孤高の男
よくみるとほうきではなかった。
人間が細くなって空中に浮いているのだ。
ジモン少佐が、ほうきに言った。
「魔道士プネルオどのですか?」
「そうじゃ。すぐに奇岩島から去れ」
「どうしてですか?」
「降霊に失敗して妖魔を呼び出してしまった。その結果が、このありさまじゃ。もうすぐ、わしは糸のように細くなってしまう」
「ロスズンドに妖魔が出没している、というのも降霊の失敗が原因ですか?」
「そうじゃ。早く出ていけ」
「教えて頂きたいことがあります」
「なんじゃ?」
ジモン少佐は、魔道士マリアンのことを、かいつまんで説明した。
そして、手短に質問した。
「エイボンの書とは、なんですか?」
「ハイパーボリアの最強の魔術書じゃ。最恐でもある。エイボンの書を持った魔道士は無敵になる」
「魔道士マリアンがツアトグアを退治したというのは、本当でしょうか?」
「青緑色の石がついた白銀のブローチを見せたのだな?」
「はい」
「珊瑚の珠は?」
「その話は出ませんでした」
「ツアトグアが持っているのはブローチと珠の二つじゃ。この二つがそろわないと退治した証拠にはならない」
「やはりそうか。どこか、変だと思っていたんだ」
「その事件には剣士が関係している、と申したな?」
「はい。コリアという名前です」
「ツアトグアを退治した、という話がウソなら、コリアを倒したのもウソかもしれないぞ」
「そこなんです。マリアンは折れたシダライト・ソードを持っていました。コリアの銘がありました」
「まんざらウソとは言えないか」
「シダライト・ソードが折れるのは、よほどのことですよね」
「そうじゃ」
「折れた剣があるから、コリアは死んだと思いたいです。でも、なにか納得がいかないところがあるのです」
「魔道士としての勘じゃが、コリアは生きている。しかも、ただ者ではないかもしれないぞ」
「天性の剣の才能がある?」
「ちがう。剣の才能よりも努力の才能がすごいと思う」
「それは怖いですね」
「いずれ、対決することになるかもしれんぞ」
プネルオの声が震えた。
「もう駄目じゃ。去れ」
ほうきが細くなった。
紐のようになり、空中でゆらめいている。
「ここにいたら妖魔の餌食になるぞ。去れ」
ジモン少佐は塔を駆け出た。
小舟に戻り、港へ帰るまでのあいだ、ロスズンドの言葉を考えていた。
いずれ、対決することになるかもしれない――。その日が楽しみだぞ。
港に着くと、親衛隊が待っていた。
「ジモン少佐、あなたを逮捕します」
砂漠地帯のコラッサンにあるヤンギル国では復興が始まっていた。戦争で破壊された砦を修理し、生活を元に戻すのだ。
ディーマ女王が陣頭指揮をしている。
バシールも目の回るような忙しだった。軍を再編するのだ。兵隊を鍛えなければならない。それに、ハイパーボリアの遺跡に砦を作ることを忘れるわけにはいかない。戦勝祝賀会のことも考える必要がある。
こういう雑踏の中、コリアはひっそりと砦を出た。
水を満たした太い伽羅竹の水筒と大きな袋に詰まった干し肉を鞍に吊るして、復興の歓喜を背にして馬を進ませた。
おれが歓喜に浸るのは、まだ先だ。やることがたくさんある。
ゆっくりと馬を歩かせる。
馬の前に男が立ちはだかった。
「勇者コリアさま、お待ちください」
「預言師のユスフじゃないか。なにか用か?」
「出立されるのですね?」
「そう」
「コリアさまらしい。勇者を待つ国は、たくさんございますから、急ぐのですね」
「用は?」
「これをさし上げようと、待っておりました」
ユスフは、古ぼけたランプをコリアに渡した。
「これ、なんだ?」
「魔法のランプでございます」
コリアが首をかしげた。
ユスフが続けた。
「まず、”ミフタフ・ミフタフ・ミフタフ”と呪文を唱えてください。そしてランプをこすれば魔神が現れます。魔神は、ランプの持ち主の命令に答えてくれます」
「便利なものだな」
「勇者コリアさまにふさわしい持ち物でございましょう」
「これ、お前が持っていたのか?」
「はい、先祖代々、受け継いでおりました」
「それなら、このランプを使えばモジタバとの戦争に勝てただろう」
「そうはいかないのです」
「どうして」
「ランプをこすって魔神が出せるのは、選ばれた者だけでございます。私がこすっても魔神は出ません」
ユスフが続けた。
「コリアさまのご活躍を見て、彼こそは選ばれた者だ、と分かりました」
「それで、おれにくれるのか?」
「さようでございます」
コリアは笑いながら言った。
「ありがとう。じゃ、縁があったら、また会おう」
コリアは独りで沙漠を進んだ。
昼になり馬を休ませた。
砂丘に座り地平線を見る。
大地に草木はなく、空に雲はなく、太陽と彗星だけがある。地平線の方は蜃気楼で揺れていた。
さて、どこに向かうか?
