攻撃
夜になった。
コリアとバシールは城壁に立った。
その隣には女王がいる。
二十人の兵士が弓と矢を持って並んでいる。
彼方にモジタバ軍のテント群が見える。
たいまつが燃えている。
空を見上げれば彗星がある。
月は出ていない。
兵士たちは、息をこらして命令をまっている。
決戦前の静寂。
コリアが言った。
「そろそろ始めよう」
バシールが命令した。
「やれ」
この作戦の発端はオリハルコンだ。
ハイパーボリアの遺跡を探せばオリハルコンが見つかる、とコリアは考えた。
見つかるかどうかは不確定だ。
いくつ見つかるかも不確定。
それが気になっていた。
結局は、墳墓を明るくするための皿からオリハルコンの粒が二十一個見つかった。
「ちょうどよい個数だ」
一粒は巨大な弓に使う。
残りは、普通の弓に使うことができる。
オリハルコンと鉄片を一緒に包み、矢じりの先に付けた矢が、急いで二十本作られた。
二十人の兵士が弓を引きしぼる。
「やれ」
普通の弓ではモジタバ軍の野営地まで届かない。
半分くらいの距離で矢は地面に落ちた。
矢じりが地面に当たった。
鉄片が火花を散らしオリハルコンに発火した。
巨大な音とともに青白い炎が出る。
眠っていたモジタバの兵士たちは驚いた。
「なんの音だ」
起きていた兵士たちは青白い炎をみた。
これまでみたことのない炎だ。
モジタバ軍は不安になった。
「敵の夜襲か?」
「そうでもないぞ」
「妖怪が現れたのか?」
「かもしれない」
「油断するな」
オリハルコンが見つからなければ、これはできなかった。
単純に巨大な矢を飛ばすしかなかったのだ。
バシールが大声で命令した。
「撃て」
伽羅竹の弓は極限まで引き絞られている。
ストッパーが外された。
巨大な矢が発射した。
矢には羊の胃袋で作った大きな袋がついている。
中には、武器庫にあった油がいっぱい入っている。
それに発火用の鉄片とオリハルコンもついている。
矢はモジタバ軍の野営地の真ん中に落ちた。
わざともろくしてある袋が破けた。
油が飛び散る。
オリハルコンが発火した。
油に火がついた。
一面が火の海になる。
モジタバの兵士たちは火だるまになり悲鳴をあげた。
逃げようとしても地面は火の海だ。
敵が夜襲したと思い、近くの兵士をやみくもに斬る者もいる。
完全な同士討ちだ。
野営地は大混乱になった。
大混乱に追い打ちをかけたのがグールだ。グールは夜に出没する。明るいところには出てこない。たいまつが燃えるところには出ない。油が燃えて、たいまつよりも明るくなっているなら、出てこないはずだ。
しかし、野営地には恐怖が充満し、兵士は傷つき、死体も多いのだ。
グールがこれを見逃すはずはない。たいまつよりも明るくても、気にしている場合ではない。大好きな死体がある。
グールが飛び出してきた。
死体を喰い、傷ついた兵士に襲いかかった。
城壁からみていたヤンギルの兵士たちは大喜びした。
バシールは満足した。
コリアは小声で言った。
「作戦完了」
太陽が出てきた。
野営地には焼け焦げた残骸が散乱していた。
死体は、ほとんどない。
グールが食べたのだ。
コリアとバシールが野営地を見てまわった。
ヤンギルの兵士たちが後片付けをしている。
コリアが言った。
「完勝だな」
バシールが言った。
「お主のおかげだ。感謝する」
コリアは、それには答えず、別なことを言った。
「本国から派遣されている援助隊はどうする?」
「もうこないだろう」
「どうして?」
「昨晩の混乱から逃げ出した兵士が援助隊と出会って報告すれば、援助隊は逃げ帰る」
「そうだろうな」
コリアは、焼けた剣を拾い上げ、遠くに投げた。
コリアが言った。
「さてと……」
「出発するのか?」
「ああ、おれには野心がある」
「残念だ」
「ただ出発の前に、まだやることがある」
「なにを?」
「ちょっときてくれ」
「どこへ?」
