活躍は隊商たちから聞いておる」
「用件は、なんだ?」
「イフリートを退治して欲しいのじゃ」
クチヤ七世は、次のような説明をした。
コラッサン地方のどこにイフリートが出没するのかは不明だ。
日頃から、いろいろな国と情報を交換し、注意するしかない。
もちろん、イフリートが出没するかもしれない、という情報があり、実際にイフリートが現れても、イフリートを退治することは無理だ。
なんとか被害を最小限にするだけである。
「しかし、勇者コリアさまなら退治できるであろう」
「イフリートが現れた、という情報があったのか?」
「そうなのじゃ」
これまでの情報をまとめてみると、イフリートはクチヤ国へ向かっているようであった。
どうすればいいのか?
対策を相談していたときに現れたのがコリアであった。
「これぞ天の助け。イフリートを退治して欲しいのじゃ」
コリアは人に頼まれても動かない。
だが、イフリートを退治して欲しい、という願いならば話は別だ。
コリアが聞いた。
「クチヤ国に向かっていることは、確かなのか?」
「これまでの情報をまとめてみると、間違いないようなのじゃ」
「いつごろくる?」
「それが分からないのじゃ。スパイからの報告を待っているのだろう」
「スパイがクチヤ国にいるのか?」
「そうじゃ。クチヤ国の民が、希望にあふれているか、警戒しているか、恐怖におびえているか、探っておる。希望にあふれているときに、いきなり出現するのじゃ」
「広場でみた限りでは、だれもが楽しそうだった」
「さよう。だから危ない。明日、とつぜん出現するかもしれないのじゃ」
コリアは考えた。
イフリートは倒す。
それが人生の目的の一つだ、
だが、いまどこにいるのか分からない。
どうやって探す?
探す必要はない。
イフリートが棲む場所は、教えてもらえばよい。
コリアが聞いた。
「スパイがいる、とはどういうことだ?」
「こういうことだ」
クチヤ七世は、スパイの説明をした。
イフリートが襲ってくるときは、事前に襲う場所を調べるようであった。その場所が平和でイフリートのことなど忘れているようならば、イフリートにとっては好ましいことなのだ。
それで、子分の怪物であるサバニを人間にとり憑かせて、調べさせるのであった。
「最近、わが国に入る遊行僧が増えている。彼らのうちには、サバニにとり憑かれている者がいると思うのじゃ。
それだけではない。国民のなかにも、憑かれている者がいるかもしれない」
コリアは納得した。
「それで、信頼できる者だけを集めて、この密室で話をするのだな」
「そうじゃ」
「この香は?」
上級僧のアリフが答えた。
「竜宮香でございます。われわれの間では、怪物が嫌う香として、昔から有名でございます。
すごく貴重なのですが、出し惜しみしている場合ではございません」
コリアは納得した。
「ひょっとして、珊瑚から作られる香か?」
「さようでございます。よくご存じで。
イフリートは沙漠の怪物。珊瑚などの海のものは苦手なのでございます」
コリアが聞いた。
「鍛冶屋のカシャフは、この密談に、どう関係するんだ?」
クチヤ七世が、カシャフの説明をした。
鍛冶屋のカシャフは、クチヤ国で、もっとも腕が立ち、もっとも信頼できる鍛冶屋なのだ。クチヤ国のすべての武器は、カシャフが指揮をして製造している。
先祖代々、兵隊の武器を作っているのだ。
国王は、もしコリアが現れたら、まず最初にどこへ行くか、を考えた。
剣士なのだから、鍛冶屋に現れるにちがいない。
それで、カシャフは、国王から直々に、コリアが現れたら報告せよ、と命令されていたのだ。
コリアが重要な人物であることも知っている。
そこに、額に三日月形の傷がある剣士が店にきた。剣の達人の雰囲気がある。強いが、決してそれを誇示していない。ただ者ではない。
しかもランプを差し出したのだ。
カシフが、机の上のランプを指さして、付け加えた。
「このランプは、いちど魔法がかかっていました。そういうランプを持っているなら、勇者コリアさまにまちがいない、と分かりましたぜ」