ランゴバルドで穴に落とされて、気がついたときはコラッサンの砂漠にいた。ディーマやバシールとともにヤンギルへ着いた。ヤンギルから出発した。
こういうことなので、この地方の土地勘は、まったくない。どこへ向かえばよいのか、わからない。
やるべきことはわかっている。
最強の剣士になるのだ。
そのために怪物たちを倒す。
先ず手始めはイフリートだ。霧の姿に化けたイフリートを撃退した。だが、撃退だけ。退治してはいない。
退治する。それも独りで。人の力を借りて退治しても、自分の実力ではない。
コリアは魔法のランプをとり出した。
選ばれた者だけが魔神を呼び出せるそうだが、おれは、選ばれた者じゃないぞ。
コリアはエリート思想を持っていない。絶大な自信を持っているが、それは努力と鍛錬で身に付けたものなのだ。
大きな夢は持っている。夢だけはだれにも負けない。
ともかく試してみよう。
呪文を唱えて、ランプの腹の部分をこする。ランプが振動し、油の注ぎ口から煙がでた。
煙は大きく広がり、見上げるような巨大な魔神になった。
魔神はコリアを見下ろし、大きい声で言った。
「ご主人さま、ご用でございましょうか?」
「銀燭の塔を知っているか?」
「もちろんでございます。銀燭の塔へお連れするのでございますね。五回呼吸する前に到着いたしますよ」
「無用だ。自分の力でいく。方向だけ教えてくれ」
「昼間は、太陽から彗星へ線を伸ばした方向にお進みください」
「夜は?」
「五つの赤い星が、正五角形を作っている星座がございます。その方向にお進みください」
「もう一つ、命令がある」
「なんでございましょう」
「どんな命令でも聞くのだな?」
「はい」
「では命令する。お前は自由にせよ」
「は?」
「ランプの中に入っいて、呼び出されたら命令に従う、窮屈だったろう?」
「ええ、まあ、それは……」
「おれは、命令されるのが嫌いだ。独りで自由に生きる。だから、命令もしたくない。人は自由に生きるべきだ」
「私は、人ではなくて魔神ですが」
「同じだろう。命令する、お前は自由にせよ。これが最後の命令だ」
「ありがとうございます。よろこんでご命令に従います」
「じゃ、さようなら」
「ご主人さまは、本当に選ばれた者でございますね。ここまでご親切な方は初めてでございます」
「親切ではない。自分自身のルールに従っているんだ」
「あのう、そのランプですが……」
「ランプがどうした?」
「注ぎ口を折って下さい。それでランプの魔力は消えます」
コリアは、短剣で注ぎ口を折った。
魔神は、喜びの歌をうたいながら飛び去った。
魔人に教えらた方向へ旅を続ける。
旅を続けて三十日目、おおきな都市国家に着いた。
城門にはクチヤという国名が書いてある。
城門を入り、馬を囲い場に預けた。
〈バイド亭〉という宿屋で泊まる手続きをした。
広場を歩いてみる。
人々が多く、にぎわっている。ここでは他国との争いはないようだ。住民の顔は明るい。
他国からやってきた旅人もいる。
遊行僧も多い。
コリアは鍛冶屋の場所を聞き、そこへいった。
いかにも鍛冶屋らしい頑丈な男が金づちをたたいていた。
コリアを見て、店から出てきた。
「なにか、用ですかい」
「短剣を作ってほしい」
「まかせてください」
コリアは、注ぎ口が折れたランプをとり出した。
「これを短剣にしてくれ」
「どれどれ」
鍛冶屋はランプを受け取り、手で触って感触を確かめた。
「そうだなぁ……三日、かかりますぜ」
「それでいい。それと、丈夫な鎖が欲しい。俺は〈バイド亭〉という宿屋にいる」
コリアは、砂金を三粒渡した。
「一日一粒。完成したときにあと三粒」
「ありがとうごぜえやす」
コリアは店を出た。
男は、コリアの姿が見えなくなると、裏の道から王宮へ向かって走った。
コリアは酒場を回った。葡萄酒を一杯だけ飲んで、次の酒場へ移る、ということを繰り返した。
それとなく、イフリートと銀燭の塔のこと聞いてまわる。
イフリートのことは、すごく怖い怪物、としか分からない。銀燭の塔も、伝説として知っている、という情報しか得られなかった。
宿屋に戻り、部屋へ入る。
そこには四人の兵士がいた。
「お前を逮捕する」