コリアはバシールをハイパーボリアの遺跡へ連れてきた。
はるか昔の神話時代にハイパーボリアがあったと説明した。
「全然、知らなかった」
バシールを墳墓の中へ案内した。
オリハルコンの粒が墳墓を明るくしていることを解説した。
次のように付け加えた。
「おれは皿にあったオリハルコンを持って出た。
作戦のために、とりあえずオリハルコンが必要だったからだ。
それ以外を見る余裕はなかった。
この遺跡をくわしく調べれば、まだまだオリハルコンがあると思う」
バシールは、納得して、言った。
「オリハルコンを探せ、というのだな?」
「オリハルコンがあればヤンギルは強国になれるぞ」
「分かった、すぐにとりかかろう」
「探すだけでなく、オリハルコンを作る方法も考えてみろ」
「オリハルコンを作るのか?」
「ランゴバルドではオリハルコンが使われている」
「それは、お主から聞いた」
「ハイパーボリアから伝わるのを使っているだけだ。どうやれば作れるのか、は分からない」
「よし、学者に研究させよう」
「なにはともあれ、入り口を開けたままにしておけない」
「兵士に見張らせる」
「それから?」
「人員を送り込んで、この遺跡を調べさせる」
「それだけ?」
「どういうことだ?」
「この遺跡一帯に砦を作ったらどうだ?」
「ヤンギル国の出城、というわけだな」
「出城にしてしまえば、ゆっくりとオリハルコンを探せて研究できるぞ」
「お主、考えるスケールが大きいな」
コリアは、それに答えず、クリスタルのタブレットを一枚、とり上げた。
「預言師のユスフは、信頼がおけるのか?」
「彼の家は、代々、ヤンギル国王に使えている」
「それなら秘密は守れるな」
コリアは、クリスタルのタブレットをバシールに渡して、言った。
「折を見て、それをユスフに見せろ」
バシールは、タブレットを見た。
透明な板である。
表面には、びっしりと妙な記号の彫刻があった。
文字のようだが読めない。
「これ、なんだ?」
「おそらくハイパーボリアの記録文書だと思う」
「重要な記録文書は羊皮紙に書くぞ」
「当時は羊皮紙がなかったんだろう」
コリアが続けた。
「それが読めればハイパーボリアの秘密が分かる。オリハルコンの作り方も、書いてあるかもしれない」
「信頼できる者にしか渡せないな」
「しかも、文書を解読できるほど、頭がキレなければならない」
二人は外へ出た。
バシールは周囲を見まわした。
「ここなら頑丈な出城が作れる」
「戦略的には最適な位置だ」
バシールは笑いながら言った。
「出城ができたら、なにをすると思う?」
「分からない」
「お主の大きい像を城門の上に作る。勇者コリアさまだ」
「やめてくれ」
二人は砦に帰り、女王に謁見した。
ディーマ女王は上機嫌だ。
「二人とも、よくやってくれました。心から礼を言います」
バシールがハイパーボリアの遺跡のことを説明した。
女王はうなずいた。
「それはいいわ。これでヤンギルは強国になれるわ」
コリアが言った。
「もう一つあります」
「なあに?」
「ここへくるとちゅうで霧におそわれましたね」
「あなたが霧を追い払ってくれた」
「あれはイフリートが化けたものらしいですが」
「そう思うわ」
「なぜ私が追い払うことができたのでしょうか?」
「あなたが強かったからでしょう」
「怪物を退治して強くなるのは私の野望ですが、イフリートのことは知りませんでした」
「だから?」
「なにも知らずに剣を振りまわしても勝てませんよ」
「あのときは、あなたはイフリートに勝つ準備をしていなかった、ということね」
「そうです」
「では、どうしてイフリートを追い払えたの?」
「それを、ずっと考えていました」
「前なら、シダライト・ソードを持っていたので、それで勝てたと思ったでしょう」
「あのとき、あなたの持っていたのは普通の剣よ」
「そうです。では、他になにを持っていたのか?」
「なあに?」