それで、こっそりとクチヤ七世に報告し、宿屋の〈バイド亭〉へいって、コリアの記録を消したのだ。
勇者コリアが現れた、とスパイが知ったら、まずいことになる。
クチヤ七世が言った。
「ということで、イフリートを退治して欲しいのじゃ」
コリアが聞いた。
「イフリート退治の指揮をとれ、ということか?」
「さようじゃ」
「そういうことは軍人の仕事だろう」
「ここだけの話じゃが、我が国の軍は駄目じゃ」
「駄目とは、スパイが入り込んでいる、ということか?」
「それはないと思う。駄目、というのは、弱い、ということじゃ。
それに戦術や戦略を立てる能力もない」
「そういうことか。
だからこの会議に軍人がいないのだな」
「お恥ずかしいことだが、そういうことなのじゃ」
「そうか……」
コリアは、ここまでの話を聞いていて、もうすでに作戦を考え付いていた。
「じゃぁ、さっそく、イフリート退治を始めよう」
コリアが、作戦を説明した。
三人とも納得した。
クチヤ七世と上級僧アリフは部屋を出た。
作戦の準備があるのだ。
鍛冶屋のカシフはコリアが引きとめた。
コリアが聞いた。
「ランプに魔法がかかっていた、とはどういうことだ?」
「文字通りでごぜえやす。これは魔神か魔法使いが使っていたものですぜ。今は、魔法が消えておりやすが」
「短剣に鍛造できるな?」
「へえ。すごく固くなっておりやすから、鋳造に時間がかかりますが」
「先ほど聞いたように、三日?」
「さようで」
「もう一つ、別なことを聞きたい」
「なんでございやしょう?」
「シダライト・ソードが折れることがあるのか?」
「隕鉄を鍛造した剣でございやしょう? あれは折れませんぜ」
「それが折れるとしたら?」
「よほど魔力の強い魔道士が魔法をかけたら、折れるかもしれませんが」
やはり、魔道士マリアンに渡したとき、魔法をかけられたのだ。
スパイを見つける作戦が始まった。
コリアは、三日月形の傷を隠すために帽子をかぶった。
珊瑚の珠に紐を通し首から吊るす。傷は隠れているが、珠は見えているのだ。
のんびりとした態度で広場を歩いた。少しはなれて兵士たちがついている。
スパイの容疑が濃いのは遊行僧だ。他にもいるかもしれないが、とりあえず遊行僧に焦点を当てれば間違いはない。
さりげなく遊行僧に近づく。
サバニにとり憑かれているなら、珊瑚の魔力で痙攣する。痙攣した遊行僧は兵士が押さえる。そして連行され、留置された。
合計、二十二人のスパイが留置された。
そのうち五人のスパイを、それぞれ別な取調室へ入れた。
取調室には竜宮香の匂いが充満している。
竜宮香の匂いに耐え切れず、サバニが正体を現した。
コリアは、サバニたちを尋問し必要なことを聞きだした。
サバニたちの証言に矛盾はなかった。
嘘はない。
コリアはサバニたちを斬った。
他の者は、尋問せずに留置するだけだ。
全員を尋問したら貴重な竜宮香の無駄づかいとなる。
どうせイフリートが倒れれば、サバニは正体を現すことになる。十七人のスパイにとり憑いているサバニは十七匹。十七匹くらいのサバニならば簡単に倒せる。
コリアは、必要な情報を得てクチヤ七世とアリフに話をし、イフリートを倒す準備を整えた。
コリアがクチヤ七世に頼んだ。
「道案内のために兵士を貸して欲しい」
三日目。
鍛冶屋のカシャフが、短剣と剣を持って、やってきた。
「勇者コリアさま、短剣が出来上がりましたぜ」
「ありがとう」
コリアは、短剣をブーツに収めた。
カシフが剣を差し出した。
「これを、使ってくだせえ」
「うん?」
「勇者コリアさまの剣は、ヤンギル国のものでございやしょう?」
「そうだ」
「ヤンギルの剣より、あっしが鍛造した、この剣の方が頑丈ですぜ」
「気が利くな。ありがとう」
「それと……これ、お約束の鎖です」
カシフは鎖をとり出した。
コリアは、珊瑚の珠の穴に鎖を通し、首にかけた。
「よし、イフリートを退治するぞ」